両想い
一日の休みを明けると、学校が始まる。修学旅行の後からは期末試験で忙しくなり、あっという間に二学期も終わってしまった。終業式終わりの放課後。薫は親戚が経営しているカフェのバイトに行ってしまい、帰りは私と晴真の二人きり。先に沈黙を破ったのは晴真だった。
「……あの日の言葉の返事、ちゃんとしたい」
私は何も言わず、ただ頷くだけ。晴真は続けて「明日、クリスマスだろ。薫は明日もバイトだから、二人で出かけない?」と言った。それに対しても頷くだけ。本当は返事なんて怖くて聞きたくない。でも、このままの関係で過ごすのも嫌だ。隣を歩く晴真の横顔はいつもと変わらない。どこか、晴真との温度差を感じてしまった。
翌日のクリスマス。待ち合わせ場所はいつもの駅前。駅に近づくにつれて私の鼓動は早くなっていく。でも、いつも通りに振る舞えるように深呼吸で心を落ち着かせる。駅には先に晴真が着いていた。遠くから見てもソワソワとしているのがわかる。「お待たせ」と声をかけると、晴真の身体が軽く跳ねる。
「お、おう。じゃあ行くか」
「うん……」
晴真が先に映画のチケットを取っておいてくれたので私達は電車に乗って映画館へ向かう。クリスマスだからか、電車内が混んでいて、押し詰められた状態で立つ私達。心臓の音が聞こえそうなくらい晴真が近くて、電車を降りるまで間、早く駅に着かないかなと思っていた。映画館の最寄り駅に着くと、映画館までは徒歩5分程度。手が冷たくて息を吹きかけていると晴真はコートのポケットから温かいカイロ取り出して、渡してくれた。
「ありがとう……」
もらったカイロで手を温めながら、さりげない優しさに思わず頬が緩む。映画館に着くと「ちょっと待ってて」と晴真がチケットを取りに行く。昨日の放課後、何の映画がいいかと聞かれたけど、私はあまり映画を見ないので晴真のおススメの映画にしてもらった。手渡されたチケットには「僕と恥ずかしがり屋の彼女」とタイトルが刻まれていて、晴真は少し照れた表情で「今、これが流行ってるみたいだからさ、いい?」と聞く。映画の名前は聞いたことがあり、薫も見に行きたいというほど流行っていることは知っていた。私が「大丈夫だよ、ありがとう。楽しみだね!」と微笑むと、晴真は安堵した表情を浮かべる。ポップコーンとジュースを買って、席に着く。始まるまでにポップコーンを少しつまむ。スクリーン内が暗くなり、映画が始まるとポップコーンを食べる手を止める。理由なんて、晴真の手が当たってしまうのを避けるため、それだけ。逆に晴真は手を止めずにポップコーンを食べていた。初めて男の子と観る恋愛映画はいわゆる胸キュンシーンになると恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。特にキスシーンなんて……。キスシーンの時に晴真の方へ目を逸らしてしまい、ふと晴真と目が合ってしまった。
『……』
お互いに赤くなる顔を手で仰ぎ、恥ずかしさを誤魔化す。それは映画が終わるまで続いた。映画が終わると、お互いに無言のまま外へ出る。
『あの……』
二人の声が重なり合う。つい先程まで無言だったのに、可笑しくて思わず笑ってしまった。今までは晴真に対する気持ちを隠したまま、いつも通り友達として過ごしてきた。なのに、好きという一言がこんなにも関係に影響してしまうなんて……。私は今、身に染みて感じる。それは多分、晴真も同じなのだろう。私達は映画館を出ると、駅近くのファミレスに入る。その時には緊張なんて言葉はどこにもなかった。「薫は今頃バイトしてるのかな~」と呟くと、晴真は「そうだろうな、クリスマスにバイトって大変だよな~」とテーブルに置かれた水を飲んだ。軽く注文して、料理を待っている間……。晴真の表情が変わり、消えた緊張が戻ってくる。そして、晴真の口がゆっくりと開いた。
「あのさ……、告白の返事なんだけど……」
落ち着き始めていた私の心臓がまた強く鼓動しはじめる。本当は心の準備なんて未だにできていないけど、何を言われてもいいように強く自分の手を握る。
「俺も、涼のことが好き……」
頬を赤らめて伝えられた晴真の言葉に心臓が跳ねる。でも……、私が嬉しいと言葉に出そうとした瞬間、晴真は俯きながら「……でも、でも今は付き合えない」と言った。喜びは束の間、一瞬で気持ちがぐちゃぐちゃになっていく。
「……付き合えない……って。どういうこと?」
そう聞くと、晴真は俯いていた顔を上げて、私の目を見つめた。
「付き合えないけど、これだけは絶対に言える。俺はちゃんと涼が好き」
晴真の目は揺らがず、真っすぐだった。でも、違う。私はそんな言葉が聞きたいのではない。どうして、私と付き合えないのか、その理由が聞きたい。
「……それは嬉しい。でも、付き合えない理由をちゃんと教えてくれないと納得できない」
私の言葉に、晴真は丁寧に答えてくれた。
「……俺、行きたい大学があってさ。俺の母さん、いま病気で入院してて。いつ治るか分からない……。だから、母さんの為にも良い大学に行って安心させてあげたいんだ。それで良い会社に入って、俺も一人でちゃんと生きていけるって……」
晴真が私にも薫にも相談せずに、悩んでいたことを初めて知った。自分の事ばかりで晴真の悩みに気づくことができない自分に少し腹が立つ。
「だから、受験に合格するまでは……付き合えない」
そう言う晴真は申し訳なさそうな表情を浮かべる。「……そっか。悩んでたのに気づいてあげられなくて、ごめんね」と言うと、晴真は「ううん、心配かけたくなかったから……。今は付き合えないけど、合格したら改めて俺から告白させてほしい」と真剣な目で言った。晴真は真剣に私と向き合ってくれている。付き合えないことは悲しいけど、それでも私を好きでいてくれるなら、それでいいと思えた。
「好きな気持ちはこれから先も変わらない。だから、待っててくれる?」
晴真の問いかけに答える言葉は一つだけ。
「はい」
そう微笑むだけ。晴真も緊張が解けたみたいで安心した表情を見せる。「ねぇ、晴真の行きたい大学に私も挑戦してもいいかな?」と聞いてみると、晴真は「え!?どうして?」と目を丸くする。晴真の話を聞いて、私も力になりたいと強く思った。だから、一緒に勉強して支え合えたらいいなって。
「一人で勉強するより、誰かと一緒の方が頑張れるかなって。晴真の力になれたらなって。ダメかな……?」
なんて言うけど、それは、表向き。本当は晴真と同じ大学に行きたいだけ。晴真は嬉しそうに「ううん、ダメじゃない。むしろ嬉しい。もし、二人で合格したら一緒に大学通えるし」と笑う。晴真に釣られて、私も笑みがこぼれた。その後、ご飯を食べ終えると、最寄り駅で私達は別れる。別れ際、晴真が私を優しく抱きしめた。私も晴真の背中に手を回して、抱きしめ返す。たった数秒の事だけど、物凄く幸せな気持ちになった。
「じゃあ、また」
そう言って、晴真が背を向け歩き始めた時、「ねぇ!」と晴真を呼び止める。別に信じていないわけじゃない……。でも、両想いなのに付き合えない、それだけがまだ少し不安だった。
「晴真っ!……信じていいんだよね?」
晴真は振り返り笑顔で「もちろん!絶対に裏切らないし、ずっと好きだから!」と答える。晴真のストレートな言葉を聞けて、私は安堵した。家に帰り、部屋のドアノブに手をかけると、丁度、部屋から出てきた弟に話しかけられる。
「なんか嬉しそうだね?……もしかして、付き合ったの?」
弟は昔から勘が鋭くて、私の気持ちをすぐに見破ってしまう。「……で、付き合ったの?涼ねぇの好きな人と」としつこい弟に「……付き合ってはいないよ。でも、両思いだからいいの」と答えた。すると、弟は「……は?何言ってるの?両想いなのに付き合ってないの?」と眉間に皺を寄せる。
「事情があるのよ、中学生には分からない事情が!」
そう言うと、「何それ、変なの」と引いた目で見る弟。
「……涼ねぇがそれでいいなら、いいけど。ただ、付き合うまでは気を抜かない方がいいと思うよ」
「分かってるよ。でも、信じてるから大丈夫」
多分、弟なりの気遣いなのだと思う。中学生の頃みたいに辛い思いをしないように。部屋に入ると、私は白い紙とペンを机の引き出しから取り出す。そこに、目標に決めた大学の名前を書いて、彩って、壁に貼る。スマホを開くと、晴真から「楽しかった」の言葉の後に「好きだよ」というスタンプが送られてきていた。照れながらも、同じような文とスタンプで返信する。
その日の夜、私は幸せな夢を見た。晴真と一緒に大学に通っている夢。そこには薫の姿もあって、みんな笑顔だった。覚めないでほしいとすら思う程に。
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