好き

 修学旅行三日目は朝からグループごとの自由行動。観光タクシーを使って、修学旅行前に決めた観光場所へ向かう。ホテルのある場所が沖縄市なので、そこが出発地点。夜の七時までにホテルに戻ればいいので、グループによっては一番遠くて古宇利大橋こうりおおはしまで行く人もいる。でも、私達はできるだけ多くの観光地に行きたいので本島中部の観光地を巡るように計画している。初めは一番遠い琉球村に向かった。昔ながらの建物にどこか懐かしさを感じる。初めて来た場所で、そこに住んでいたわけでもないのに……。それくらい趣のある建物だった。私以外のグループの全員も建物に見惚れているようだった。次に向かったのは美浜タウンリゾート・アメリカンビレッジ。建物内で沖縄ならではの大きなハンバーガーを食べる。「美味しい~」と口いっぱいに頬張る姿の薫は可愛い。

 (なんで、こんなに可愛くて美人なのに彼氏を作らないのかな)

 そう私が思うなら、きっと他の人だって同じことを思っているはず。昼食を終えると、私達は観覧車に乗ることに。高いところが苦手な薫と高遠君は乗らず、私と晴真、平海君の三人で観覧車に乗った。上から見た景色はとても綺麗で、日に照らされて煌めく海がとても美しかった。観覧車を降りると、なぜか薫が不機嫌そうにしている。「どうしたの?」と聞いても何も答えず、薫は私の手を掴んでサンセットビーチの方へと歩き出す。サンセットビーチは綺麗な海が間近で見ることができる最高の場所。浜辺ギリギリで小さい子のように打ち上げてくる波と追いかけっこをして楽しむ私達。少し暖かい沖縄にいても、十一月の海水は冷たい。薫が海水を手ですくいあげて、私を見る。明らかに水をかけようとしてくる薫から逃げ、晴真の後ろに隠れる。何とも言えない、この楽しさに青春の欠片を感じた。サンセットビーチから美浜タウンリゾート・アメリカンビレッジの建物内に戻り、お土産を買ってから、その場を後にする。

 最後に向かったのは夜景が綺麗な謝苅じゃーがる公園。その前に夕食も近場の沖縄特産料理店で済ませ、公園へと向かった。雰囲気の良い公園から覗く夜景は、建物の光がまるで星みたいにキラキラと光って綺麗。謝苅公園には私達のグループ以外のにも複数のグループが訪れている。少し冷たい風に吹かれながら、夜景を眺める。心が澄んでいくような感じがした。グループの皆と写真を撮っていると、別のグループの女の子から「涼ちゃん、ちょっと話したいことがあるからいい?」と呼ばれる。戸惑いながらも、断る理由はないので「いいよ」と微笑んだ。「ちょっと、行ってくるね?」と言うと、薫は「あ、うん。分かった」と困ったような言い方をする。

 「俺たちここで待ってるから、終わったら、ここにきて」

 そう晴真に言われ、私は「分かった」と頷き、女の子の所へ向かった。呼ばれた場所に向かうと、そこにはあまり話したことのないクラスメイトの男の子が一人で待っていた。戸惑いながらも「あ、あの……話があるって言われて来たんだけど」と声をかけると、男の子は驚いたような表情を浮かべる。その後、赤らめた顔の男の子は拳を強く握ると、「あの……!夏山さんって好きな人とか彼氏とか、い、いるんですか?」と言った。

 「え!?」

 急な質問に驚いていると、後ろの方でひそひそと人の話し声が聞こてくる。呼ばれた時点で何となく察してはいたものの、面と向かって言われると驚いてしまう。あまり聞かれたくなかったので、私は男の子にしか聞こえない声で「……彼氏はいません。でも」と答える。最後まで話せていないのに、男の子は被せるように話し始めてしまう。

 「俺……、夏山さんの事が一年の時から好きで……。もしも、よかったら俺と付き合ってくれませんか?今、俺の事が好きじゃなくても好きになってもらえるように頑張るから」

 男の子の真剣な眼差しに、私は言葉が出てこない。こんなにも真っすぐに気持ちを伝えられたのは初めてで鼓動が早くなる。でも、私が好きなのは晴真。だから、ちゃんと断らないといけない。

 「……気持ちは嬉しいし、こんな私を好きになってくれて有難いと思っています。でも、私には好きな人がいるので……ごめんなさい」

 私の返事を聞いて、男の子は悲しそうな顔で微笑む。

 「そっか……。でも、俺はまだ諦めきれないから吹っ切れるまで好きでいさせてほしい。いいかな……?」

 頷く私を見て、男の子は「ありがとう」と悲しそうに笑った。その場を離れて薫達の元へ向かうと、直ぐ近くの木陰に晴真の姿が見える。声をかけようとする前に、晴真は薫達の所とは別の方向へと歩き始める。そんな晴真を急いで追いかけた。

 「は、晴真?どこに行くの?」

 晴真はその場に立ち止まり、私の方へ振り替える。そして「ちょっと、トイレ。向こうにあったと思うから」と、トイレとは反対方向を指さす。「そっちにトイレはないと思うけど……」と言うと、晴真は「あ、間違えた」と笑う。でも、その笑顔はどこかぎこちない。

 「もしかして、聞いてたの?」

 そう聞いてみると、晴真は「え、何のこと……?」ととぼける。私が「さっきの告白」とハッキリ言うと、晴真は「あ、あぁ。トイレに行こうとしたら偶然……」と目線を右上にそらす。告白してきた男の子にしか聞こえない声で話したつもりだったのに、周りが静かだったのが原因で、少し近くに居た人にも聞こえていたようだった。

 「もしかして……私の言ったことも?」

 「え、あっと。……その、涼って好きな人……いたんだな。知らなかった……」

 どうして悲しげに笑うのか理由はわかならい。でも、私は晴真を見て、胸が苦しくなってくる。勘違いしてほしくないから。

 

 (違う……違う。私が好きなのは……)

 「私が好きなのは……晴真なのっ!」

 

 自分から出た言葉に驚いて、とっさに晴真から背を向ける。友達からの告白なんて絶対に気まずいはず……。「ごめん」と言うと、走って薫達の元へ向かった。急いで走ったせいで息が上がる。そんな私に、薫は「どうしたの……、そんなに急がなくてもいいのに」と言った。晴真から逃げてきたなんて、正直なことを言えるはずもなく「大丈夫。早く戻らないとって思って走ってきただけだから」と答える。

 「そういうことね。で、話って何だったの?」

 それ以上は何も聞かない薫に安堵する。「それは……、後で言うね」と言うと、薫は「分かった、それより晴真は見なかった?なんかトイレ行ってくるって言ってたんだけど」と聞く。

 「……すれ違ったから、多分もう少しで来ると思う」

 薫には何も悟られないように作り笑顔を浮かべる。タクシーに戻る直前に、晴真は何事もなかったように「お待たせ、トイレの場所わかんなくて」と戻ってきた。その姿にどこか安心したような悲しいような気持ちになる。なんだか、私の告白がなかったことになっているみたいで。先生への挨拶を済ませて、ホテルの部屋に戻る。薫はお土産の整理をしながら、「で、さっきはなんだったの?……告白?まさか、いじめられてるなんてことはないよね?」と聞いてくる。なんて答えたらいいのか分からなかったけど、嘘は言いたくないので「……いじめはないよ。ただ、告白はされた」と正直に答える。薫は興味津々に「え!?誰?」と私に顔を近づけてくる。「同じクラスの子だった」と答えると、薫は「涼はモテるね~」と笑った。薫から質問攻めを受け、告白の事細かいことまで話す。でも、晴真に告白してしまったことは言えなかった。何て言われるか想像できなくて、ただ怖かったから。

 次の日は沖縄県立博物館・美術館へ行き、そこから那覇空港で帰りの便に乗る。沖縄県立博物館・美術館の見学はグループことで回るのだけど、私は晴真の傍に居るのが辛かった。昨日と同じで何もなかったように私や薫と話している晴真の姿を見て、複雑な気持ちで一杯だった。移動中のバスも、飛行機の中も……。薫に悟られないように晴真に嫌われないように。

 学校へ着くと、先生の挨拶を聞いてから解散。いつもなら三人で電車に乗って帰るのだけど、私は二人に断って母に迎えに来てもらった。疲れていたのか、車に乗り込むといつの間にか眠っていたようで、起きた時には家に着いていた。スマホを開くと、薫から「ゆっくり休んでね」とメッセージが入っている。「ありがとう」と返すと、その日はお風呂に入り、すぐに寝た。 

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