親友と私

 二日間の休みを明けると、次は修学旅行がやってくる。まずは旅行中の五人組ずつのグループから決める。私と薫と晴真の三人は決まっているけど、あと二人が見つからず悩んでいた。すると、教室の隅で会話をしていた男子二人を晴真が連れてくる。

 「こいつらと組めば決まりだな。薫と涼、それでいい?」

 晴真が連れてきた二人は一年の秋の時に隣の席だった高遠君と、高遠君とよく一緒に居る平海君だった。私は二年生になっても晴真以外の男子と話すのが苦手なままで。そんな私に、薫が「大丈夫?」と聞いてくれた。苦手な事に変わりはないけど、晴真の連れて来てくれた人だからか、「大丈夫」という言葉が自然に出てくる。薫も「なら良かった」と微笑んだ。グループのメンバーが決まったところで、次はグループ行動の日にどこへ行くかを決める。ただ、この日は行きたい場所が多すぎて、決まらず。修学旅行当日までに設けられた授業内の話し合う時間で、何とか行く場所を決めることができた。正直、修学旅行の話をするだけでも行ったような気分になれて、とても楽しい。あまり話したことのない高遠君や平海君とも緊張することなく話すことができた。私達の修学旅行は三泊四日で沖縄へ行く。私は沖縄へ行くのが初めてで、楽しみすぎて前日はなかなか眠れない。薫に「寝れないよ……」とメッセージを入れる。すると、すぐに「私も寝れなくて起きてる」と返信が来た。眠れない私達が通話を始めると、話が盛り上がりすぎて、結局眠れたのは深夜の二時を過ぎた頃だった。

 

 次の日、待ちに待った修学旅行。夜もまともに眠れず、朝も早いので、薫と私は寝不足でバスへ乗り込む。グループ分け時に決めていたバスの座席。グループの代表がくじを引いて決め、私達は運よく皆の乗りたがる一番後ろの席に座ることができた。私と薫が右の二席に座り、薫が窓側、隣が私。そして、その隣が晴真。寝顔は見られたくなかったけど、どうしても眠くて寝てしまった。起きた時には空港に着いていて、隣を見ると晴真も寝ているようだった。初めて見る晴真の寝顔。可愛くて少し眺めていると、ふと顔を上げた時に高遠君と目が合ってしまった。私は慌てて晴真の肩を軽く叩き、「着いたよ」と起こす。その後、窓側にいる薫もそっと起こした。飛行機にも乗り、沖縄へ着く。空港に着いた時から、地元とは違う空気に胸が躍った。

 「来たよ、来たよー!沖縄だー!」

 はしゃぐ薫に釣られて、高遠君や平海君もはしゃぐ。私もワクワクが止まらなかったけど、まだ眠そうな晴真の隣に居た。「まだ眠いの?」と聞くと、晴真は目をこすりながら「あ~うん。昨日、あんまり眠れなくて……」と言う。

 「もしかして、今日が楽しみだったの?」

 そう聞くと、晴真は少し顔を赤くして「まぁね」と照れる。「私も昨日は眠れなく、薫と電話してたよ」と話すと、晴真は「俺も混ぜてよ」と拗ねるので、思わずクスッと笑ってしまった。まずはホテルへとバスで向かい、各自、自分の荷物を部屋へと持っていく。同じ部屋の私と薫は話しながら部屋へと向かった。部屋に荷物を置くと、直ぐに集合場所へと戻る。修学旅行の一日目は団体行動、クラスごとに時間をずらしながら観光名所へとバスで向かう。バスの中ではクラスの男子がバスガイドの女性で話が盛り上がり、とても賑やか。隣に座る晴真は高遠君達と話していて、私は薫と話しながら窓の外の景色を眺めていた。目的地である平和祈念公園に着き、ひめゆり平和祈念資料館を見学をする。一日目はこれで終わり、またホテルへと戻った。ホテルでバイキング形式の夕食を食べて、部屋へと戻る。修学旅行の少しフワフワした感覚がどこか気持ちがいい。夢の中にいるみたいで。お風呂に入り、寝る準備をする私に薫が「ねぇ、他の部屋行かない?」と話しかけてくる。「えぇ~、怒られるからダメ」と言っても「何で~!晴真達の部屋に行こうよ」と駄々をこねる薫。「階が違うから、移動したら先生にバレるでしょ?」と言ったら、薫は残念そうに溜め息をつく。でも、すぐに「まぁ、涼がいるからいっか!」と薫は私に抱きついた。そこからは他愛もない話で時間を潰して、消灯時間ぴったりに寝た。

 修学旅行の二日目は美ら海水族館と首里城の見学。各所ではグループごとに行動する。朝のホテル前集合に高遠君達と話しながら私達の元に向かって歩いてくる晴真。いつも前髪を上げてセットしているのだけど、今日は珍しく下ろしていた。それに気づいた薫がからかうように「あれ?今日は下ろしてるんだ~」と話しかける。「なんだよ、ちょっと寝坊したんだよ」と不貞腐れる晴真に「似合ってるよ」と言う。すると、晴真は少し顔を赤くして「ありがとう」と呟いた。「嘘だ、似合ってないよ~!」と笑う薫を無視して、晴真は私の後ろに立つ。そして、小声で「美ら海水族館、楽しみだね」と私に言った。バスに乗り込みと、初めは首里城へ向かう。大きくて立派な赤い正殿、目が離せない程に感動した。隣にいる薫はあまり興味がなさそうにしていたけど、晴真は食い入るように首里城を眺めていた。首里城の見学が終わると、その付近でグループごとに昼食を済ませる。次の場所は殆どの人が待ちわびていた美ら海水族館。つまらなそうな顔をしていた薫も美ら海水族館に着くと目を輝かせて、私の手を引く。そんな私達の後ろを男子三人がついてくる。水族館の名物である大水槽の中で泳ぐジンベイザメは少し怖く感じる程の迫力がある。薫はガラスの張り付くようにジンベイザメを眺めている。

 「ねぇ、海で生きていくのと水族館で生きていくのはどっちが幸せなんだろうね」

 ジンベイザメを眺めながら、薫は私に聞く。なんて答えたらいいのか分からないけど「う~ん、わからないね。でも、どっちが幸せかなんて別に考えなくてもいいんじゃない?ただ、生きてさえいればさ。それだけで、きっと幸せだと私は思うな……」と自分なりに答える。「そっか」と呟く薫はあまり見たことのないような……、どこか憂いた表情をしていた。だが、すぐに笑顔に戻り「他の所も見に行こう」と、薫はグループの先頭に立って歩き始めた。薫の後ろ姿を見ながら、追いかけるように歩く。その時、高遠君から話しかけられた。

 「ねぇ、櫻井さんと夏山さんはいつも一緒にいるよね?他の子とは一緒にいる姿みたことないからさ」

 「あぁ、うん。薫とは中学校からの親友だから」

 そう答えると、高遠君は「そうなんだ。櫻井さんって彼氏とかいないの?」と聞いてきた。初めて薫の事を晴真以外の男の子に話す。

 「いないよ。私達あんまりそういう話はしなくて、なんでか」

 困ったように笑うと、高遠君は「そっか、まぁそんな気がするね」と微笑んだ。

 (そんな気がする……?)

 不思議に思った私は首をかしげる。高遠君は薫に彼氏がいないことに対して言っているのか、それとも私と薫が恋愛話をしないことに言っているのか、分からない。でも、高遠君の次の言葉で何を言いたいのか分かった。

 「なんかさ、櫻井さんって親友だからかは分からないけどさ。夏山さんを男の子から守っているというか、遠ざけてるように見えるんだよね。だから、櫻井さんも彼氏いないんだろうなって」

 「え?そう見えるの?」と驚いていると、後ろにいた平海君も「確かにそうかも」と頷く。もしも、本当に薫が遠ざけるようにしているのなら、晴真にも同じようにするはず。「でも、晴真は?」と聞き返すと、高遠君は「それはわからない。櫻井さんが晴真のことを好き……とか」と言った。

 「……え!?」

 私が目を丸くして驚いていると、「そんなに驚くこと?」と驚く高遠君。高遠君の言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。文化祭の時もそうだったけど……、もしも薫も晴真が好きなら私はどうすればいいのだろう。私は、晴真を諦めて二人を応援することができるのかな……。

 「……なつ……やま……さん?……なつやまさん?お~い、聞いている?」

 高遠君に声をかけられて、ハッとする。

 「あ、ごめんなさい。考え事してて……」

 そう言うと、高遠君は「大丈夫?」と私の顔を覗きこんだ。顔が近くて、思わず晴真以外の男の子に初めてドキドキする。「大丈夫」と答えると、高遠君は安堵した表情で「なんだ、よかった。急に無視されたのかと思った」と私に微笑みかける。その表情にも少し心が跳ねた。私達が話していると、晴真が間に割って入ってくる。

 「何の話してるの?」

 私が答える前に高遠君が「内緒だよ」と笑う。すると、晴真の表情が一瞬だけ曇った。

 「涼は薫のとこに行ってやって、あいつ迷子になるぞ」。

 晴真に言われて、前をよく見ると薫は先程よりも遠くにいる。言われた通り薫の元まで駆け足で向かい、薫の腕を掴んだ。後ろを振り返ると、晴真は私に手を振り、微笑みかける。

 「薫、先に行きすぎだよ~。後ろ見てみ?めっちゃ離れてるよ~」

 「嘘!?ほんとだ。魚見てたから全然気づかなかった~」

 薫はごめんと私に謝りながら、歩くスピードを落として、後ろを歩く晴真達に合流した。その後はお土産コーナーで薫とお揃いのキーホルダーを買い、家族へのお土産も買う。薫は持って帰るのが邪魔になるような中くらいのジンベイザメのぬいぐるみを買って喜んでいた。美ら海水族館を後にすると、ホテルで夕食を済ませ、部屋に戻る。お風呂へ入った薫が出てくると、ドライヤーもせずにベッドに寝転ぶ。「ちゃんと乾かさないと風邪ひいちゃうよ?」と言うと、薫は「大丈夫だよ」とベッドでゴロゴロする。ベッドの上でスマホを眺める薫にお土産の整理をしながら話しかける。

 「ねぇ、薫……。今日の薫、ちょっとボーっとしてたけど大丈夫?水族館でも私を置いて先に行っちゃうし」

 私の質問に「……そう?」と少し間をあけてから薫は答える。

 「なんかあったのかなって心配だから」

 「……何にもないよ。水族館は水槽の中で泳ぐ魚が綺麗で見惚れてただけだよ~」

 「ほんとに?」と疑う私に、薫は「大丈夫だってば」と笑う。薫とは常に一緒にいるけど、さっきの笑顔は多分、大丈夫ではない時の笑顔。これ以上は薫から話してくれないと意味がないから、私は納得したように「そっか」と笑った。その後、しばらく沈黙が続き、私が先に口を開く。

 「薫は、好きな人はいないの?」

 薫にずっと聞きたかった。何をしていても高遠君の言葉が頭の中から消えなくて。私の質問を聞いた薫は、スマホを触る手を止める。何も言わないまま「涼こそ、どうなの?」と聞き返してきた。

 「私は……」

 ずっと晴真が好きだと薫に伝えたかった。でも、なぜか言い淀んでしまった。薫に気を遣わせるのも、薫が晴真を好きで私のせいで我慢してしまうかもしれないことも、この関係が少しでも崩れることが怖くなったから。

 「私は……、いないかな?」

 そう答えると、薫は「涼がいないなら、私もいないよ。いたら、絶対に涼に話すもん」と笑う。結局、また言えないまま……。いつになったら本当の事が薫に言えるのだろうか。






 

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