二人の秘密と文化祭
夏休みもあっという間に過ぎていき、二学期が始まる。外で遊ぶことが多かった今年の夏休みは少し日焼けして、白かった肌も黒くなった。二学期になると、次は二年に一度の文化祭準備で忙しくなる。
「何で私達だけ一回なんだろう。運悪すぎるわ」
私の机に顎を乗せて呟く薫。確かに運が悪いかもしれない。でも、今年は文化祭もあって修学旅行もある。行事が多く、楽しいことばかりの年。三年生だったら受験や就職活動といった忙しい中での文化祭は大変、一年生の時でもクラスの雰囲気が中途半端な気がする。だから、二年生の年で良かったと私は思う。「一回だけだけどさ、今年は色んな行事が詰まってるし、楽しいことばかりで良かったと思わない?」と言うと、薫は「確かに!」と笑った。夏休み明けの初日で文化祭の出し物を決め、私のクラスはパンケーキカフェをすることに。誰が厨房で、誰がホールになるか、そんな話し合いになれば、当たり前のように晴真がホールになる。学校一のイケメンを厨房にする人なんているはずもない。ただ、私は胸がもやっとする。晴真を見て、好きにならない人なんていないだろうし……。それに、学校外から来た人にチヤホヤされている姿なんて見たくもない。彼女でもないのに馬鹿らしいなとつくづく自分が嫌になった。役割決めは意外と簡単に決まった。何故か私がホールで、薫は厨房に。私をホールに推薦したのは晴真や薫……ではなくて、岡田さん。イジメはなくなったけど、相変わらず意地の悪い性格だと思う。別にホールになること自体は嫌ではない。だから私は「推薦してくれてありがとう」と岡田さんに微笑んだ。文化祭の準備が始まると、夕方まで学校に残る日々が続いた。文化祭まで残り一日に迫り、学校全体にも浮ついた空気が流れる。薫が明日の買い出しに行っている間、私と晴真は残りの準備をしながら教室で薫の事を待っていた。「なぁ……」と晴馬が小さい声で話しかけてくる。
「何?」
「あのさ……、明日なんだけど。時間が合えば、一緒に文化祭まわらない?」
そう言う晴真の顔はどこか赤いような気がする。「ふ、二人で?」と尋ねると、晴真は頷く。誘ってもらえたことは嬉しいけど……。薫の事が気になってしまい「……薫はどうするの?」と言った。晴真は少し考えて「バレないように二人で抜け出そうよ」と言う。二人で文化祭を回れるのは嬉しい。でも、いつだって、薫と一緒だった私には少し罪悪感があった。素直に返事ができず悩んでいると、晴真は「薫も一緒がいいか……」と寂しそうな表情を浮かべる。
「いや……。ふ、二人で回りたい……」
私は勇気を出して言った。晴真の言葉に表情に(もしかしたら……私の事……)なんて少し期待もあって。赤くなる顔を隠したくて俯いていると、晴真の嬉しそうな笑い声が聞こえる。
「あぁ~、よかった……。俺と二人が嫌なのかと思った」
安堵した表情の晴真。私は誤解されたくないので「そんなことはないよ!……ただ、薫が一人になると怒っちゃうかなって。私、いつも薫と一緒に居たから」と話す。すると、晴真は「なんだ、それなら大丈夫だよ」と笑った。
「どういうこと?」
私が首をかしげると、晴真が一枚の紙を見せる。
「交代の時間割で一時間だけ薫が俺達と被らないところがあるんだよ。その時に二人で回らない?」
紙には確かに一時間だけ薫が教室で、私達は休憩時間になっていた。安堵した私は「うん、楽しみだね。でも、薫には回ることは秘密にしないと怒られるかも」と微笑むと、晴真も「そうだね」と言った。まさか、文化祭で好きな人と過ごせる日が来るなんて夢にも思わなかった。緩んでいく頬に、上がる口角。つい、嬉しい気持ちが表情にも出てしまう。私達が話していると、教室の扉が開き「お待たせ~!さ、帰ろう!」と薫が入ってくる。二人と別れた後の帰り道、気分が上がっている私はスキップしながら歩いていた。すると、塾帰りの弟に見られ、笑われてしまった。いつもなら「笑うな!」って言うところだけど、今の私は全く恥ずかしくなかった。
文化祭当日。
学校中が沢山の人で賑わっていて、私達のクラスのパンケーキカフェも人で賑わっている。ホールの晴真はイケメンがいると瞬く間にうわさが広がり、他校の女子も見に来ていた。コスプレみたいなのはダメだと先生に言われているので、制服の白シャツに、下は制服のズボン、その上にカフェの店員みたいな腰エプロン。それだけでも全然十分な程、晴真は似合っていた。私も同じような格好でスカートの上に腰エプロンだけど、全く似合わない。やっと一回目の休憩で、薫と一緒に他のクラスで販売しているたこ焼きや、フルーツ飴を食べに行き、文化祭を楽しむ。文化祭の雰囲気は賑やかで少し疲れるけど、楽しい。「楽しいね!」とはしゃぐ薫に目はキラキラと輝いていて、愛らしい。美人なうえに可愛い薫を多くの人が横目で見ている。その様子に、親友の私は自慢したくなるほど嬉しかった。「どうだ!私の親友は可愛いだろ!」って。でも、薫は他校の男子に話しかけられても無視してしまう。
「薫は彼氏とかさ、欲しいと思わないの?」
ただ、気になって聞いただけだった。それだけだったのに、なぜか薫は不機嫌になってしまう。薫は私には聞こえない声で何かを呟いた。「な、なんかごめんね。嫌だった?」と謝ると、薫は「……別に大丈夫だよ!……彼氏か。晴真みたいな人だったら彼氏にしてもいいかもね」と言った。思いもよらない言葉で驚いた私に「何で驚いてるの!?例えばだよ~」と薫は笑う。
「そ、そうだよね。ちょっと意外だったから」
薫が晴真を好きかもしれない。その可能性を、自分の事で一杯いっぱいな私は一度も考えていなかった。廊下を歩きながら、薫に初めて尋ねる。
「薫ってさ、す、好きな人とかいるの?」
突然の質問に、薫は驚いた表情で「どうしたの急に?」と私を見る。
「いや、なんか薫とは恋愛とかの話をしてこなかったなんて思ってさ。気になったの」
少しの間、沈黙が流れる。薫が何かをボソッと呟いたけど、何て言ったのか聞こえなかった。
「……ん?何て言ったの?」と首をかしげると、「何でもないよ」と言う薫。そして、「好きな人か~。いないよ」と困ったように笑った。どこかホッとしている自分は最低だと思う。
(薫も答えてくれたし、私も言わないと……)
意を決して、晴真が好きだと薫に話そうとするも、休憩時間が終わってしまう。「あ、もうすぐクラスに戻らないとだね」と薫に言われ、結局、何も言えないままに教室に戻った。薫は晴真に近づいていき「モテモテで羨ましいわ~」と笑う。そして、教室の奥の方へと行ってしまった。私もエプロンをつけて、仕事につく。心の中にちょっとしたモヤモヤが残ったまま、二回目の休憩までずっと動きっぱなしだった。
やっと来た二回目の休憩。薫とはご飯も食べながらだったので、文化祭の展示などは全て回りきれていない。「休憩行ってくるね」と薫に言うと、私は教室を出た。私よりも先に教室を出ていた晴真が「ほら、早く行くよ。薫が見てないうちにさ」と言う。そんな晴真の近くには学校の女子から他校の女子まで、多くの人が集まってくる。その誰もが休憩を見計らって、晴真と一緒に回ろうとする人ばかりだ。怖気づいたて「で、でも、他に人が……」と躊躇していると、「そんなの気にするなよ」と晴真は私の腕を掴み、他の女子を無視して歩き始めた。後ろからは「あいつ誰?」みたいな声が聞こえてくる。
「気にすんな。俺達は友達なんだから、一緒にいることくらい普通だろ」
晴真の言葉に嬉しいような、少し悲しいような気持ちになった。友達……、確かに友達。そこには恋愛感情なんてなくて、分かっていても複雑な感情になる。いつの間にか、こんなにも大きな感情を晴真に抱いていた。
「なんで、そんな顔してるの?」
「え?どんな顔してた?」
「不安そうな顔」
自分では全く気付いていなかった。「ご、ごめん。なんか薫に申し訳なくなって」と俯くと、晴真は少し怒り気味に「じゃあ、一緒に回るのやめる?」と言った。私が首を横に振ると、晴真は「よし、楽しむぞー!」と笑った。晴真の隣に居るのはドキドキするし、ワクワクするし、楽しい。体育館で行われているステージ発表を見に行ったり、出し物のお化け屋敷に入ったり。
(休憩なんて終わらなきゃいいのにな)
そんな我儘が口から飛び出そうになるくらいに楽しかった。お化け屋敷はドキドキしっぱなしで、楽しいどころではなかったけど。
「一時間ってあっという間だな~」
「そうだね」
楽しい時間は本当に一瞬で、二人きりの文化祭は終わった。薫にはバレないように別々のタイミングで教室に入り、その後、薫も合流。文化祭の終盤は体育館で最後のステージ発表を見に行く。午後四時を過ぎると一般のお客さんは帰り、全校生徒もクラスの出し物の片づけに入る。片づけが終わった頃には五時を過ぎていて「残りは休み明けに片付けるので、今日は早く帰りなさい」と先生に言われ、教室を出た。私達はいつも通り、三人で帰路に就く。「楽しかったね」と文化祭の話で盛り上がる私達の間を、まだ夏の匂いが残る生暖かい風が通り過ぎていった。
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