綺麗な花火と三人
混みあっている屋台の通りを抜けて、私達は人の少ない「穴場」と言われている場所に向かう。そこは遠すぎず近すぎずの花火が綺麗に見える場所で、結城君が事前に見つけていてくれた。私と薫はほぼ毎年のように夏祭りに行っていたけど、こんな良い穴場があるのは知らなかった。「ここ、いいね!」と喜ぶ私に薫と結城君は優しい顔で微笑む。
「何で笑ってるの?」
「いや、涼が可愛いなって」
薫がそう言うと結城君も頷く。一人ではしゃいでいるのが恥ずかしくなってきて「何言ってるの?どこも可愛い要素なかったでしょ、からかわないで!」と言うと、二人は私を見ながら楽しそうに笑った。先程まで心の中にあった黒く淀んだ気持ちも二人のおかげで一気に消えていった。「あそこらへんにでも座るか」と、結城君は地面を指さし、その場所に薫の持ってきていた小さなビニールシートを敷いて三人で座る。座ったと同時に花火開始の号砲が夜空に響く。両隣には薫と結城君、二人に挟まれて私は花火を眺める。キラキラと夜の空を輝く花火は心を躍らせる。私は、この三人で初めて一緒に見た花火を忘れぬよう目に焼き付ける。隣で「綺麗……」と呟く薫と何も言わず無言で花火を見る結城君を私は交互に見る。ふいに結城君の方を見た時、偶然にも結城君と目が合ってしまった。私はすぐに目線を逸らし、空を見上げる。熱い真夏の夜空の下、結城君の座っている右側が熱くなる。その上、心臓の鼓動も早くなる。それは夜の空に打ち上げられた綺麗な花火にさえも集中することができない程、暑くてうるさい。鼓動は収まることのないまま、花火は最後に華やかで綺麗なスターマインを見せ終了した。
「綺麗だったね」
薫は降ろしていた腰を上げた後、私を見て微笑んだ。赤くなっている耳を手で隠しながら「そうだね!」と笑う私に、薫は「耳、どうかした?」と尋ねる。私は「花火の音で耳がちょっと痛くて」と誤魔化しながら立ち上がると、薫や結城君よりも先に歩きだす。自分の足元にまで気が回らず、小さな石につまずいて前へと倒れそうになる。その時、結城君は何も言わずに私の身体を支えてくれた。「ありがとう……」とお礼を言うと、すぐに結城君から身体を離す。鼓動を早める心臓と火照った身体が結城君にバレてしまわないか心配で仕方がなかった。結城君は何も気にしていないようで、ただ「気を付けてよ」とだけ言って歩き始める。その様子に私は安堵する。薫は私が浴衣で走る薫を注意した二時間前のことを掘り返し、「涼だって、足元気をつけないとだめだよ」と微笑む。私も二時間前の薫のように「ごめん、ごめん」と笑った。
私達は人の減り始めた夏祭りの会場を後にし、帰路に就く。別れの時間が刻々と迫り、静かになった夜道の中で響く下駄の音が寂しさを感じさせた。さっきまで元気だった薫が「なんか、もう帰らないとなんて……寂しいね……」と呟く。私も頷いた後、「あっという間だったよね……」と呟いた。私達の言葉数が段々と少なくなっていく。何か話題をと口を開こうとした時、先に薫が口を開いた。
「ねぇ、二人は学校の課題は終わった?」
そう言いながら、薫は地面に落ちている小さな石を蹴る。
「私は、あと一つだけかな」と答え、結城君も「俺はもう終わったよ」と言う。薫は「え、私だけ?ほとんど終わってないの……」と目を大きく開いて驚いている。多分、薫がこの話題を持ち掛けたのも(二人ともまだ課題終わっていなよね)と思いこんでのこと。だからか、少しショックを受けていた。「じゃあ、勉強教えてよー!私、勉強嫌い……」と俯く薫に「わかったよ、何が終わってないの?」と尋ねる。すると、薫が嬉しそうに目をキラキラと輝かせて「ほんと!?」と喜ぶ。私は「うん!」と言って頷いた。
「それなら、明日でもいつでもいいんだけど予定とか空いてる?」
「私は明日でも、それ以外の日でも空いてるよ」
「なら明日、涼の家に集合でどう?結城君、いや晴真は数学、涼は国語を教えて」
どんどん話を進める薫に「え、俺も?てか、急に呼び捨て……」と困った様子の結城君。そんな結城君に構わず、薫は止まることなく話を続ける。
「もう十分に仲が良いんだから、呼び捨てでもいいじゃん」
「それはいいけど、俺、明日空いてるとか一言も」
薫は結城君に詰め寄り「え?なんて?どうせ暇でしょ?」と全く引く様子を見せない。結城君は「わかったよ」と、渋々ながら了承した。
「そうだ、私が勝手に涼の家とか言っちゃったけど。涼の家で大丈夫?」
薫が私の目をじっと見つめる。私が「大丈夫だよ、親はどっちも仕事だし。でも、弟がいるかも」と答えると、薫は嬉しそうに笑う。そんな私達を結城君は呆れた顔で見ていた。
「よし!じゃあ、明日は涼の家で勉強会だー!」
薫の一言で勉強会という名目の遊ぶ予定が決まる。最初は困っていた結城君も、最終的には「ちゃんと課題終わらせるんだぞ!」と乗り気になってくれた。私も明日もまた二人に会えることが、ただただ嬉しかった。待ち合わせ場所だった駅に着き、私達は「また明日!ここでね」と別れを告げて、それぞれの家に帰る。帰宅後、すぐに自分の部屋の掃除をして明日に備える。掃除を終えた後、スマホの画面を開くと、結城君からメッセージが届いていた。思わず驚いてしまい、その拍子にスマホをベッドに投げてしまう。一呼吸をして、もう一度スマホを拾うとメッセージを開く。結城君から来ていたのは「明日なんだけどさ、夏山んちに決めちゃって悪いな」という一言。私はそれに「大丈夫だよ!」と返信した。すると、すぐに結城君からメッセージが返ってくる。それから
「薫と私は性格が違うから、薫みたいにすぐには無理だよ」
「分かった。じゃあ、俺達は友達じゃないってことだな。こんなに一緒にいるのに」
突然、意地悪なことを言い出す結城君に「何で、そんなことを言うの!」と返す。すると、拗ねたようなスタンプと一緒に「だって、薫は呼び捨てで俺の事は名前で呼べないんだろ?」と返ってきた。
「薫は……中学の時からの友達と言うか親友だもん」
「俺は……?」
文章だけでも結城君の意地の悪そうな表情が浮かぶ。私は少し悩んだ後、仕方なく「分かったよ」と返した。結城君からは「やった!」と文字付の嬉しそうなスタンプが送られてくる。
(私は恥ずかしいのに……)
そう思いながらも、好きな人とのやり取りはどこか恥ずかしくて、でも幸せで……。結城君……いや、晴真とのやり取りが終わると、私はベッドに寝転び天井を眺める。
(明日……楽しみだな。可愛い服着なきゃ……)
口元が緩み、にやけてしまいそうになる。ボーっと天井を眺めながら考え事をしているうちに、いつの間にか一時間が過ぎていた。私は急いでお風呂に入ると、ベッドの上、ドキドキしながら眠りについた。
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