初恋と嫉妬
夏休みの前半は家で弟とゲームをしたり、薫とお出かけしたり、バーベキューしたりと楽しく過ごした。でも、これからやってくる夏祭りのことを考えると胸がソワソワして心が落ち着かない。理由はひとつ……。あの日、結城君に抱きしめられてからというもの、結城君を見る度に、話す度に、胸が高鳴るようになった。そして、これが恋なんだと私は気づいてしまった。何て言ったらいいのか分からなくて、初めての恋も薫に相談できないまま……。とうとうなつまりの当日を迎えってしまった。私は姉のおさがりの浴衣を着て、待ち合わせ場所の駅へと向かった。駅前には薫の姿はなく、あるのは私達を待っている私服姿の結城君だけ。少し照れ臭くて、その場で立ち尽くしていると、薫から電話がかかってくる。私が「どうしたの?」と尋ねると、薫は申し訳なさそうに「遅れそうだから先に行っていいよ」と言い、電話を切った。
(うそ、私と結城君で二人きりなの……)
まさかのことで
「お、お待たせ」
後ろから声をかけてしまったからか、結城君は私を見て驚く。
「な、夏山か……びっくりした」
「驚かせるつもりなかったんだけど、なんかごめん。それと、薫は遅れるから先に行ってだって」
私が薫の事を伝えると、何故か少しばかり沈黙が続く。その後に結城君が「そっか、わかった」と言った。私から見た結城君の表情は少しだけ暗く感じる。思わず(私と二人きりは嫌だったのかな……)なんて考えてしまう。でも、そんな私の気持ちもつゆ知らず、結城君はいつの間にか、普段通りの様子に戻っていた。私達は薫に言われた通り、先に夏祭りの会場に向かって歩き始める。人混みが多い中、結城君は私と離れてしまわないよう歩幅を合わせて歩いてくれた。
「浴衣着たんだね。似合ってる」
思いもよらない言葉に一瞬で顔が火照る。
「あ、ありがとう。結城君は制服姿しか見たことないから私服はなんだか新鮮だね」
私は当たり障りのないことしか返せなかった。すると、結城君は「確かにそうかもな~、じゃあ……この夏は沢山遊ばなきゃだな!」と笑う。
「え?なんで?」
考えるより先に言葉が口から出てしまう。結城君は首を傾げて「何でって……、そりゃ、せっかく仲良くなったのに学校の中だけの友達なんて嫌でしょ?」と言った。恥ずかしげもなくドキドキするようなことを言える結城君は、やっぱり学校で人気なだけあるなと思う。「それはそうだけど……」と恥ずかしくて俯いていると、結城君が聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で「俺の印象が制服姿ばっかは嫌だし、もっと学校以外にも話したい……」と呟く。ちらりと結城君の方を見ると耳が少し赤くなっているようだった。それに釣られて私も顔が熱くなった。
夏祭りの会場に近づくにつれて太鼓の音が大きくなり、人の数も駅前に比べて多くなった。屋台付近は歩くのも大変なほどで、私達は近くの公園で薫が来るまで待っていることにした。
「薫、あと少しで着くみたいだよ」
私はスマホに届いた薫のメッセージを結城君に伝える。結城君は「おぉ了解」と返事した後、「ちょっとコンビニに行ってくるわ」と私の元を離れていってしまう。一人になってしまった私は履き慣れない下駄で痛めた足の指を見て、小さく溜め息をついた。公園のベンチに一人、周りはカップルや高校生や中学生のグループばかりで、私は寂しくなり俯く。
(まだかな……)
地面を歩く蟻を見ながら薫や結城君を待っていると、こちらに近づいてくる男女の話し声が聞こえてきた。俯いていた顔を上げれば、目線の先には楽しそうに話している薫と結城君の姿がある。二人が来たことに嬉しくなった反面、私と話していた時よりも笑顔の多い結城君の姿に少し胸が痛くなった。私に気づいた薫が 「涼~!!」と嬉しそうに駆け寄ってくる。薫は綺麗な花柄の黒い浴衣を着ていて、誰が見ても美人だと思うようだった。
「浴衣で走ったら危ないよ~」
「ごめん、ごめん。それよりも待たせちゃったよね」
「ううん、大丈夫だよ」
私は足を痛めているのが気づかれないよう、そっとベンチから立ち上がろうとした。すると、薫の後ろから歩いてきた結城君が「足痛いんでしょ?無理しないで」と言う。そして、コンビニの袋から「これ、使って」と、絆創膏を取り出した。私は「……気づいてたの?」と驚く。結城君は照れもせずに「当たり前」と微笑んだ。私達のやり取りを聞いていた薫は「なんで言ってくれなかったの~、私がこっちに来る前に絆創膏買ってきてあげたのに。もう、私が貼ってあげる」と言って、結城君から絆創膏を取り上げて私の足の指に貼ってくれた。強引に絆創膏を取り上げられた結城君はどこか不服そうにしている。二人に「ありがとう」と言って微笑むと、薫は「いいえ~全然だよ~」と笑い、結城君は「買ったのは俺なんだけどな~」とぼやいた。三人が揃って、少し強張っていた私の心も解れる。二人の会話にも自然と笑みがこぼれた。
「笑ってないで、さ、屋台のとこ行くよ!」
薫は私の手を取って歩き出す。そんな私達の後ろを結城君が「俺もいるんだけど」と呟きながら歩いていた。フルーツ飴に焼きそば、たこ焼き、わたあめにかき氷、射的やヨーヨー釣り。屋台の種類が多くて迷ってしまい、私達は屋台の通りを行ったり来たりを繰り返す。
「どれにする?私、お腹すきすぎて、もう無理」
段々と薫の歩くスピードが段々と遅くなっていく。私も薫同様、お腹が空いていたので何でもいいから早く食べたい。明らかに気分が下がっている、この空気を変えたのは結城君だった。
「それなら何食べるかルーレットで決めようよ」
私と薫は結城君の提案に首が取れそうなほど激しく頷いて目を輝かせる。結城君がスマホでルーレットを作り、私達はどれに当たるのかワクワクしながらスマホの画面を見つめる。最初にルーレットの矢印が指したのはわたあめ、それを見た私達は落胆した。
「わたあめかぁ~」
「わたあめか……」
「わたあめは保留で、また回そうよ」
薫は私と結城君を交互に見る。私も結城君も「そうだね」と言って、もう一度ルーレットを回す。次に矢印が指したのはかき氷。
「かき氷ね、食べたいけど」
「なんか違うんよね~」
あれも嫌、これも嫌で、私達はまたルーレットを回す。次はわたあめ、その次はフルーツ飴。何度も回して、最終的に決まったのはたこ焼きだった。それもルーレットで決まったわけではない。私達の目の前にあった屋台がたこ焼き屋で、その良い匂いにつられてしまったから。「結局、ルーレットの意味なかったね」と笑うと、結城君も薫も「そうだね」と笑った。私達は六個入りのたこ焼きを二つ買い、三人で分けて食べる。その後も食欲のスイッチが入った私達は、チョコバナナにフルーツ飴、かき氷にフリフリポテトと満足するまで食べつくした。薫は「もう、お腹いっぱい!」と、お腹をさする。私もお腹が膨れて、立っているのさえ辛い。
「そろそろ花火始まるし、見えやすいところまで歩くか」
結城君がそう言うと、薫は「え~、動くのしんどいよ。引っ張って連れてって」と結城君の服の裾を掴む。初めは二人が仲が良くなてくれて、ただ嬉しかった。でも……今は少し胸が痛い。どこか、私の知らない二人だけの空間があるような気がして……。そう思ってしまう自分のことも嫌になる。結城君の服の裾を持って歩き出す薫と「なんで俺が連れてかなきゃなんだよ」と言いながらも薫を引っ張る結城君。その二人の姿を見て抱く、この黒く淀んだ気持ちが物凄く嫌でたまらない。
「涼?」
考え事をしている私の顔を薫が覗き込む。
「どうした?」
結城君も心配した様子で私を見ていた。「あ、ううん。お腹いっぱいでボーっとしてた、ごめん」と言うと、薫はじっと私を見つめて「涼がそう言うならいいけど。なんかあるんなら言ってね」と微笑んだ。私は自分の黒く淀んだ気持ちを隠すように「大丈夫、なにもないよ」と笑った。
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