温かくなる心

 次の日、私は二人より先に学校へ向かう。私の後から登校してきた薫が「どうして先に行ったの?」と駆け寄ってくる。でも、私は「ごめん」と謝ることしかできなかった。本当は薫と話したかったけど、教室には私を監視している岡田さんがいる。だから、話しかけることもできない。結城君も何度も話しかけてくれるけど、何も言えなかった。

 そんな日が一ヶ月程続いた頃。薫や結城君にバレないよう、昼休みに図書室の秘密の部屋でご飯を食べようと、急いで教室を出て廊下を歩き始めた。その時、後ろから「待って」と誰かに呼び止められる。振り返らずとも、その声が結城君であることはわかった。

 「どこ行くの?」

 「……図書室に行こうと思って」

 私は絶対に振り返らなかった。振り返ってしまえば、自分の決心が揺らいでしまいそうだったから。すぐに「行くね」と図書室の方へまた歩き出す。すると、結城君が私の腕を掴んだ。私は涙が出ないように堪える。

 「なぁ、なんで最近、俺とか櫻井のこと避けてるんだよ。俺らお前に何かしたか?」

 結城君の声を聞いて鼓動が強くなっていく。震えているのがバレないように拳を強く握り、「二人は何も悪くない、でも、もう話しかけないで……、ごめん」と謝った。私にできるのはそれだけ。そんな私たちの会話を遠くの方から岡田さんは見ていた。案の定、放課後になると岡田さん達から呼び出され、空き教室に連れていかれた。

 「あんた、約束破ったよね?」

 そう言って、教室に入った途端に岡田さんは私に詰め寄る。

 「クラスメイトなんだから絶対に話さないなんて無理じゃない?」

 「は?こっちはイジメるのやめてやってるんだから口答えすんなよ」

 「私は真っ当なこと言っただけだけど」

 岡田さんは私の強気な態度にイライラを募らせているようだった。傍にいた岡田さんの友達も命令されているのか、私を罵倒し始める。

 「生意気なんだよ。可愛くもないくせに!」

 「そうよ、不細工なくせに口答えすんな」

 全部くだらない悪口ばかりで、さすがの私も怒りが抑えられず「人をイジメて楽しんでいる人間の方が誰よりも不細工だと思うけど」と言ってしまった。私の言葉にカッとなった岡田さんは手を振り上げ、私の頬を叩こうとした。その時、空き教室の扉の開く音が聞こえてくる。それと同時に、スマホのカメラをこちらに向けた結城君が入ってくる。一番見られたくない相手であろう結城君の姿に、岡田さんは振り上げていた手を直ぐに下ろす。

 「ど、どうしてこんなところに……?」

 明らかに動揺している岡田さんと、「どうしたの?」と慌てる彼女の友達。 結城君はこちらに向けていたスマホを下ろして「どうしたのって、夏山と君達がこの教室に入っていくのを見たからさ。ちょっと気になって」と私達の元に近づいてくる。

 「わ、私達はただ皆で話してただけだよ……」

 堂々と嘘をつく岡田さんに、結城君はスマホの画面を見せた。

 「嘘ついても動画あるし、ここまできて足掻くのやめたら?櫻井をイジメてたのも君達でしょ?それと……、僕も可愛くないのは君達の方だと思うよ?」

 言い訳もできなくなってしまった岡田さん達は私を睨みつけながら、足早に教室を出ていく。安堵したら思わず身体の力が抜け、私はその場に倒れこみそうになる。そんな私を結城君が支えてくれた。

 「今まで、無視したりしてごめんなさい……」

 零れそうになる涙を堪え、謝罪の言葉を口にする。その瞬間、結城君は私を優しく抱きしめた。

 「なんで俺に相談してくれなかったの?……俺ら友達でしょ?」

 結城君の声は優しくて温かくて、堪えていた涙が頬を伝う。しばらくの間、私は結城君の胸を借りて泣いた。辛かった気持ち、嬉しかった気持ちを全部、涙と一緒に流して。涙が収まり冷静になると、今の自分の状況に恥ずかしくなってくる。私は結城君から身体をそっと離して「ありがとう、もう大丈夫……」と言った。

 「そう、これからはなんかあったら一人で抱え込まないで俺に相談して」

 あんなに冷たい態度をとっていたのに、結城君はただただ私を思って優しくしてくれる。そのおかげで、冷え切っていた私の心は温かくなった。その後は空き教室を出て、私は荷物を取りに自分の教室に戻り、結城君は「俺は先に外で待ってるから」と言って、その場を去っていく。教室に入ると薫が凄い勢いで駆け寄り、私を強く抱きしめてきた。

 「バカっ!」

 そう言ってくる薫の声は震えている。戸惑っていると、薫は身体を離し、私の目を見つめる。

 「私が何よりも辛いのは涼と……、大切な友達と話せなくなることなんだよ!だから……もう二度とこんな馬鹿な真似しないで!」

 薫の想いが伝わり、私は「ごめんね」の言葉と共に止まったはずの涙が溢れ出す。ずっと、自分だけが苦しいと辛いと勘違いしていた。薫の為にと思ってとった行動が、薫を傷つけているとは思わなかった。教室には号泣する私達だけ。十分程経って、やっと泣き止んだ私達は泣き腫らした目で教室を出て、校門へと向かった。校門の前で待っていた結城君は私達を見て、少し笑う。

 「よし!今日は俺の奢りだな」

 三人でコンビニに寄り、私はアイス、薫はお菓子、結城君はカフェオレを片手に、学校帰りの楽しい一時ひとときを過ごした。

 次の日から岡田さん達は一切関わってこなくなり、また楽しい日々が戻ってくる。でも、そんな日々もあっという間に過ぎていき、高校生になってから二度目の夏休みを迎えた。今年の夏休みは去年に比べて楽しい予定が沢山詰まっている。薫とのお出かけや、他の友達を含めてのバーベキュー、そして一番楽しみにしているのが三人での夏祭りだ。

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