大切な親友だから

 期間の短い春休みは何もせずともあっという間に過ぎてゆき、私は二年生になった。三人で登校して、昇降口のクラス替えの張り紙を見る。さすがに今回のクラス替えは離れてしまうだろうなと、あまり期待していなかった私。自分の名前を探しながら、薫と結城君の名前を探してみた。

 「私も薫も結城君も……三組だ。やった!」

 同じクラスの欄に配列された三人の名前を見つけた途端、嬉しくて思わずはしゃいでしまう。それは結城君も同じだったみたいで、嬉しそうな表情を浮かべていた。ただ、その中で薫だけが一瞬だけ不安そうな表情を見せた。私が「どうしたの?」と尋ねると、薫は「あ、ううん。何でもないよ。三人とも同じクラスでよかった!」と笑う。私は薫が無理に笑顔を作ったように見えた。でも、それ以上は何も聞かなかった。その日の初め、クラス内で軽い自己紹介の時間があり、一人ずつ名前や趣味など適当に自己紹介をしていく。次々と自己紹介が終わり、薫の番がやってくる。すると、一人の女子生徒が教室中に響くように大きな声を出した。

 「あれー!薫じゃん!まさか一緒の学校だったんだ~」

 薫は彼女の言葉に反応せず、自己紹介を終えて席に着く。その時の薫は私が中学生の時に初めて会った日と同じ、暗い表情を浮かべていた。心配になった私は休み時間になった瞬間に薫の傍へと駆け寄る。休み時間になっても薫の表情は暗く、私が話しかけても無理に笑っているようだった。

 「大丈夫……?」

 「どうしたんだ?」

 私と結城君に声をかけられても、薫は「大丈夫だよ」としか言わない。そして、何かを隠すように会話の話題を変えて話し始めた。私達が話をしていると、会話を遮るように先程の女子生徒が仲の良い友達を連れて薫に話しかける。

 「ねぇ、薫だよね?なんでさっきは無視したの?同じ中学だった優美ゆみのこと覚えてないわけないよね?」

 そう言う彼女は、いかにも自分のことしか考えてないような少し派手めのメイクをした子。傍にいる彼女の友達も同じような見た目の子達。

 「岡田さん、だよね。お、覚えてるよ……何か用?」

 岡田さんに対して怯えているのか、薫の声は少し震えている。そんな薫に対して「いや、別に用はないけど~。また薫に会えて良かったって思ってさ~」と岡田さんは不敵な笑みを浮かべた。その後に、傍にいた結城君に近づき、甘えたような声で「あ~晴真君だよね。私、優美、よろしくね~。晴真君と同じクラスになれて嬉しい~」とはしゃぎはじめる。結城君は嫌そうな顔を浮かべて、素気ない態度で岡田さんの話に相槌を打つ。その後、岡田さんの会話を遮って「俺、戻るわ」と自分の席に戻っていった。結城君が私達の元を離れると岡田さんは一気に態度を変え、「調子に乗んなよ」と薫に言ってその場を去る。明らかに薫に対しての言葉遣いが強く、薫の表情も強張っていた。それを見逃さなかった私は「薫、ちゃんと今日の放課後、私に話して」と言ってから自分の席に戻った。放課後になると、薫は岡田さんとの関係についてポツリポツリと話し始める。それでも本当の事は話してくれず、「涼と通ってた中学校の前に通ってた中学校の時のクラスメイトだよ。本当にそれだけだから」と言うだけ。無理に話を聞いて嫌な気持ちにさせたくないので、私は聞くのを我慢した。それからというもの、岡田さんは毎日のように私たち三人の会話を遮っては薫に話しかけてくる。私も薫も迷惑だとは言えず、ただただ岡田さんの自慢話を聞かされていた。そんなある日、初めて薫の方から岡田さんに話しかけた。

 「ごめん、私達の三人で話したいことあるから、また今度にしてくれる……?」

 私も結城君も、そして言われた本人である岡田さんも薫の言葉に驚く。言い返してきそうな岡田さんも結城君の前だからか、大人しく「そうだよね~、ごめんね」と言って、すぐに私達の元を去っていった。強張っていた薫の表情も安堵に変わり、私も少し安心する。でも……この日をきっかけに薫に対する岡田さんの態度が酷くなっていく。それは誰が見てもわかるようなイジメへと変わっていった。薫の靴箱には悪口の書かれた紙が毎日のように入れられていて、教室のロッカーの中も同じような状態になっていた。「ひどい!なんでこんなことされなきゃいけないの!」と私が怒っていても、薫は「涼、私は大丈夫だよ、こんなことくらい平気だからさ!気にしないで……」と無理やり笑顔を作ってみせる。私は心苦しくてならなかった。それでも、岡田さんがやったという証拠がない今、私には何もすることができなかった。

 薫へのイジメが始まってから一ヶ月が経った頃。放課後、たまたま教室に忘れ物を取りに戻ると、中で岡田さんとその友達が話しているのを見かける。バレないよう教室の扉の前に立っていると、岡田さん達の会話が聞こえてきた。

 「まじさ、薫のやつ昔と変わらずムカつくわ~」

 「わかる!つか、結城君と仲良いってのが一番ムカつくんだよね~!ブスのくせにな」

 「靴箱にいれた紙見た時の顔とか超最高だったわ」

 「次どうする?机に書くか?私は結城君が好きです的な感じでさ」

 「わぁ~それ最高だわ~」

 会話の内容は聞けば聞くほど腹の立つ内容でくだらない。私の堪えていた怒りは最高潮に達し、意を決して教室の中に入った。そして、岡田さん達に話しかける。

 「あのさ、もう薫をイジメるのやめてくれない?なにも悪いことしてないでしょ!」

 そう怒る私に岡田さん達は笑った。

 「はぁ?あんたに関係なくない?口出さないでほしいわ~。つか、あんな奴を庇うとか馬鹿なんじゃないの?」

 多分、岡田さんはイジメられている側が悪いのだという風に考えているのだろう。どう考えても、イジメている側に問題があるのに。私の怒りは収まらず「何も悪いことしてない薫に勝手に嫉妬してイジメるなんて馬鹿らしいと思わないわけ?イジメなんてしてる前に自分磨きでもしたら?」と強く出る。こんなに強く言い返すのは人生で初めての事だった。でも、それくらい薫の事が大切で、岡田さんの言葉が許せなかった。

 「まじ、うっさいわ~。あんたなんなの、てか中学校の頃の薫みたいでキモイんだけど。それなら、あたしの言う事を聞いてくれたら、やめてやっていいけど」

 変わらず強気な態度の岡田さん。

 「ふーん、何?」

 私は怒りで興奮する気持ちを落ち着かせ、岡田さんの話を聞く。

 「あんたが薫とか晴真君と話すのやめてくれればいいよ。そうすれば、あんたと仲の良い薫はガッカリするだろうし、晴真君と話すのもやめてくれそうだからさ。あんたらみたいのが結城君と仲良くしてるのがムカつくんだよね」

 岡田さんは嘲笑うようにそう言った。この提案を呑めば岡田さん達の思うようになってしまうのは分かっている。でも、それでも薫のイジメさえ無くなればそれでいいと思ってしまった。後先考える余裕なんて私にはなかった。「そうすれば、薫をイジメるのやめてくれるんだよね?」と尋ねると、岡田さんは「もちろん、あんたにそれができるならね?」と睨みつけてくる。

 「いいよ、でも、もしこの約束破ったら私は許さないから」

 ハッキリそう言うと、岡田さんは驚いたような顔で私を見た。そして、「……チッ、馬鹿じゃねーの」と呟き、教室から出て行く。本当は薫とも結城君とも話せなくなるのは嫌だった。でも、薫がイジメられなくなるなら、自分はどうなってもいい。重たい足取りで学校を出て、家までの帰路につく。その道中、私の目から涙が溢れ出した。

 これからどうしたらいいんだろう……。

 こののまま、ずっと二人と話せなくなってしまうのだろうか……。

 不安が押し寄せてきて、怖くなった。

 

 

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