初めての読書仲間

 次の日、隣の席である結城君と顔を合わせるのが気まずくて朝から憂鬱だった。しかも、そんな日に限って早く起きてしまう。玄関の扉を開けると、薫がいつも通り私を待っていてくれる。「おはよう」と声をかけると「あれ?涼、元気ない?」と薫に言われる。

 (元気のない素振りを見せてはいないはずなのに)

 なぜか親友の薫には一瞬で私の心を見抜かれてしまった。結城君に秘密にしてほしいと言われた図書室の部屋の事以外、全ての出来事を薫に話す。

 「どんなふうに顔を合わせればいいのか分からないよ、気まずいよ。どうしよう」

 相談する私に対して、薫は「……別に気にしなくてもいいじゃん。そもそも涼が男の子と話せてること自体いいことなんだからさ。隣の席なんだし仲良くしな~。それと、あの人気者と話せるなんて滅多にないよ~」と笑う。

 「人気者……?」

 薫の言葉が少し引っかかりボソッと呟くと、薫は驚いた様子で私を見る。

 「え!?まさか知らなかったの、結城晴真がイケメンで周りの女子から人気者だってことを?」

 「そうなの?だって無愛想だし、私は昨日まで顔をしっかり見たことなかったから……」

 「はぁ、涼らしいわ~。まぁそのままでいいよ、涼は。なんならね……」

 最後の方は声が小さくて何を言っていたのか聞こえなかったけれど、薫は少し呆れた顔をしていた。学校に着いて教室に入ると、まだ結城君は来ていないようで安堵する。でも、そんな時間も束の間で教室の扉が開き、結城君が入ってくる。私は気を紛らわすために無理やり話題を作り、薫に話しかける。段々と近づく足音、隣で机に荷物を置く音、その直後に「おはよう」という声が聞こえてきた。

 (きっと、私に言ったわけじゃないよね)

 そう思うことにして、薫と話し続ける。すると、「何で無視するの?夏山さん」と結城君は私の顔を覗き込んだ。私は驚いて身体をビクッと震わせる。私の目を見つめる結城君のせいで心臓が少しずつ鼓動を強めていく。その場に居た薫も驚いた様子で私達を見ていた。無視するわけにもいかないので私が小声で「おはよう……」と返すと、結城君は「うん、おはよう」ともう一度言って、そのまま席に着いた。慣れないことに顔が赤くなる私に「涼、顔赤いよ」と薫が小声で話しかけてくる。赤く熱くなった顔の熱を逃そうと私は必死に手で顔を仰ぐ。横目で結城君の顔を見ると、口元に手を当て、少し笑っているようだった。

 

 その日からというもの、結城君は毎日のように朝だけ「おはよう」と私に挨拶をするようになった。でも、授業などの必要最低限の会話以外で話しかけてくることはない。図書委員の当番もなかったので特に何もないまま私は夏休みを迎えた。

 高校生になって初めての夏休み。薫と遊ぶか、自宅で本を読むか、弟とゲームをして遊ぶか、ほとんど土日の延長戦のような日々を過ごしていた。そんな平凡な夏休みもあっという間に過ぎ、まだ暑さの抜けない中で二学期が始まる。初日から夏休み前と変わらず、結城君は「おはよう」と私に挨拶をして席に着く。慣れてしまった私は、特に驚くこともなく「おはよう」と返す。ただひとつ、クラスメイトなのか友達なのか……、このよく分からない不思議な関係がいつまで続くのだろうと疑問に思っていた。

 夏休みが明けてから三日後。図書委員の当番の日だった私はいつも通り放課後に図書室へと向かう。図書室の扉の前には司書さんが立っていて、「こんにちは」と挨拶をすると、司書さんは「あら、夏山さん。今日は当番なのね。」と微笑む。

 「私これから職員室に用があって図書室を空けちゃうのだけど、終わったらそのまま帰っていいからね。それと、秘密の部屋の鍵は開いてるか好きに使っていいわよ。ただ、他の先生にバレないようにね?」

 そう言うと、司書さんは背を向けて職員室の方へと歩いていった。図書室の中を見回す限り、他に生徒がいる様子はない。私は受付に持参した本を置いた。今日も私より早く教室を出て行った結城君。本を読みながらも図書室の奥の部屋が気になり、居ても立っても居られず立ち上がる。足音を立てないように奥の部屋の扉をそっと開けてみるが、そこに結城君の姿はなかった。あるのは机の上に置かれた一冊の本だけ。私は置いてある本がどのようなものなのか気になり、手に取って表紙を見てみる。それは私が最近読み始めた好きな小説家さんの本だった。

 (なんで、こんなところに本があるんだろう?結城君と私以外にもこの場所を知ってる人がいるのかな)

 ひとり不思議に思っていると、後ろから人の足音が聞こえた後、背後に人の気配を感じた。振り返ってみると、私の後ろに立っていたのは結城君だった。「わぁっ!びっくりした!」と驚くと、「そんなにびっくりしなくても」と結城君は笑う。驚いた拍子に手に持っていた本を落としてしまい、慌てて拾おうした。すると、結城君は拾った本を指さして「あ、それ俺の本なんだけど」と言う。

 「ご、ごめん。別に盗もうとしたわけじゃないよ!?どんな本か気になって……」

 焦る私に結城君は「そんなことわかってるよ。疑ってないから」と優しい声で言う。

 「その本、面白いよ?まだ、読んでるところなんだけど終わったら貸そうか?」

 その言葉を聞いた瞬間、私は急いで受付に戻り、持ってきていた本を手に取る。そして、部屋に戻ると結城君に見せた。

 「私も同じ本持ってるよ!」

 実は今日持ってきていた本は結城君と同じ本だった。まさか同じ本を持っている人がいるなんて思うはずもない。嬉しくなった私は結城君を前にして一人ではしゃいでしまった。昔から友達の少ない私は周りに読書好きの友達がいなかった。だから、同じ小説家が好きな人などいるはずもなくて……。いつか語れる友達が欲しいと思っていた。結城君は目を丸くしながら「夏山さんはこの小説家さんが好きなの?」と尋ねてくる。私もドキドキしながら「うん。もしかして結城君も……?」と結城君に聞き返した。

 「俺もこの人の書く小説は結構好き。というか夏山さんって、本当に本が好きなんだね」

 そう言う結城君の瞳は今まで見てきた中で一番優しい。一瞬、その瞳に目を奪われそうになってしまった。でも、興奮冷めやらぬ私は一人で淡々と好きなところを語り始めてしまう。

 「いいよね、この作家さん!人の感情にフォーカスを当てた物語がグッとくるし……」

 オタク特有の早口で話すも、途中でふと我に返り、物凄く後悔する。

 「(やってしまった)ごめん……長々と……」

 そんな私に、結城君は嫌な顔ひとつしなかった。

 「ううん、謝ることないよ。夏山さんの新しい一面を見られたし、俺も読書好きだから」

 この日をきっかけに、私の結城君に対する印象が変わった。入学当初とは無愛想だと思っていたけど、この瞬間、結城君は同じ本好きの優しい人になった。

 「よかったら、この部屋で本でも読めば?どうせ、図書室なんて誰も来ないだろうしさ」

 結城君は私が持っている本を指さしながら言った。もちろん、私はその誘いに乗り、時間を忘れるくらい二人で好きな作家や好きな小説について語り合った。気づいた時には、時刻は17時を過ぎ、図書室が開く音とともに「あれ?荷物はあるけど、どこに行ったのかしら」と司書さんの声が聞こえてくる。私は慌てて椅子から立ち上がり、部屋を出ようとドアノブに手をかける。それと同時に部屋の扉が開いた。

 「晴真君いるの?」

 司書さんの姿が見えた瞬間、私は恥ずかしくて俯いてしまう。

 「あら、二人ともここに居たのね」

 その言葉の後に少しの沈黙が続き、その場に気まずい空気が流れた。そんな空気を壊すように司書さんは「もうすぐで校内の鍵も閉めちゃうから早く帰りなさいね」と微笑むと、部屋を後にする。

 (そういえば……結城君って司書さんの甥だよね……)

 結城君と一緒にいたところを見られたと思うと、私は急に恥ずかしくなり、急いで部屋から出ようとドアノブに手をかける。すると「ねぇ、夏山さん」と結城君に話しかけられた。振り返ると、結城君がじっと見つめてくる。私が「なに?」と尋ねると、結城君は「あ、あぁいやなんでもない。俺も帰るわ」と床に置いてあった荷物を手に持つ。

 (恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……)

 この感情から解放されたい私は足早に部屋を出て、受付に置いている自分の荷物を持つと、一目散に図書室を出ていき、学校を後にした。


 

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