〈過去〉夏山 涼
きっかけ
中学校で出会い仲良くなった大好きな親友の薫。同じ高校に進学できると知り、私はひとり舞い上がっていた。そんな中学三年の三学期。学校のそばにある河川敷で「高校生になったら~」と二人でよく話していた。
(この時間がずっと続けばいいのな……)
高校の入学式の朝。緊張する私と違い、薫は目をキラキラと輝かせている。
「そんな緊張しなくても大丈夫だよ。だって、私達同じクラスでしょ?」
「そ、そうだけど~」
少し田舎の男女共学の普通高校、三クラスある中でも奇跡的に私と薫は同じクラスになった。私は三年間とも薫と同じクラスになるように祈りながら、その日の入学式を終える。入学してから一ヶ月間は人見知りのせいで緊張が解けず、クラスメイトともあまり話せない。薫とも席が遠く離れてしまって、授業中は心細かった。ただ、休み時間になると薫が私の席にまで来てくれる、それだけが救いだった。元々、男の子と話すのが得意ではなかった私。一ヶ月が過ぎようと、二ヶ月が過ぎようとも、隣の席の男の子の顔を見て話すことすら出来ない。隣の席の男の子の名前は
四月の委員会決めの日、私は体調を崩し学校を休んでしまった。特にやりたいと思う委員会もなかったけど、なるなら図書委員がいいと考えていた。その日、薫から「何の委員会やりたい?」とスマホにメッセージが届き、「図書委員会かな」と返信する。薫が図書委員会に推薦してくれたお陰で、私は他の委員会にならずに済んだ。でも、その場に居なかった為、他に誰が図書委員になったのかは知らずにいた。図書委員の仕事は二週間に一回程度で、放課後の図書室で本の貸し借りを管理するだけの仕事。元々、読書が好きな私にとっては本の匂いに包まれて、暇があれば本を読むことができる最高の時間だった。七月になって回ってきた図書室当番。その日の放課後も私と同じ図書委員の子は時間になっても図書室には来ない。これまでの当番も私ひとりで特に困ることもなかった。
(今日も来ないのか)
そう思いながら暇つぶしで読める本を探す。いつもは自宅から自分の本を持ってきていたのだけど、今日は朝から寝坊して持ってくるのを忘れてしまった。図書室には何度も来ているけど、中をしっかりと見て回るのは初めてだった。少しワクワクしながら本を選んでいると、図書室の奥の方にある扉に気づく。
(あれ?あんなところに扉なんてあったんだ)
私は初めて見る扉が気になり、足音を立てないようにそっと近づき、静かにドアノブを回す。
(もしかしたら、鍵かかってるかもな~)
そう思いながらもドアノブを引くと、軋んだ音を立てながら扉が開く。恐る恐る扉を少し開け部屋の中を覗くと、椅子に腰かけている人の姿が見える。
(あっ、もしかして開けちゃいけなかったかな……)
私が扉をそっと閉めて受付の場所へと戻ろうとした時、部屋の内側から扉を強く開けられ、さきほど座っていたはずの人が目の前に立っていた。
「あ、すみません……」
私が慌て謝ると、「なんだ、夏山さんか」と聞き覚えのある男の子の声が頭上から聞こえる。足元を見ると私と同じ色の上履き、顔を上げると隣の席の男の子……結城君だった。
「何でここに……?」
「なんでって俺、図書委員だから」
(てことは、まさか……)
私は思いもよらない言葉に戸惑ってしまう。
「もしかして、今までの当番の時もここにいたの……?」
「そうだけど。夏山さんが来る前に来てるから知らなかったんでしょ?」
結城君は表情を変えることなく私を見ていた。思い返してみれば……、これまでの当番の日も、私より早く教室出て行っていた気がする。そうなると、今までの私の行動が見られていたということになる。
(どうしようっ……!)
私の顔は段々と熱くなり火照り始めた。普段は司書さんと話しているので問題はないけど。図書室に私しかいないと思っていた時は、ひとりなのをいいことに鼻歌を歌っていたり、本を読んだりしていた。鼻歌を聞かれていたのも恥ずかしいが、それよりも問題なのは本を読んでいる姿を見られていたかもしれないということ。なぜ問題なのか、それは中学生の頃、本を読んでいる私に薫が話しかけて言った言葉。
「涼ってさ、すごく顔に出やすいよね~。本の内容に合わせて、面白いと笑顔になって、悲しいと目をウルウルさせて、怒ってると眉間にシワを寄せてさ。まぁ、それが涼の良いところで好きなんだけどね~」
まさか表情に出ていたとは思ってもいなくて、それ以来、私は人前で本を読まないようにしてた。
(今すぐにでも穴があったら入りたい……)と恥ずかしがっている私に対して、私の気持ちなど知りようもない結城君は笑顔でトドメを刺す。
「あ~、よく鼻歌歌ってたけどさ、あれってなんて曲?……それと、夏山さんって本を読みながら百面相してるよね」
「えっ……(やっぱり、見られてたんだ……)」
動揺した私は火照った顔を隠すために俯きながら無言でその場から離れようと、結城君に背を向けて歩き出した瞬間。私の手首を掴み「ごめん、ごめん。別に変だとか思ったわけじゃないし、ただ不思議な子だなとは思ったけどさ」と結城君は言った。
「それって変な人と変わらないじゃんっ。そ、そもそも、当番なのに受付にいないって、良くないと思うよ!」
私は思わず反論してしまい、その後すぐに我に返り後悔する。すると、結城君は突然大きな声で笑いだし、掴んでいた私の手首を離す。
「夏山さんって結構はっきり話せるんだね。意外過ぎて笑っちゃった、ごめん」
初めて聞いた結城君の笑い声に私も少しだけ緊張が緩む。
「そんなこと言ったら、結城君が笑うなんて意外だよ」
「そりゃ、楽しいことなかったら笑わないでしょ、てか、そんなに俺って笑ってなかった?」
「無愛想……」
「それを言ったら夏山さんも無愛想に見えたよ?」
「私は……、男の子と話すのが苦手なの……」
「そうなんだ、じゃあ俺と一緒だね」
「一緒?どこが?」
「俺も人と話すの苦手……、てか女の子と話すのがね~」
「うそ、そんな風には見えない……」
結城君の顔をしっかりと見るのは今日が初めてだけど、無愛想な性格とは違い、見た目はいわゆるイケメンと言われそうな感じだった。
「見た目で判断してるでしょ?」
「え……」
図星をつかれてしまい、思わず動揺してしまう。私の表情を見て「図星だね」と結城君は笑った。
「だって、私と普通に話せてるから」
「なんか、夏山さんとは話せるみたいだね。他に女の子はね……」
そう話す結城君の表情はどこか暗い。私はその理由が知りたくて「なんで?」と尋ねると、結城君は表情を変え「夏山さんはさ、他の女の子と違って媚びた話し方しないし、素で話してくれるからかな?」と微笑む。私は結城君の言っていることが理解できなかった。ただ私自身もあまり気を張らず、こんな風に男の子と沢山話すのは初めてだった。話が途切れ二人の間に沈黙が生まれた時、図書室の扉が開く音が聞こえてくる。音に驚いて慌てて受付に戻ろうとすると、もう一度、結城君は私の腕を掴んだ。そして、私の耳元に口を近づけて小声で言う。
「ここの司書さんは俺の母さんの妹だから、この部屋好きに使えるんだ。だから夏山さんも好きに使っていいよ。当番の日なら確実に空いてるし、叔母さんにも言っておくから。あ、でもこのことは皆には内緒にしておいてね」
私は顔の距離の近さに戸惑い「うん」と言ってすぐに手を離し、結城君に背中を向け歩き始めた。その後は当番の仕事を終え、家に帰り自室のベッドの上で天井を眺めながら、放課後の事を思い出しては(恥ずかしかった)と眠れない夜を過ごした。
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