ファイナルブロック

第33話 ファイナルブロック

『最後のプレイヤー積木士郎様。ドラコの玩具箱ファイナルブロックへとようこそ。これが正真正銘最後のゲームとなります』


 残された唯一のプレイヤーである積木士郎が辿り着いた部屋は、広くて真っ白な四角い空間だった。部屋に入った瞬間、入口は頑なに閉ざされ、後戻りは不可能となった。部屋の奥にはゴールらしき赤い扉と、開閉の操作に使うと思われる端末。そしてドラコの姿を映し出すモニターが主張している。


「今回はルーレットのパートは不要だろう。さっさと最後のゲームを初めてくれ」


 積木の名を持つ自分がどんなデスゲームを強いられるのか、ずっと頭の中でシミュレーションを続けてきた。落ちてくるブロックに潰されないように注意する回避ゲームかもしれない。御手洗の時のように、シンプルな積木遊びを極限状態の中で成功させるタイプのゲームかもしれない。巨大な積木をよじ上って脱出するようなゲームも想像していたが、出口らしき扉が床と同じ高さにある時点でその可能性は低そうだ。


 積木に関係したどんなゲームが来ようとも、クリア出来るだけの自信はあるが、一つだけ気がかりなのはファイナルブロックと称するだけで、肝心のゲーム名をドラコが発表していない点は気になる。


『ドラコの玩具箱ファイナルブロックのルールをご説明いたします。扉の前に端末が見えますね? ある条件を満たしてその端末に触れることで、脱出の扉が開かれます。触れることによるペナルティはございません。条件を把握するためにも先ずは端末に触れることをお勧めいたします』

「そういうことなら遠慮なく」


 端末はタッチパネル式なのか、表面がモニターで構成されている。大きさは成人男性である士郎の掌四つ分といったところだ。ドラコの指示に従い、士郎は状況を把握するためにモ端末のタッチパネルに指を伸ばした。端末に電源が入り、クリア条件が文字で画面上に表示されていく。


『二名以上でこのパネルに手を触れてください。二名分以上の指紋とDNAが確認されましたら、脱出の扉が解放されます』

「はっ? 何を言っている?」


 直ぐには言葉の意味を飲み込めず、士郎はらしくもなく疑問符を連発した。

 触れることによるペナルティは無いとドラコが言っていたので、試しに両手でタッチパネルに触れてみると。


『人数が不足しています。二名以上でタッチパネルに触れてください』


 画面上に淡々とシステムメッセージが表示される。感情的にさらに三度試してみたが、結果は何度繰り返しても同じだった。


「ドラコ。これはどういうことだ?」

『表示されているメッセージに偽りはございません。二名以上でタッチパネルに触れなければゲームをクリアすることは出来ません』

「御託はいいからさっさと本番を始めろ」

『本番も何も、このファイナルブロックはこれで全てです。二人以上でタッチパネルに触れるだけでクリア出来る。ドラコの玩具箱の中で最も簡単なゲームですよ』

「なら、どうやって一人でクリアするんだ?」

『大変申し訳ございませんが、積木様にこのゲームをクリアする手段はございません。たった一人でここへやってきた時点で、完全な詰みでございます』


 あまりにも淡々と、ドラコは残酷な現実を宣告した。士郎としては当然、すんなりと受け入れられるものではない。


「冗談は止めてくれ。デスゲームの本質は生存のパイを奪い合うゼロサムゲームだろう」

『失礼ながら、それは積木様が勝手にそう思っておられるだけです。確かにあなた様がこれまで参加してきたデスゲームの数々はそうだったかもしれませんが、ゲームマスターである私は、このドラコの玩具箱がゼロサムゲームである等と、一言も申しておりませんよ』

「何だと……」


 確かにゲーム中のドラコは殺し合いを推奨するような発言もしていないし、生存可能な人数についても言及していない。過去のデスゲームの実例からその可能性をひたすら疑い続けたのはあくまでも、士郎や兵衛といったプレイヤー側の思考だ。


『ゼロサムゲームであると早とちりをして、一人でここまでやって来たことは浅はかでしたね』

「……だとしても、こんな呆気ない幕切れは興行として失敗だろう。大勢の観覧者からも顰蹙ひんしゅくを買うぞ」


 ドラコの言っている理屈は理解出来る。だが、これまでのゲームと比べて今回のそれはゲームとさえとても呼べないし、士郎は挑戦権すらも得られない。これではゲームとして破綻している。


『ご心配には及びません。ドラコの玩具箱には初めから観客などおりませんから』

 

 ドラコはあっさりと、デスゲーム興行における前提を引っくり返した。


「だったらあの観客たちは……」

『お察しの通り、過去の興行の映像と音声の流用ですよ。此度のデスゲームはパブリックビューイング自体を行っておらず、観戦していたのは一部のデスゲーム関係者のみ。これはそもそも興行ですらなかったのです』

「だとしたら、このデスゲームの狙いは何だ?」


『最後のプレイヤーである積木様には包み隠さずお教えいたしましょう。ドラコの玩具箱の持つ意味は大きく分けて二つ。一つは私、ドラコに対する評価の機会。私は元々デスゲームクリエイターだったのですが、八年前に勇退して一線を退きました。それからは第二の人生を謳歌していたのですが、昨今の業界のクリエイター不足は深刻で、八年振りにデスゲームの世界に呼び戻されてしまいましたね。ブランクのある私の考案するデスゲームが現代でも通用するか否か。ドラコの玩具箱とはいわば評価試験の場だったのですよ。まあ、昨今のデスゲーム業界は使える物は何でも使えの精神ですから、後に見やすく再編集されたスナッフフィルムとして販売することはあり得ますがね』


「……評価試験だったから、無観客だったと?」

『そういうことです。とはいえ本番さながらのリアリティというのは大切ですし、見られているという意識はプレイヤーの志気にも関わる。そのため、あくまでも大勢の観客の前という体でゲームは進めさせて頂きました』


 ドラコの言うリアリティとは、ドラコ自身の司会術の評価という意味合いもある。観客を沸かせるような盛り上げの数々も必要だった。


「もう一つの意味というのは?」

『運営側の人間の処分、あるいは再出発の場ですよ。これに関しては積木様も薄々感づいておらられたかもしれませんが、今回の参加者は運営側の人間としては問題を抱えていたり、直近で不祥事を起こした顔ぶれなのです。


 類家万里生は以前、誤った人間を拉致しておきながら見苦しく言い訳をした。胡鬼子竜壱は考案するゲームの費用が年々増加し、ゲーム自体もマンネリ化していた。御手洗玉栄は本業の経営難によって出資金の支払いが滞った。綾取冴子は良心の呵責に悩み、デスゲームクリエイターとしての非情さを失ってしまった。登呂石彦はデスゲームの司会者として観客に飽きられてしまった。蘆木輪花は運営の資金に手を出し、高飛びを画策していた。兵衛弥次郎は正当な理由なく独断専行でプレイヤーを殺害してしまった。龍見景史は仕掛けを製作する中でミスを犯し、不当にプレイヤーを死なせてしまった。


 そして積木士郎様。あなたは運営側の人間ではありませんが、あまりにも多くのデスゲームを荒らし過ぎた。運営の逆鱗に触れたからこそ、あなた方はこのドラコの玩具箱に集められたのです。実力不足ならばゲームの中で死に、実力を示せば再起の機会が与えられる。私だけではなく、このゲームに関わった全ての人間が試されていたと言っても過言ではないでしょう。もちろん積木様ご自身もね』


「俺が試されていた?」


 試されていたにしても、今回のゲームは初見殺しが過ぎる。士郎としては到底納得出来るものではなかった。


『数多のデスゲームをクリアしてきた積木様には、他のプレイヤーとは異なる形で試練を与えさせて頂きました。それぞれのブロックが各プレイヤーに対するデスゲームだったとしたら、積木様に対するデスゲームはドラコの玩具箱全体であったと言えることでしょう』

「……俺だけ予選が存在していたのもそのためか?」


 ドラコの真意はまだ理解出来ないが、士郎だけに起きた出来事として真っ先に思い浮かんだのは、案内役である類家万里生とのリフティングだ。


『もちろん。あのゲームは平等ですから、二人同時クリアも十分にあり得た話です。類家万里生は荒っぽい一方で情に厚い一面もございましたので、あなたが助言を与えて生還させていたら、恩義を感じて良き協力者となっていたかもしれませんね。その後のゲーム展開は変わりませんから、純粋に駒が増えるという点でも意味はあった』


「デスゲームなんだから、相手を蹴落とそうとするのは当然だろう!」


『そうですね。あなたの経験からすればそういう思考となってしまうのも仕方がなかったのかもしれない。デスゲームで他のプレイヤーと苦楽を共にしていく中で心境の変化が訪れればと期待していましたが、あなたは決してブレなかった。蘆木輪花に甘い顔をして駒として使い潰し、登呂石彦が握ったままだった鍵の危険性に早い段階で気づきながらも、彼にそれを指摘することは無かった。兵衛弥次郎との衝突は避けては通れなかったかもしれないが、彼を倒すのに協力してくれた綾取冴子さえも最後に蹴落とした。一度でも誰かに仲間意識を持てていたなら、こんな呆気ない幕切れを迎えることもなかったというのに』


「こんなデスゲームであってたまるか。いいからさっさと、積木を模したゲームを俺にやらせろ!」

『もっと広い視野でゲームを見るべきです。言ったでしょう。積木様にとってのデスゲームはこのドラコの玩具箱全体であると。聡明な積木様のことですから、心の中で何か引っかかっていることがあったのではありませんか?』

「……ブロック」


 ゲームのタイトルにばかり意識が向きがちだったが、予選ブロックはともかく、それ以降のゲームはリーグ戦でもないのにブロックという表現が使われているのはずっと違和感があった。普通なら第一ゲームや、第一ステージという表現の方がそれらしいのではないか? にも関わらずドラコの玩具箱では、各ゲームは一貫してブロックと表現され、最後はゲーム名すらなくファイナルブロックという表現が使われている。そしてブロックから連想されるものといえば。


『ご名答。これまでに通過してきた全てのゲームとプレイヤーこそが積木のブロックであり、あなたはプレイヤーを温存しなければいけなかった。しかしファイナルブロックに到着したのはあなた一人だけ。積木遊びはブロックを積んでこそ成立するもの。ブロック一つでは積木足り得ない。それはただのブロックですから。ファイナルブロック。本来であればこの言葉を最終ゲームという意味で使いたかったのですが、最後に一つだけ残った、あなたというブロックだけでは玩具として不完全だ。残念ながら、玩具箱の片隅に放置されるのが相応しい』


「おい! ふざけるな。こんな幕切れ納得出来るかよ!」


 部屋の証明が入口付近から一つずつ消えていく。間もなく巨大な玩具箱の蓋は閉じられる。


『デスゲームのスリルに飲み込まれて、すっかり初心を忘れてしまったようだ。せめてゲームの中でそれを思い出してくれたなら、こんな最期を迎えずに済んだかもしれないのに』


 画面にすでにドラコの姿は写っていない。スピーカーから無機質な音声だけが聞こえてくる。その間にも部屋はどんどん闇に包まれていく。


「初心?」

『ゲームとは絆だよ』

「待ってくれ! あなたは!」


 馴染み深い台詞と共に音声は途絶え、空間も完全に暗闇に包まれた。

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