第32話 ゼロサム
龍見が脱落した倒壊した看板の手前で冴子と合流すると、そこから先は比較的簡単だった。看板がそのまま日よけとなり、その下には這って進める隙間が空いている。一度通過している冴子は難無く、士郎は途中で何度か体を擦りながらも無事に通過。その先は別の看板の影へと通じており、安全に脱出出来た。士郎でギリギリなら、恐らく兵衛ならば通れなかっただろう。初見殺しの倒壊後も、二番手のプレイヤーがこのルートを使えるように運営側が緻密な計算をしていた可能性も考えられる。強風は人工的なものだし、摩耗個所や力のベクトルを計算すれば、倒れる方向を定めることがぐらいは出来るかもしれない。
「看板さえ越えてしまえば比較的簡単だったでしょう」
休憩地点のように設けられていた東屋の影の中で、冴子と士郎は相合傘をするように肩を並べていた。ここで直進ルートと迂回ルートが合流し、この先は一本道だ。流れる雲の影が三つ繋がるタイミングを見極めて進むなど、注意が必要な仕掛けは多数あるが、看板が倒壊した時のような大掛かりな仕掛けが用意されているようには見えない。慎重に進めば脱落する心配はないだろう。
「ところどころに広い日陰が用意されていたのを見るに、目玉はやはりプレイヤーによるバトルロワイアルだったのかもしれませんね」
そう言って、士郎は雲の影が連なった瞬間に一気に駆け抜け、街路樹の影へと移動した。
「行くなら一声かけてよ。まったくもう」
雲の影が連なるタイミングは一瞬なので、冴子は出遅れて東屋に取り残されてしまった。むくれ顔で不満を口にする。
「すみません。せっかちなもので。それに街路樹の影に二人は狭いでしょう」
「一理あるけどさ」
この先も二人で待機するには狭い影がゴールまで続く。自然と士郎の一歩置いたタイミングで冴子もゴールを目指していく。
「お先です」
順当に歩みを進め、士郎は先にゴールへと続く屋根付きの階段へと到着した。ここを登りきればシャドウマンはクリアだが、士郎は登らずに冴子の到着を腕を組んで待ってくれた。
「優しいところもあるじゃない」
士郎からやや遅れて、雲の影を乗り継いで冴子もゴールへと続く階段へと着地した。
「いいえ。これは単なる戦略です」
士郎は無感情に突然、冴子を腹部を蹴りつけ、その細身な体を蹴り飛ばした。宙を舞った冴子の体は、背中から日陰の外へと落下。橋渡しの雲も流れてしまい、太陽の下にその姿を晒してしまった。
「……逃げも隠れもしないからさ。ちょっとだけ時間を頂戴」
冴子の言葉にドラコは答えなかったが、すぐさま銃撃が始まることはなかった。その方が興行的に盛り上がると判断したのかもしれない。感謝を込めて、冴子は仰向けに倒れたまま微笑んだ。
「恨む気はないよ。君ならこうするだろうという予感はあったから」
士郎はこの後ファーストペンギンを控えているが、彼の実力があればどんなゲームでもクリアして見せることだろう。唯一の勝者を目指す彼にとって、他のプレイヤーを次のブロックまで連れて行く理由などないのだ。自分だけが例外だと思うほど冴子は己惚れてはいない。士郎が先を行くようになってからは覚悟していた。
「恨む気はない、ですか。まるで聖人君主だ」
「デスゲームの中で、大勢の人間が裏切りによって死んでいくように、私は散々仕向けてきた。それが自分の身にも降り掛かっただけのことよ」
「予感があったなら、咄嗟に回避することも出来たでしょうに」
「自分を試していたのよ。何者かに裁かれる時が来るなら、それを受け入れようとね。引導を与えてくれたのが、積木士郎君で良かった」
「どういう意味ですか?」
「……単なる自己満足よ。昔付き合って人の名前がね。君の名前に似ていたから。
あの日から、全てに対して無気力になってしまった。デスゲームの中で死ぬも自業自得と思ったが、予想に反してファーストペンギンも生き延びてしまった。だが、一緒に行動してきた仲間に引導を渡されるというのは、これまで自分が何度も描いて来たシナリオによく似ていて、皮肉な運命を感じずにはいられなかった。
「私を蹴落としたんだもの。絶対に勝ちなさい」
上体を起こした冴子が士郎に向けて微笑みかけた瞬間、無数の機銃による一斉掃射が開始され、冴子の体は一瞬で肉塊と化した。
「満足気に逝かないでくださいよ。俺は誰の思いも背負わない。自分が勝者となるために動くだけです」
冴子が変わり果てた姿となった瞬間を目の当たりにしても、士郎は一切心を乱さない。踵を返して階段を上り、ゴールの扉へと到着した。
『積木士郎様。ドラコの玩具箱第七ブロックシャドウマンを見事にクリアなされました。積木様にはこれより、ファイナルブロックへと挑んで頂きます』
ドラコのアナウンスと共に、ファイナルブロックへと通じる扉が開かれた。
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