第25話 命の重さ
『準備が整ったようですね。台の上にご移動ください』
右手に銃を、左手にナイフを、足元はレースアップブーツで固めた兵衛の姿はさながら傭兵のようでもある。圧倒的自信の表れか、動揺どころか呼吸一つ乱れてはいない。兵衛は台の上に立ち、両腕を広げて十字を作った。
『ドラコの玩具箱第六ブロック。バランス。ゲームスタートです!』
合図と共に、周辺の床が展開して奈落が姿を現した。大柄な兵衛の足は台の縁とほとんど重なっており、少しでもバランスを崩したらその瞬間に奈落行きだ。
――結局、いつまでバランスを取り付ければいいのかは教えてもらえなかったな。
高い所は苦手ではないし、グロック銃とナイフを握ったままとはいえ、このままバランスを維持しろと言われたらいつまでも続けられる自信はある。それでもどの程度の時間を耐え続ければ良いのか、基準がないというのには気持ちが悪い。興行である以上、こんな退屈な絵面を長々と続けはしないだろうが、ドラコの気まぐれで延々続けられる可能性だってゼロではない。そういった心理的な揺さぶりもまた、ゲームの一部なのだろう。
辛そうには見えないが、集中力を高めている兵衛に声をかけられる雰囲気ではなく、他の挑戦者たちも無言でその様子を見守っている。息を飲む沈黙の中、二分が経とうとしていた。
『ゲーム開始から二分が経過しました。これよりバランサーは第二段階へと突入します』
「うおっ! こいつは……」
ドラコの不穏なアナウンスと同時に、兵衛がグロック銃を握る右腕に力が込められ筋肉が隆起する。一瞬バランスを崩しかけて兵衛がふらついたが、グロック銃を強く握り直して、辛うじて十字バランスを取り続ける。
「今のって?」
「どうやら急に銃のレプリカが重くなったようですね。それをよくもまあ凌いだものだ」
一気に右腕だけが重くなり、その状況下で狭い足場の上でバランスを取り続けるのは至難の業だ。兵衛の強靱な肉体と体幹が無ければ、反射的にグロック銃を手放すか、バランスを崩して自分ごと転落しているところだろう。
「おい、ゲームマスター。これはどういうことだ?」
『バランスとは即ち天秤。そのグロック銃は、あなたが奪ってきた命の重さを表しているのです』
「……なるほど。心当たりしかないな」
違反者や死にきれなかった脱落者を殺すために何度も引き金を引いてきた。奪った命の数はもう完全には覚えていない。そんな人間が奪ってきた命の重みによって命の危機に瀕しているのなら、これほど皮肉な話はない。自分らしい道具を選べというのはやはり、悪い方向への誘導だったのかもしれない。例えば手にしていたのが工具だったら、重さに変化は起こらなかったはずだ。
「奪ってきた命の重さか。兵衛の奴が凶器なら、俺は工具ってことになるのかね」
「……それなら私はノートとペンね」
自戒するように、龍見と冴子は残された道具の中から自分たちに当て嵌まるアイテムから目が離せなかった。龍見は自らが工具で作り上げた仕掛けで、冴子は紙とペンでまとめたアイデアそのもので、これまでに大勢の命を奪ってきている。デスゲームのルールの中で死んでいく人間の数は違反者の比ではない。直接的に命を奪っている兵衛以上に、二人はたくさんの命を奪ってきている。もしも二人が兵衛と同じ状況に立たされたなら、一瞬で命の重みに奈落に連れされていたかもしれない。
「兵衛さんが限界を迎えたら、次は俺かな」
士郎はすでに、兵衛が失敗した場合のシミュレーションを開始していた。挑戦者が自分だったなら、最も簡単なゲームになるかもしれない。これまでに参加してきたデスゲームの中で大勢が死に、士郎だけが生き残ってきたが、それはゲームのルールの中で死んだのであって、自分が直接殺したわけではない。士郎はまだ自分は誰も殺したことがないという認識でいた。故に何を握っても重さが変わるはずがない。何のハプニングも無く、ただ一定時間バランスを取り続けるだけのつまらない絵面となることだろう。放送事故になりかねないので、兵衛にはもう少し頑張ってもらいたいところだ。
「……罪の重さ。上等じゃねえか。所詮は俺の力の前に屈した雑魚共だろうが。もう一回力でねじ伏せてやるだけだ!」
それでも兵衛は怯まなかった。筋力に物を言わせ、重さという名の死者の復讐を御してみせる。そうしてさらに二分間を耐え凌いだ。
『ゲーム開始から四分が経過しました。これよりバランスは第三段階へと突入します』
「ははっ! そう来ると思ったぜこん畜生」
今度は左手に握るナイフが突然重くなり、水平にしていた左腕がバランスを崩しかけたが、兵衛はそれを筋力で御しきり、影響を最小限に留めた。片方だけが重いよりはマシだが、グロック銃よりもナイフの方が軽いので、上手くバランスを取っていくのにこれまでよりも神経を使う。ナイフの方が軽かったのは、命を奪った数が銃よりもナイフの方が少なかったからだろう。兵衛のこれまでの歩みを完全に把握した上で、パーソナルなデスゲームを仕掛けてきている。巧妙であると同時に意地が悪い。
――集中しろ集中。あと少しで全てが終わるはずだ。
兵衛は目を伏せて集中力を高める。このゲームはもう一段階変化を残しているが、そこさえ乗り切れば恐らくゲームは終わる。これまでの流れを踏まえれば、後二分半を凌げば解放されるはず――。
「くそっ!」
曲げそうになった膝を踏みとどまった瞬間、足元が覚束なくなりバランスが乱れる。必死に体勢をキープしようとした矢先に四分が経過。ドラコのアナウンスが鳴り響いた。
『ゲーム開始から六分が経過しました。これよりバランスは第四段階へと突入します』
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