バランス

第24話 バランス

『プレイヤーの皆様。ドラコの玩具箱第六ブロック。バランスへとようこそ』


 新たなゲーム会場に壮大な仕掛けの類は見受けられない。広い真っ白な空間の中心に、床よりも一段高い円形の台が設置されている。人一人が両足でギリギリ立てるぐらいの大きさだ。その周辺にはケースに入れられた様々な道具が置かれている。ナイフや拳銃といった凶器から、レンチやドリルといった工具、帽子やブーツといった服飾品に至るまで、種類は様々だ。このまま殺し合いが始まっても驚かないと言わんばかりに、部屋に入って早々に兵衛と士郎は凶器や工具を注視していた。


『このゲームでは用意された三つの道具を身に着けた状態で、円形の台から落下しないよう、両腕を開いた状態で一定時間バランスを取り続けて頂きます。もちろんこれはデスゲームですので、あんな低い台の上でのお遊びでは終わりませんよ』


 ドラコが指を鳴らした瞬間、台の周辺の床が開き、台を取り囲む形で巨大な奈落を形成した。落下すれば一巻の終わり。実質これは高所でバランスゲームをしているのと同義だ。ゲーム性が伝わったところで、床が元に戻って奈落を塞ぐ。奈落のままでは挑戦者が台まで渡れない。


『どのアイテムが最も自分に相応しいのか、しっかりとお考えください。それでは皆様お待ちかねの、ファーストペンギンルーレットのお時間です』


 アイテムの説明は程々に、恒例のルーレットが回転を始める。確率は三分の一かつ、覚悟の決まった人間ばかりが残っているので、緊張感は皆無だ。


『ルーレットの結果。ファーストペンギンを務める勇気ある挑戦者は兵衛弥次郎様に決定いたしました』

「ようやく俺の番か。もっとアスレチックな方が好みなんだがな」


 指名を受けた兵衛は着ていたフライトジャケットをその場に脱ぎ捨て黒い半袖のカットソー姿となった。屈強な肉体の持ち主であったことは明白だったが、袖にボリュームのあるフライトジャケットを脱いだことでそれはより鮮明となる。二メートル近い長身と筋肉質かつ柔軟性のある戦闘向きの肉体。フィジカル面では間違いなく全挑戦者の中で最強だろう。元警察官であり、現在はデスゲームの違反者を始末する処刑人としての肩書を持つ。観察眼や非情さも持ち合わせていて、内面もまるで隙がない。


「道具を三つ選べといったが、これはゲームにどう関わって来る?」

『最低でも左右の手に一つずつアイテムを持った状態でバランスを取って頂きます。アイテムを奈落に落下させてしまった場合もゲームオーバーとなりますのでご注意を。残る一つの使い方は自由ですが、両手が塞がってしまう性質上、服飾品など身に着けるタイプの物がストレスを感じにくいかと存じます』

「まどろっこしいことで」


 ゲーム性を理解したところで、兵衛は持ち込むアイテムの選定へと入った。

 一匹狼で他の参加者とはほとんど交流を持たなかった兵衛だが、デスゲームに長年関わってきた経験から、早々にファーストペンギンに選ばれた人間の名前とゲームの性質の共通点にも気づいていた。バランスというゲーム名と説明を受けた段階で自分の可能性が高いと思っていたが案の定だ。今回のゲームのモチーフは「やじろべえ」。漢字表記の「弥次郎兵衛」にすれば一目瞭然だ。


 両手に持つアイテムでバランスを取るべきなのだろうが、単純な重さを揃えるだけの簡単仕様とも思えない。加えてゲームの説明でドラコが口にした「どのアイテムが自分に相応しいのか、じっくりと考えろ」という発言。それを真に受けるのなら、奇をてらわずに馴染み深いアイテムを手にした方が良いのでは?


「俺といえば、やはりこれか」


 黙考の末、兵衛は右手でグロック銃、左手でナイフを掴んだ。違反者の排除のために何度も使用してきた凶器の数々。自身を象徴するアイテムといえばこれになる。


「流石に本物ではないか」


 グロック銃、ナイフ共に、精工に作られたレプリカだった。重さまでは再現されていないようで本物よりも軽量だ。恐らくレンチなども見た目だけで、殺傷能力のない作りになっているのだろう。兵衛はまだ理性的だが、デスゲーム中に一部の人間にだけ凶器が渡れば確実に荒れる。他者を殺そうとする者もいれば、狂気の果てに自害する者もいるかもしれない。あくまでもゲーム内での派手な死に様を求める運営側にとっても、そんな幕切れは御免ということなのだろう。凶器を手にする可能性に少しだけ期待していたが想定の範囲内だ。もし荒事が必要な場面になれば、素手でも、仮に三対一でも他のプレイヤーを葬る自信はある。


「こいつは……」


 残り一つ、どんなアイテムを持ち込むかを吟味していく中で、見覚えのあるレースアップブーツを発見した。血生臭い仕事をこなす際に、部隊に支給されているものと同型で、兵衛にとっては足にもすっかり馴染んでいる仕事着だ。先のドラコの発言と合わせ、これが置いてあるのはあまりにも意味深だ。罠の可能性も大いに考えられるが、万が一攻略のヒントだった場合、それを見す見す逃すのは惜しい。悩んだ末、兵衛はレースアップブーツを選択。自身が履いていたエンジニアブーツから履き替えた。どんなデスゲームにもリスクはつきものだ。だったらここはドラコの思惑に乗っておく。何らかの窮地が訪れたとしても、肉体一つで乗り越えるだけの自信はある。

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