第17話 射撃開始
「まともなデスゲームクリエータなら、こんな詰みポイントなんて用意するはずがない」
絶望的な状況に立たされながらも冴子は思考を止めてはいなかった。難易度が高いだけならばともかく、クリアが不可能のゲームなど興行足り得ない。ルールを聞いた時からずっと何かが引っ掛かっていたのだ。違和感に活路を求めて、冴子は記憶を手繰り寄せていく。
『センサーに触れると信号が送られ、三秒後には全自動でガトリング砲が掃射を開始いたします。生きてゴールにさえ到達すればゲームはクリアですが、あの限られた空間でガトリング砲の掃射を回避するというのは現実的なプランではございませんので、レーザーの回避を強くお勧めいたします』
思えばドラコの説明には最初から違和感があった。デスゲームの性質を考えれば、センサーに触れたら即ガトリング砲の掃射が始まってもおかしくはないし、仮にシステム上のタイムラグが存在するとしても、それをプレイヤーに提示する義理はない。にも関わらずゲームマスターであるドラコがその情報を提示したのなら、それはゲームを構成する上で必要な情報ということだ。
そしてドラコは生きてゴールにさえ到達すればゲームはクリアだとも明言している。最初は皮肉かとも思ったが、実際に最後の難関である、回避不可能の網目レーザーを見て考えは変わった。皮肉どころかゲームを成立させるための親切心だったらしい。
――チャンスは一瞬。頼むから誰も巻き込まれないでよ。
他の参加者を気にかけている余裕はない。思考している時間さえも惜しく、冴子はレーザーの網目目掛けて自ら駆け出した。それとほぼ同時にレーザーの網目も動き出し、冴子の方へと近づいてくる。
「巻き込まれないように、ガトリング砲の射線から外れておきましょう」
自暴自棄になったのかと困惑する者もいる中、ほぼ同時に冴子と同じ結論に達していった士郎が皆を誘導して
九十メートル地点に到達した瞬間、冴子とレーザーの網目が接触。センサーと接触したことを知らせる警告音と赤い点滅が廊下を支配し、発射準備に入ったガトリング砲から不気味な起動音が鳴った。それでも冴子は諦めず、一心不乱に走り続ける。残り約八メートル。三秒あれば十分だ。
「越えた!」
ガトリング砲の発射前に廊下を駆け抜けた冴子はすかさずガトリング砲の後方へと回り込む。次の瞬間、轟音と共にガトリング砲による射撃が開始された。
「きゃああああああ!」
「おいおい!」
ガトリング砲の弾は誰もいない廊下を通り抜け、スタート地点側の壁にぶつかり撃ち抜いていく。事前に士郎が距離を取らせていたので巻き込まれた者はいなかったが、大量の弾が近くを通過していく迫力にたじろぎ、輪花は士郎の背中に隠れ、今まで比較的冷静だった登呂もこの時ばかりは目を丸くしていた。
『綾取冴子様。レーザートラップ、ゲームクリアです! ファーストペンギンでありながら、見事の洞察力と勇気で突破した綾取様に賞賛の拍手をお送りください』
「綾取の奴、あの銃撃の中生き残ったのか?」
冴子はてっきりあの銃撃で蜂の巣になったとばかり思っていたので、ドラコのアナウンスに兵衛は幽霊でも見たかのように吃驚している。銃撃が完全に止まったのを確認してから廊下を覗き込むと、ゴールにいた冴子が五体満足で生存していた。流石に疲れたのか、床に腰を下ろして息を整えている。
「あれだけの銃撃を回避するのは流石に厳しい。綾取さんはたぶん、銃撃が始まる前にゴールにたどり着いたんだと思いますよ。ゴールまでは二十メートルですが、直ぐに走り出せばレーザートラップと接触するのはもっと先だ。ガトリング砲が起動する三秒以内にゴールするのは決して不可能じゃない」
「そんな単純なことなのか?」
「言葉にするのは簡単ですが、極限状態でその選択が出来るかどうかはまた別問題ですよ。この手を使って弾丸を回避出来るのは最初と最後ぐらいだが、最初なんてまずセンサーに引っ掛からない。そうしてセンサーを回避しながら進んでいたら、センサーは絶対に回避しなければいけないという先入観が徐々に積み重なっていく。そんな中で最後の最後に絶対回避不可能なレーザートラップが提示されれば脳がバグります。人によって絶望して思考放棄してしまうかもしれない。だからといって思考に時間を取られれば、レーザートラップの方から近づいてきてクリアは不可能となる。結局のところこのゲームは最後で全てが決まるんです。大仰な仕掛けで積み上げられた先入観や恐怖を打ち破って、自ら危険に飛び込んでいく勇気を発揮できるか否か。このゲームはきっと、それを試しているんですよ」
「綾取はその決断をしたと」
「大した人ですよ。後続ならまだ対策を練る時間があるが、彼女は初見の限られた時間の中でクリアしてしまうんだから」
そう言うと、士郎はセンサーが切られて安全に通れるようになった廊下を進み、冴子の元へと向かった。
「お疲れ様です。見事な活躍でしたね」
「ギリギリだったけどね。寿命が縮んだわ」
「ちょっとぐらい縮んでも問題ないでしょう。どうせ俺達は長生き出来るような人種じゃない」
「違いないわね。ジャケットが形見にならなくて良かったわ」
床に座り込む冴子に士郎は手を差し伸べて引き起こした。握った手は微かに振るえている。死の恐怖とそれを乗り越えた高揚感とが混ざり合あった、複雑な心境を体が訴えているようだ。それでも軽口を叩く余裕は残っているようで、士郎から渡されたレザージャケットに袖を通して襟を正す。僅かな差とはいえ、今になって思えばレザージャケットを脱いで少しも体を軽くしておいて正解だった。
「他の人は流れ弾に被弾したりしてない?」
「射線から外れておいたので全員無事ですよ。そうでないとプラマイゼロだ」
「その口振りだと、君も仕掛けの真意を理解していたようね」
「最初から違和感満載でしたからね。これだけの資金力と技術力を有した組織なんだし、本物殺人レーザーを用いればよかったのに、あえて二度手間のような仕組みを採用した。ならば、態々センサーと重火器を持ちだした理由があるはずですから」
「だったら最初からそう言ってくれても良かったのに」
「だけど、そうはならなかった。デスゲームなんて結果が全てでしょう」
「褒め言葉として受け取っておくわ。自分の番でも助言は期待しないでね」
「お構いなく。いつだって俺は一人で生き残ってきましたから」
「孤高だね。まあ、デスゲーム狂なんてそれぐらいのメンタルじゃないと務まらないか」
むしろ、変に
実際、冴子は私情をデスゲームに持ち込んでしまった結果落ちぶれてしまった人間だ。反面教師として、士郎にそれを強いることなど出来ない。
「凄かったですね綾取さん! 私まで興奮しちゃいました」
「君のおかげで希望が持てたよ。自分の番が回ってきたら、私も頑張らないといけないね」
士郎に続いて合流した輪花と登呂が、興奮気味に冴子へと駆け寄った。その眼差しには賞賛の色が浮かんでいる。胡鬼子、御手洗と立て続けにファーストペンギンは命を落としていた。全てが酷い初見殺しで、自分達には決してファーストペンギンは務まらないのでは? 見るからに怯えていた輪花はもちろん、表向きは平静を装っていた登呂も内心では不安で一杯だった。
だが、ファーストペンギンでも初見でクリアが可能という前例を冴子が作ったことで、二人にも希望が見えた。一時的かもしれないが、自分でもやれるのではないかという全能感を沸き立つ。冴子がゲームをクリアしたことは、プレイヤーの人数を減らさずに済んだだけではなく、精神面でも周囲に大きな影響を与えていた。
「一人でも多く、このゲームから生還しましょう」
冴子、輪花、登呂の間では確かな結束力が生まれつつあり、互いに手を取り合った。士郎はその輪に加わるつもりはなかったのだが、率先してゲームをクリアしていく姿や、傷心の輪花を気遣う様子は、輪花と登呂の目には純粋な善行として映っていたようだ。まるでファンのように士郎にも握手を求めてきた。
「デスゲームで手を取り合うなんて、どこまでも甘い連中だな」
輪に加わる気になどなれず、兵衛は冷かかな目で登呂と輪花を侮蔑している。一方で冴子と士郎に対してはこれまで以上に警戒心を強めていた。二人は実際に体を張ってゲームをクリアしており、デスゲームの過酷さも理解している。今後壁として立ちはだかる可能性は大いに考えられる。
「別にいいじゃねえか。孤高の道を進むも人と手を取り合うも人の自由だろう」
腕を組んで壁にもたれ掛かっていた龍見が兵衛の苛立ちを拾う。
「デスゲームなんてものは大概がゼロサムだ。最後に生き残るのは一人だけだろう?」
「まあ一理ある。俺も長年この世界に身を置いているが、大概最後は血で血を洗う地獄絵図だな」
淡々とした龍見の態度からは、その真意を読み解くことは難しい。闇に落ちたとはいえ、兵衛だって元警察官だ。警戒すべき人間の気配ぐらいは敏感に感じ取れる。
「あんた、確かデスゲームの仕掛け職人だったよな?」
「今は仕掛けに襲われる側だがね」
ゴールの扉が解放され、他のプレイヤーが次のステージに移動していくのを見て、龍見も話題を切り上げるようにそちらへと向かった。
「龍見景史。龍ね」
そんな安直な真似をするとも思えないが、時には特等席で自分の作品を見届けたいと考える酔狂な人間も存在する。ドラコンを彷彿とさせる名前を持つ者が二人もいる今回もあるいは……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます