第16話 綾取冴子

 綾取冴子は一度熱中すると止まらない。

 高校時代。モチベーションもなく、漠然と陸上を続けてきた冴子が初めて体験型のゲームと出会ったのは、当時付き合っていた三年生の先輩がきっかけだった。彼は進学希望の大学の見学を兼ねて、学祭へと恋人の冴子を誘った。


 様々な露店や催しものを堪能していく中で、冴子が最も興奮を覚えたのは、とあるサークルが企画したリアル脱出ゲーム。その作り込みの凄さに冴子は没入した。先輩が顔を顰めていたあまりにも詳細なデスゲームとしての設定も、冴子はロールプレイとして心から堪能。吊り橋効果にドキドキしている自分もいた。


 次の週には中学一年生の頃から続けてきた陸上部もすっぱりと辞め、空いた時間はこれまでは触れる機会のなかったデスゲームを題材にした様々な作品に触れたり、積極的にリアル脱出ゲームのイベントに参加したり、それらの費用を賄うためのアルバイト等に精を出すようになっていた。昔から何かに熱中したら一直線なタイプであったが、ここまでドップリと沼にはまったのは初めての経験で、それ故に熱量も凄まじかった。


 後に同じ世界に飛び込むことになったあたり、あの日学祭で体験した胡鬼子竜壱が手掛けたゲームに参加したことは、冴子にとっては運命だったに違いない。なお、運命の人だと信じていた、一緒に学祭に遊びにいった先輩とは、彼が大学に進学したのを機に自然消滅してしまった。


 蓋を開けてみれば、冴子にはデスゲームクリエイターとしての恵まれた才能があったのだろう。彼女が学生時代からアイデアノートに書き込んできたゲームはシンプルな仕掛けながらも、参加者の心理状態を巧みにくすぐり、仲たがいを誘発するような仕掛けが満載だった。


 もちろん、本来であればデスゲームの魅力に憑りつかれているだけの一般女性が憧れだけでデスゲーム製作に関われるものではないのだが、強運という意味でも冴子は運命に導かれていた。進学した大学の教授が実はデスゲーム界隈に精通した人物だったり、当時アルバイトしていたカフェの顧客にデスゲーム関係者が多かったりと、日常生活の中で横の繋がりが生まれていく。


 当時活躍していた胡鬼子竜壱が、デスゲーム業界に新たな風を巻き起こし、若い才能を積極的に登用しようという風潮が業界には生まれていた。そこで行われたのが、デスゲームのアイデアを募集するデスゲームコンテストという初の試みであった。


 学校や職場で横の繋がりを得ていた冴子にもその情報が伝わり、コンテストへの挑戦が始まる。冴子の企画書は見事にグランプリを受賞し、実際にデスゲームとして開催されることが決定。原作者として特等席に招待された冴子はそれを心から堪能した。


 人が死んでいく様を目の当たりにするのはこれが初めてのことだったが、恐怖や嫌悪感よりも興奮と達成感の方が大きく上回っていた。冴子もまた、生来の狂気性を持ち合わせていたのだろう。


 ゲーム難易度自体は決してそこまで高くはないのに、参加者同士が疑心暗鬼に陥り、醜い罵り合いを繰り広げた挙句に惨劇が始まる。その模様は究極の人間ドラマを見せられているようで、多くの観客から高評価を得た。この出来事をきっかけに、冴子が女子大生とデスゲームクリエイターの二足の草鞋わらじを履いていくこととなる。


 派手な仕掛けと大胆な描写でエンターテインメントとしてのデスゲームを追及する胡鬼子竜壱と、シンプルなゲームを人間心理で魅せて、ドラマチックな演出をしていく綾取冴子。動と静。そのスタイルは対極にありながらも、二人のデスゲームは業界で高い評価を得て、若手デスゲームクリエイターとして一つの時代を築いていく。


 しかし、そんな時代も決して永遠には続かなかった。最初に躓いたのは先にこの業界で活躍していた胡鬼子。彼は企画のマンネリ化によって徐々に活躍の機会を失っていった。

 冴子の方は潤沢なアイデアの数々に恵まれており、デスゲームクリエイターとしての評価も以前健在。俯瞰した目で見れば先輩である胡鬼子以上に優秀だったのだが、彼女にも思わぬ落とし穴が訪れる。


 デスゲームクリエイターとして興行を観戦している中で、ある一人の参加者の存在を知る。その男性は高校時代に付き合っていた、一緒に学祭に遊びにいった先輩だった。学生時代の出来事だし、最後も自然消滅。そこまで深い愛情を向けていたかは自分でも分からない。だからといって決して嫌いな相手ではなかったし、ましてや死んでほしいだなんて思ったことは一度たりともなかった。


 そんな彼が、デスゲームの中で死んだ。終盤まで生き残った彼は、こんな悪趣味なゲームを企画した人間に対する最大限の呪いの言葉を残して、終盤で散っていった。後に参加者のプロフィールを確認して分かったことだが、彼はデスゲームに巻き込まれて命を落とした友人の手掛かりを求めている内に、自身もまた闇に引きずり込まれてしまったらしい。その友人が命を落としたデスゲームもまた、冴子の企画したものだった。


 最初の頃は参加予定者のデータにも目を通していたが、次第に仕事として作業化が進み、いちいち参加者のデータに目を通すことを止めてしまった。所詮、参加者などゲームの駒なのだからと冷めた態度でいたが、見知った相手、それも元カレの命を間接的に奪ってしまったことで、始めてデスゲームクリエイターとしての冴子に迷いが生じてしまった。


 その影響は深刻で、良心の呵責に囚われだした冴子のデスゲームからはこれまでのような切れ味は失われ、大スランプへと陥る。優秀なクリエイター故に充電期間を与えられたが、それが長引けば流石の運営側も業を煮やす。そしてついに、胡鬼子ともどもデスゲームの参加者にされるところまで評価は落ちた。


 運営側の意図は実にシンプルだ。ここで今まで自分がそうしてきたように駒としてゲームを盛り上げて死ぬか。この鮮烈な体験を通して生まれ変わり、デスゲームクリエイターとして再起するか。

 

 運命の赤い糸は回避不能の網目となって、冴子の襲い掛かろうとしている。

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