第15話 綾取り
『ドラコの玩具箱第三ブロックレーザートラップ。ゲームスタートです!』
スタート地点に立った冴子が合図と共に、レーザーまみれの廊下へと一歩を踏み出した。
このゲームは四十メートル地点を境に様相が大きく変わる。
四十メートル地点までは、約八メートル間隔でレーザーが多数配置されており、向きは固定されていて奇抜な動きは見えない。
四十メートルから先にはレーザーの姿は確認出来ないが、恐らくは到達した瞬間に初見殺しの仕掛けが発動すると思われる。四十メートル地点から一気に難易度が上がると覚悟しておいた方がよいだろう。
「流石に序盤は簡単ね」
最初に待ち受けていたのは、冴子の首の高さを横一線に結ぶレーザー。これは姿勢を低くして潜り抜けるだけで難なくクリア出来た。
次に待ち受けていたレーザーは脛の高さを結んでいたが、これも足を大きく上げて跨ぐことで突破出来た。このぐらいはまだ、誰でもクリア出来る難易度だ。
三カ所目には、二本のレーザーが採用されており、それぞれ首と脛の高さに位置している。前二つの応用編ということのようだ。冴子は頭を下げつつ、時間をかけて慎重に脛のレーザーを跨いだ。
四カ所目は大胆にも、床から五十センチ上に五本ものレーザーが張り巡らされた大胆な形だったが、それ故に攻略方もシンプルだ。冴子は
「朝ごはん食べそこなって良かったかも」
五カ所目に差し掛かり、冴子は思わず苦笑を浮かべる。レーザーが縦に張り巡らされ、通過出来そうなのは左右の壁際に存在する、人一人が横向きに通り抜けられるぐらいのスペースだけだ。細身の女性である冴子なら少し余裕があるが、参加者の中で最も筋肉質で体格の良い兵衛ならばこの隙間は厳しいかもしれない。冴子は壁を背にしながら、つま先も横向きにして、蟹歩きのように慎重にレーザーの横を通り抜けた。これで前半戦は終了だ。
「運営さん。この先は何が起きるのかしら?」
『それは見てからのお楽しみというものですよ。綾取様もよくお分かりでしょう?』
「そうね。今の質問は私が野暮だったわ」
四十メートル地点には、境界を示すような赤いラインが引かれている。デスゲームクリエイターとしての経験上、一歩踏み出した時点で後半の仕掛けが発動するのだろう。この先には二十メートル間隔で同じような赤い線が引かれている。残る障害はあと三つと見て間違いなさそうだ。
「ようやく来たわね。綾取り要素」
覚悟を決めた冴子がラインを越えた瞬間、二十メートル先――六十メートル地点の壁から無数のレーザー装置が出現。それらは四角い廊下を縦横無尽に動き回り、横向きの二つの三角形が頂点で向かい合ったような形状となった。三角形の中にも丁寧に赤いレーザーが通っている。これは綾取りの型の一つである、蝶の羽によく似ていた。赤いレーザは綾取りの紐の役割を果たしているようだ。
「こちらのペースではやらせてくれないのね」
どうして二十メートルも先にレーザーの綾取りが出現したのか。その疑問は直ぐに晴れた。レーザーで編まれた蝶はその形を維持したまま、冴子へとゆっくりと近づいてくる。どうやら射出装置が廊下の側面や床をスライドしているようだ。自分のペースでゆっくりと攻略出来ていたこれまでとは違い、向こうから近づいてくる以上、それは時間制限が存在しているのと同義だ。冷静さを維持しつつ、確実に突破出来る場所を見つけなければガトリング砲の餌食となってしまう。
「狙うならそこ!」
冴子は迫る赤い蝶の下段目掛けてスライディング。レーザーで構成されているのは蝶の羽部分だけなので、接する頂点の真下には、二等辺三角形の隙間が生じていた。そこを狙い、見事に通り抜ける。本物の紐だったら弛みで事故が起きた可能性もあるが、レーザーは一直線なのでその点はある意味信頼出来た。
「やりますね綾取さん。想像以上にアクティブで驚いてますよ」
「こう見えて高校までは陸上部よ。綾取りをする側じゃなくて心底ホッとしている」
六十メートル近く離れているので、士郎は声を張って冴子に声援を送ると、冴子は振り返らずに右手を挙げた。達成感なのか、心なしか声が嬉しそうだ。
呼吸を整えた冴子は六十メートルのラインを踏んだ。すると八十メートル地点で再び赤いレーザーによる綾取りが開始される。今回の綾取りは中心に横長の大きな菱形を作り、四つの辺に三角形が生えたような形状をしている。それをレーザーで象られた長方形が、写真フレームのように取り囲んでいる。これは綾取りの「一段梯子」と呼ばれる形によく似ている。綾取りには他にも「二段梯子」や「三段梯子」と呼ばれる形も存在しているが、段が増えるごとに構造がより複雑となっていき、レーザー部分に触れずに通り抜けることは、恐らく二段梯子でも不可能だ。網目の大きい一段梯子を仕掛けてきたのは、運営側のゲームバランスの調整なのだろう。
「チャンスは一度きり。上等じゃない」
今回突破すべきポイントは明白で、真ん中の大きな菱形の間を通り抜けるしかない。今回は自分のタイミングで行った方が良いと判断し、こちらへと迫ってくる一段梯子目掛けて冴子の方からも駈け出した。走る勢いも利用し跳躍、それと同時に体を丸めて被弾面積を最小限にした。一段梯子の綾取りと交錯した瞬間、冴子は火の輪くぐりのように赤い台形のど真ん中を通り抜ける。運動神経が良いのは本当のようで、通り抜けた直後、転倒せずに低姿勢のまま見事に両足で床へと着地してみせた。
――最後のトラップは、これほどあっさりと越えさせてはくれないでしょうね。
最後で全てがひっくり返るのはデスゲームではよくあることだし、自分だって何度もそういう仕掛けを用意してきた。自分がそれを強いられる立場となり、改めてその残酷さを思い知らされる。デスゲームクリエイターとしてのツケが回ってきたと考えれば因果応報だ。
それ故に、ここで怖気づく権利など自分には無いだろうと冴子は覚悟を決めた。
退路はなく、進む以外に選択肢はない。何が起きようとも、自分を信じて真向から立ち向かうしかない。立ち向かうしか……。
「……流石にこれは無茶じゃない?」
ゴールである百メートル地点で作られた形は、大量のレーザーによって編まれた無数の網目であった。網目の隙間は均一で大きさは僅か十センチ程で、廊下を端から端まで埋め尽くし、さながら排水ネットのようだ。人一人が安全に通過出来るスペースなどどこにも存在しない。確実にセンサーへと引っ掛かりガトリング砲が起動する。状況はあまりにも絶望的だ。
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