第9話 胡鬼子竜壱

 胡鬼子竜壱のゲーム作りの原点は、小学生の頃にまで遡る。もちろん当時は将来自分がデスゲームに関わることになるとは夢にも思っていない。想像と創造に魅入られた少年が、純粋にゲーム作りを楽しんでいただけだ。当時はまだ幼く、現代程一般人がゲーム制作に取り組めるようなツールが充実していたわけでもない。想像の大地は紙の上で、ペンによって新たな世界が創造されていった。


 最初に作ったのは、簡素な双六すごろくのようなゲーム。紙の上にマス目を書き、面に番号が振られた鉛筆を転がすだけの簡素な作りだったが、昼休みにはクラスメイトと共に熱中し、楽しんでもらった時の充実感は今でも忘れられない。当時の視野の狭い担任教師に、「こんなもので遊んでいないで子供らしく外で遊んでこい」と没収された負の記憶と合わせて、今でも強く感情に刻まれている。子供心に自分の生み出した作品にはプライドを持っていた。それを否定されたからこその反骨心が、その後もずっとゲーム作りを続ける理由の一つとなったのかもしれない。


 中学に入ってからは、自作のゲームブックの製作に精を出した。この時代、下火になっていたゲームブックのリバイバルブームが訪れており、かつての名作の数々に触れた胡鬼子はゲームブックという形で再びゲーム制作に取り組んでいく。唯一違ったのは小学生の頃と違い、一緒にプレイを楽しむような友人がいなかったことだろうか。地味で目立たない生徒だったことでいじめっ子に目をつけられ、丹精込めて作り上げたゲームブックを破り捨てられてしまったこともあった。


 高校時代に入ると、パソコンのゲーム制作ツールを使ったゲーム制作に熱中し始める。胡鬼子自身は依然、アナログで楽しむゲームが好みではあったのだが、現実で再現するのが難しい仕掛けや設定を施させるデジタルでの製作は創作意欲を大いに搔き立てた。当時のフリーゲームでは理不尽な難易度や仕掛けを覚えて、ゲームオーバーになりながらクリアを目指していく、俗にいう「死にゲー」が流行していたこともあり、胡鬼子もそういった作風を積極的に取り込んでいった。実際に人が死ぬわけではないが、これが胡鬼子が初めて取り入れたデスゲーム要素といえるだろう。


 大学時代には再びアナログゲームへと没入していき、大学のサークルで小規模なリアル脱出ゲームを企画、製作し、学祭などで発表。アマチュアながらもこれらは高い評価を得て、胡鬼子竜壱の名前は界隈で注目を浴びる。この時の製作したリアル脱出ゲームもデスゲームをモチーフとしており、与えられた課題に失敗したり、時間内にクリア出来なかったプレイヤーは、ゲームの設定上は死亡扱いとなった。実際に人が死ぬわけではないにしても、学祭で取り扱うには不謹慎ではないかという声も一部で上がったが、デスゲームという設定を胡鬼子は決して曲げることはなかった。本心では実際に命に関わるようなゲームを製作してみたいと思っていたが、まさかそんなことが許されるはずもない。だからこそせめて、設定上だけでも血生臭くさを妥協したくなかった。


 サークルでの活動が実を結び、大学卒業前からスカウトの声は後を絶たなかった。リアル脱出ゲームを等を手掛けるイベント会社や、ゲームシナリオの製作など、進路に困らない状況だったが、結局は究極のリアリティを出すことは叶わないと思い、胡鬼子はある意味燃え尽きてきた。いっそのことゲーム制作への情熱を振り捨て、まったく別の業種で活動しようかと思い始めて矢先、運命を変えるオファーが胡鬼子の元へと舞い込んでくる。


『我々と一緒に、本物のデスゲームを作ってみませんか?』


 普通なら関わり合いになろうと思わない、いかにも怪しいメール。だが、刺激を求めていた胡鬼子は二つ返事で快諾した。これがデスゲームクリエイター胡鬼子竜壱誕生の瞬間である。


 研修という名目で様々なデスゲームを運営側として見学したり、裏社会のルールについての基本的な説明こそ受けたが、そこから先は新人デスゲームクリエイターでありながら、企画立案の全てを任せ、可能な限りその要求に応えてくれるという破格の待遇が与えられた。当時のデスゲーム業界は、デスゲームの企画立案を出来る人材が不足しており、ゲーム自体もマンネリ化の傾向があった。そんな環境に新たな風として呼び込まれたのが、当時二十歳の胡鬼子竜壱であった。倫理観はもちろん、規模の大きさから実現が難しい仕掛けなども、運営側が胡鬼子の希望を可能な限り応えてくれた。


 クリエイターとしての憧れの全てを叶えられる環境を得た胡鬼子は自分のこだわりを詰め込んでいく。観客映えを意識した派手な仕掛けを多用しながらも、毎回クリア者が一人か二人出るかという、デスゲームとしては絶妙な難易度設定は見応え十分で、界隈で人気を博した。胡鬼子は見事に運営側の期待に応え、一躍人気のデスゲームクリエイターの仲間入りを果たしたのだ。


 胡鬼子はデスゲームクリエイターの特権として、希望があれば毎回一人、推薦枠としてデスゲーム参加者を指定する権利を持っている。始めて手がけたデスゲームには、小学生の頃に自作した双六を没収し否定してきた当時の担任教師を招いた。双六の要素を取り入れた人間双六とでも呼ぶべきそのデスゲームで、担任教師は早々に死亡した。


 二度目に手掛けた、多くの選択の積み重ねによって運命が決定する、ゲームブック的要素を取り入れたデスゲームには、中学時代に自作のゲームブックを破り捨てた虐めの主犯格を招待した。冷静に情報を読み解けば先読みが出来る難易度に設定していたのだが、直感だけで動いたいじめっ子は、よりにもよって最悪の選択をした末に、硫酸のプールへと落ちていった。


 私情はそこで終わり、以降は特権は使用せず、プロのデスゲームクリエイターとして日々、新たなデスゲームの企画立案に邁進し、気がつけばこの世界に飛び込んでから十年が経過していた。入れ替わりの激しい業界の中で何とか生き残ってきたが、十年目ともなれば流石にアイデアも枯渇してきて、マンネリが始まった感は否めない。今回デスゲームのプレイヤーに選ばれたことはある最後通告なのだろうと胡鬼子は理解していた。敗退すればそれまで、生き残ることが出来たらこの経験を糧に心機一転デスゲームクリエイターとして励めと。


 実際、プレイヤー目線で参加するデスゲーム経験は刺激的だ。生還した暁にはもっと面白いゲームが作れると胡鬼子は確信した。ゲームを作り続けるために、こんなところで死んではいられない。

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