第5話 プレイヤー

『それでは続きまして、皆様にとって最大の関心事であろう、どうしてこのメンバーがドラコの玩具箱へと集められたのかについて、予めご説明しておきましょう。観覧者向けのプロモーションも兼ねていますので、こちらの映像をご覧ください』


 ドラコの合図でラウンジの明かりが消灯。代わりに天上からスポットライトの光が差し込み、ゲームの参加者の一人である、濃紺のジャケットを羽織った端正な顔立ちの男性を照らし出した。同時にモニターの画面がドラコから切り替わる。


『プレイヤーナンバー〇一。登呂とろ石彦いしひこ様。四十九歳。お笑い芸人として芸能界デビュー、俳優としても活躍し、人気バラエティー番組の司会者として一世を風靡ふうびした元人気タレントです。現在はその経験を活かし、数々のデスゲームを盛り上げる名司会者としてご活躍しております。生粋のエンターテイナーであらせられる登呂様には、是非とも今回のゲームを盛り上げて頂きたいものですね』


 画面にはスポットライトを浴びて困惑する登呂の顔と共に、簡易的なプロフィールが流され、それがドラコによって読み上げられている。このデスゲームの根底にあるのは興行こうぎょう。観覧者がより感情移入出来るように、ドラコはプレイヤーの紹介を重要視している。


『プレイヤーナンバー〇二。兵衛ひょうえ弥次郎やじろう様。三十二歳。元警察官で、現在はデスゲームのスタッフとして、違反者に対処する業務に当たって頂いております。そのフィジカルを持って、待ち受ける数々のゲームを力でねじ伏せてもらいたいものですね』


 屈強な肉体にフライトジャケットを羽織った兵衛は、紹介されている最中もいわおのように微動だにしない。二メートル近い長身も相まって存在感は抜群だ。ドラコは違反者への対処というライトな表現を使ったが、デスゲームにおける違反とは逃走や運営側に対する反抗という、死によって償うような問題が大半だ。即ち、兵衛の役割とは違反者に死の制裁を与える処刑人。堂々たる風格もそういった経験に裏打ちされているのだろう。


『プレイヤーナンバー〇三。蘆木あしき輪花りんか様。二十九歳。普段は――蘆木様、顔を隠さないください。これは興行なのですから、プレイヤーの顔が見えなくてはお話になりません』

「ごっ、ごめんなさい!」


 必死に手で顔を隠そうと右往左往をする輪花をドラコが静かに一喝すると、蘆木も観念して今にも泣きだしそうな顔を衆目に晒した。


『蘆木様は普段は大手銀行にお務めですが、その裏でデスゲーム興行の収益の資金洗浄を担当してきた経歴をお持ちです。その大胆不敵な行動がゲーム攻略の鍵となることもあるかもしれませんよ』


 グレーのパンツスーツを着た小柄な蘆木輪花は、直前の怯え様もあって気弱そうな印象が濃いが、ドラコの言う肩書が事実だとすれば、面の皮が厚い人物なのかもしれない。


『プレイヤーナンバー〇四。御手洗みたらい玉栄ぎょくえい様。五十一歳。多くのリゾート事業を手掛ける実業家であり、長年デスゲーム興行の出資者としても貢献頂いておりました。経営者としての眼力をデスゲーム攻略にどう活かしていくのか、どうぞその目でお確かめください』


 三つ揃えのスーツを着た白髪交じりの御手洗は、言葉に出さないまでも気難しい顔でカメラを睨み付けている。肩書だけを見れば最も成功している人間だ。現在置かれている状況に誰よりも不満を抱いているのかもしれない。


『プレイヤーナンバー〇五。龍見たつみ景史かげふみ様。四十四歳。腕の良い仕掛け職人で、長年様々なデスゲームの仕掛けを組み上げてきたお方です。その経験を活かしたデスゲーム攻略に乞うご期待です』


 青いツナギを着たスキンヘッドの龍見は、目を伏せてジッと紹介が終わるのを待っている。動揺は少なく、その経歴からゲームに対して不安よりも自信の方が上回っているのかもしれない。


『プレイヤーナンバー〇六。胡鬼子こぎのこ竜壱りゅういち様。三十歳。学生時代からリアル脱出ゲームの企画でその名を馳せ、現在はデスゲームクリエイターとして主に、大規模な仕掛けを伴うエンターテインメント性の高いデスゲームの立案を担当されております。ゲームに精通したその頭脳を駆使して、見事にゲームクリアを目指していただきたいと思います』

「名前だけでも憶えていってくださいね」


 若手芸人のような口上で胡鬼子は画面の向こうの観客に笑顔を振りまく。普段はデスゲームを企画している側の人間だからこそ順応が早いのかもしれないが、だからといって自分の命が懸かった状況をこんなにもあっさりと飲み込めるかは疑問だ。すでに胡鬼子の中では何らかの戦略が始まっているのかもしれない。


『プレイヤーナンバー〇七。綾取あやとり冴子さえこ様。二十八歳。彼女もまた普段はデスゲームクリエイターとして活躍しており、心理戦に重きを置いたデスゲームを数多く発表されております。その鋭い洞察力は今回のデスゲームでも大いに活かされることでしょう』


 胡鬼子ほど積極的ではないが、冴子も画面の向こうへ会釈するなど観客を意識した態度を取った。そこはやはり、デスゲームクリエイターとしてのさがなのだろう。


『そして最後はプレイヤーナンバー〇八。積木つみき士郎しろう様。普段はごく普通の大学生として生活されている積木様ですが、実はこれまでに数多のデスゲームを勝ち抜いてきたという素晴らしい実績の持ち主です。デスゲーム愛好家の皆様でしたらこの数年で、「ブロック崩し」と呼ばれるデスゲームプレイヤーの名を聞く機会も増えたことでしょう。積木様こそがそのブロック崩しなのです』


 画面の向こうの観客の反応までは伺い知れないが、参加者一同からも大いに注目を浴びた。元から感心を寄せていた冴子や胡鬼子は元より、無関心そうだった他の五人も驚愕の眼差しで士郎本人を注視している。士郎はこの中で唯一の生粋のデスゲームプレイヤー。それだけで大きなアドバンテージだ。


『観客の皆様は前座として、積木様の見事なゲーム攻略を視聴されたはずです。最年少ではございますが、此度のデスゲーム、ドラコの玩具箱を盛り上げてくださる台風の目となることは間違いございません。私一押しのプレイヤーですので乞うご期待ですよ』


 ドラコの贔屓目ひいきめの紹介が終わった直後、サッカー場での士郎の活躍がダイジェスト映像で画面に映し出された。


「積木くんだけ到着が遅かったけど、君はもう一戦交えたばかりだったんだ」

「その口振りだと、綾取さん達はまだ?」

「ええ。目覚めた時にはもうあのラウンジだったから。君は貧乏くじ引いちゃったみたいね」

「怪我も疲労もないし、丁度いい肩慣らしだったと思っておきますよ」

「前向き。歴戦の猛者は違うね」


 前座という名目で士郎は他のプレイヤーと比べて余分に命の危機に晒されたわけだが、そのことに対する憤りは皆無のようだ。想像以上のイカレ具合に冴子は感心するばかりだった。


『皆様もお気づきの通り、今回ドラコの玩具箱に参加していただくプレイヤーは、これまでデスゲームに運営側として関わって来た方々が中心となっております。何も知らずにデスゲーム会場に集められた一般人たちの阿鼻叫喚あびきょうかん一攫千金いっかくせんきんを夢見る金の亡者たちのけなし合い。血で血を洗い、生存という名のパイを取り合うゼロサムゲームの数々。これらはどれも見応えのある素晴らしいものばかりですが、開催を重ねていく間にマンネリ化し、似たような場面の繰り返しとなってしまっていることもまた事実。そこで私が打ち出した新機軸こそが、デスゲームの運営側の人間をプレイヤーとするデスゲームの開催です!』


 派手なSEと共に、竜の意匠があしらわれた「ドラコの玩具箱」のロゴがデカデカと画面上に映し出された。ご丁寧に「draco presents」と添えられている。


『デスゲームの運営側として関わって来た方々のデスゲーム攻略というのは、これまでの一般プレイヤーとはまた異なる、見応えのある興行になると私は確信しております。さあさあ、この中のどなたがこのデスゲームを生き延びるのか。プレイヤーの皆様も観覧者の皆様も、是非この新感覚デスゲーム、ドラコの玩具箱をお楽しみくださいませ』


 ドラコがそう締めくくると、途端に映像はデスゲーム愛好家達が集う各地の闇のパブリックビューイング会場の模様へと切り替わり、仮面で顔を隠した各界のVIPたちが惜しみない拍手を送った。画面の向こうは大いに賑わっているようだ。


『観覧者の皆様へのご説明のため、プレイヤーの皆様は今しばらくこの場でお待ちください』


 そう言って、一度モニターの電源が切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る