第6話 イレギュラー

「マンネリ化打開のためとはいえ、運営側である僕たちが玩具になる日が来るとは、世も末だね」

「さんざん他人の命を玩具にしてきた私達にとっては因果応報でしょう。いつか地獄に落ちるとは思っていたけど、まさかこういう形でとはね。蜘蛛の糸が垂れ下がっているだけまだ温情かな」


 胡鬼子と冴子はブラックジョークを交えつつも状況は冷静に受け止めていた。デスゲーム運営側の人間とはいえ、これを因果応報と捉える程度の良識は持ち合わせているようだ。


「何で私までこんな目に……」

「私だって単なる出資者に過ぎん。司会者や処刑人共と違って命のやり取りに関与などしておらんぞ」


 中には状況を受け入れられずに狼狽えている者もいる。資金洗浄役の輪花と出資者の御手洗は、デスゲーム本編に関わっていない自分達が運営側として参加させられていることに納得いっていないようだった。


「よく言うぜ。出資者から集った資金や、収益のマネーロンダリングが無ければデスゲーム運営は成り立たない。人様を殺す仕掛けや、あんたらの言う処刑人を雇う費用だってそこから出てるんだ。俺から言わせれば、土壌を育ててるあんたらも同じ穴のムジナだと思うがな」

「違いない。当事者意識が無い分、我々よりも悪質かもな」


 御手洗に処刑人と称された兵衛弥次郎が皮肉気に笑い、仕掛け職人の龍見も追随した。二人は他人の命を奪っている自覚が伴っている分、自分達が置かれている状況も受け入れていた。


「私は出資者だぞ。末端の人間が偉そうに」

「今の俺らは皆等しくゲームの駒。偉いのは生き残った奴だけだ。最初に脱落させてやってもいいんだぜ?」

「お、おい……」


 大柄な兵衛に胸ぐらを掴まれ、御手洗は途端に威勢を失った。輪花はその後ろで怯え、龍見は愉快そうに様子を見守っている。


「まあまあ、落ち着いて。ゲーム開始前に衝突しても仕方ないでしょう」


 二人の間に、元タレントで普段はデスゲームの司会者を務める登呂が仲裁に入った。


「我々が等しくゲームの駒なら、ゲーム外で駒が減るのは誰にとっても旨味がない。お互いを利用し合うぐらいの気持ちで、ここは穏便にいきましょうよ」


 周囲の顔色を伺いつつ滞りなく司会進行する術に長けているのだろう。独特の軽妙な語り口もあって、気の立っていた兵衛もすっかり毒気を抜かれたようだった。


「登呂さんの顔に免じておくよ。これでも堅気の頃はあんたの番組のファンだったんだぜ」

「それは嬉しいですね。サインでも書きましょうか?」

「生きて出られたらな」


 御手洗から手を離すと、兵衛は似合わない笑顔を浮かべて登呂の肩に触れた。ファンという部分は決して方便ではないようだ。


「向こうはずいぶんと楽しそうですね」

「確かに。あの模様も中継すればいいのに」


 本気なのか冗談なのか、士郎と胡鬼子も声のトーンが一定なので判断しづらい。


「登呂さんでしたっけ? 元タレントって紹介されてましたけど、有名な方なんですか?」

「積木くんは二十歳だったね。登呂さんがテレビで活躍されていたのは結構前だから、君ら世代なら知らない人もいるか」

「私が高校生の頃だから、十二年前ぐらいかな」


 胡鬼子と冴子は当時十代後半だったので登呂のことを覚えているが、士郎は恐らく八歳ぐらい。よっぽどのテレビっ子でなければ、当時活躍していたタレントのことはあまり覚えていないだろう。


「ピン芸人としてデビューして、俳優、司会者としても人気を博したんだけど、十二年前に薬物絡みのスキャンダルで失脚して芸能界を引退。そのスキルを裏社会に見いだされ、十年ぐらい前からデスゲームの司会業でご活躍中よ。私の企画には方向性が合わないからご一緒したことはないけど、確か胡鬼子さんの企画では何度か登呂さんを使ってたよね」

「登呂さんの司会術は僕の派手な演出と相性が良くて一時期は重宝したよ。最近はあまり名前を聞かなかったけど、まさかこういう形でご一緒することになるとはね」

「運営側の人間がプレイヤーのデスゲーム。ある意味で夢の共演ね」

「よくよく考えたら、俺だけ運営側の人間じゃなくないですか? 別に不満はないですけど」


 あまりにも場に馴染み過ぎていたので気にならなかったが、よくよく考えれば正論だ。お互いの顔を見合わせた胡鬼子と冴子は思わず苦笑した。


「確かに、積木君はあくまでも生粋のプレイヤーだものね。一人だけ明らかにイレギュラー」

「普段デスゲームを企画しているクリエイター目線で言うなら、積木くんはこのデスゲームを成立させるための保険なのかもしれないな」

「それは私も思った。これは興行だものね」

「どういう意味ですか?」

「ドラコの言うように、運営側の人間をプレイヤーとしたデスゲームは確かに新機軸だが、必ずしも興行として見応えがあるとは限らないだろう。運営側の人間とはいえ、例えば御手洗さんが一般参加者と比べて強者つわものに見えるかい?」

「見えませんね」


 話題が話題だけにお互いに小声だったのだが、何かを感じ取ったのか御手洗がこっちを向いた。


「今何か言ったかね?」

「いえいえ何も」

「ならいいが」


 美人の冴子が笑顔で否定すると、照れくさそうな顔をして御手洗はそれ以上追及してこなかった。


「今のでさらに期待値が下がりましたね」

「辛辣だね。だがその通りだ。御手洗さんに限らず、僕らプレイヤーも所詮は只の人間だ。生死は常に紙一重。ドラコの理想通りとはいかず、早々にゲームオーバーとなってしまうかもしれない」

「だけどこれは興行だから、観客の期待にも応えなくてはいけない。そこでドラコは、デスゲーム慣れしている積木くんを投入した。君ならそう簡単にゲームオーバーにはならないだろうから、ある程度は場が持つと踏んでいるのよ」

「人気者は辛いですね。悪い気はしないけど」


 大して事態を深刻に受け止めていないようで、士郎は満更でもなさそうに頬を掻く。デスゲームのスリルを堪能できるのなら、連れてこられた理由は正直どうでもよかった。


『大変お持たせいたしました。ゲームの準備が整いましたので、これより皆様を第一ブロックへとご案内いたします。扉の奥へとお進みください』


 観覧者向けの説明を終えたドラコがモニターへと帰ってきた。ラウンジ正面奥の重厚な扉が自動で開閉し、進むべき道を開示する。奥に広がる闇はプレイヤー達の命を飲み込む奈落なのか、それとも生存の道へと続く産道なのか。全てはプレイヤーの判断一つで変わる。

 真の恐怖はこれから始まる。言い知れぬ緊張感が場を支配、ほとんどの者が進むことに二の足を踏んだが、ここれでも最初に行動したのは士郎だった。


「早く行きましょうよ」


 未知との遭遇に思いを馳せる様に、士郎の表情は晴れやかだった。命懸けのデスゲームではなく、週末にリアル脱出ゲームをエンジョイするかのようだ。士郎にとってはこの状況さえも、日常の延長線上でしかない。

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