花火大会の夜

神原

第1話

 どぉん。見上げる僕の心臓をどでかい音が揺さぶる。夜空に咲いた大輪の花が、目を瞬く事さえ惜しいと思わせる。見上げる僕の心をいつだって掴んで離さない。たったの二時間の競演だ。だと言うのに。なぜか今日は気がそがれていた。


 やっぱりあの子を誘うんだった。勇気を出して告白して。いやここで告白してもいいし。ぐちゃぐちゃと後悔が湧いてくる。


 ぱらぱらと花火の破片が降り注ぐ。生暖かい河川敷で最前列に新聞紙を敷いていた。一番いい席であるここを陣取ったただ一つの欠点だ。目に入った微かな痛みが現実へと引き戻す。余計な事は考えないで今は花火を見よう。目を擦って流れた涙が瞳のごみを押し流す。


 一つ目の花火が終わり、別の会社の提供で再び始まる前にアナウンスが読み上げられた。ふと何か買おうかと後ろを眺める。


 ドクンっ!


 少しだけ心臓が跳ね上がった。浴衣を着てビニールシートに腰かけた同級生の女の子、そう彼女を見つけてしまったのだ。つい見惚れてしまった。気づかれない様に前を向く。こうする事しか出来ない自分がもどかしい。しかし既に遅かったらしい。少しして、後ろから肩を叩かれてしまった。


「ぐうぜんね。横いい?」


 そう言うと僕の新聞紙に被せる様にビニールシートを敷いて。こちらの言葉を待つことなく横を陣取ってしまう。嬉しい。素直な気持ちが頭を占める。


 艶やかなと言う表現が似あう彼女が横にいる。花火を見たいと言う欲求より彼女を見たいと言う願望が勝る。花火を見て微笑んでいるだろう彼女を。


 ずいぶん前から彼女を一緒に誘いたかった。この花火大会へ。でも、彼女の前に立つとどうしても言えなかった。前から楽しみにしていたから、一人でもと足を運んでいた。


 自分の頬が熱くなっているのが分かる。彼女にバレていないかが気にかかる。それくらい浴衣は彼女に似合っていた。


 花火が彼女の顔を照らす。なにげない振りをして伺った彼女は頭上で繰り広げられている閃光の乱舞を一心不乱に見つめていた。心臓や腹がどぉん、どぉんと言う音に揺すられる。同時に心臓がどこどこどこどこと主張を始めた。


「飲み物買ってくる」


 思わず立ち上がってそう告げた。彼女は嬉しそうに、

「私ドクターペッパー」

 と売っているかどうか分からない注文をしてくれた。(あるかっ)と笑いながら突っ込む処だった。相手が彼女だと再認識して更に体温が上がる。





 あった……。なかったら別な物を買おうと思ったが、意外にもここだけ置いてあった。これ、あるのか。いつも二時間くらいは飲まず食わずで見続けていたから知らなかった。二本買って彼女の元へと。


「はい」


 ジュースを手渡す。ちょっと驚いた顔をして、

「あったんだ、これ」

 と言われてしまった。


「困らせてみたかったんだよね」


 笑いながら彼女がタブを開ける。僕も座ってタブを開けると一口飲み込んだ。ちょっとだけからかわれた様で腹が立たない訳ではないが、彼女だから許せた。


 口の中に薬品の様な甘さが広がった。炭酸が口の中にはじける。


「どお? 美味しいでしょう?」


 得意げな顔で彼女がそう言うのを眺めていた。こくりと頷いて、花火を見上げる。体を揺さぶる音に身を委ねながら、花火を見ながら彼女にぽろりと聞いてしまった。


「好きな人とかいる?」


 しばらく無言で彼女も花火を見続けた。


 なんとなく再び顔を合わせる事が出来なくて。もう一口ジュースを口に流し込む。





 花火も佳境になり。大スターマインが打ちあがる。ドドドドドと鳴り響き魂を揺さぶられた様な気持ちになった。仕掛け花火、ナイアガラが白く流れている。


「…………」


 何か言ったのだろうか? 轟音で聞こえなかった。「なに?」と返すと、

「行きたい大学があるの」

 そう彼女は寂しそうに口をつぐんだ。そして続ける。


「だから今恋愛とか考えられない」


 その目は凛として決して譲れないと言っている様だ。


「そっか」


 とだけ言って、残ったドクターペッパーを一気に飲み干した。薬品めいた味が僕の心を癒してくれる。この飲み物を覚えておこう。彼女とこうして過ごした証として。





 打ち上げ花火の様にはかなく消えた恋を僕は何時までも忘れない。五年経った今でも。


 新しい恋人が出来た時、それがどうなるか、ちょっと怖い気もしていた。








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花火大会の夜 神原 @kannbara

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