第14話 小学生の頃は放送部大人気だったなぁ。


あれから何時間も歩いては休憩を繰り返し、シズクの森も終盤に近づいた頃には既に夕方になってしまっていた。


「もうすぐで目的地のシズク村だよ。最初無駄に走ったお陰で今夜中に到着出来るみたいだから、着いたらギルドで休もう。」

「流石に長年運動とはかけ離れた生活を送ってきた人間に長距離移動は辛いからな、その意見には大いに賛成だ。」


あとは真っ直ぐ道なりに歩けばシズク村。

さっきのように敵に襲われない限りは順調に進んでいるだろう。

と、いう所でカイの足が止まった。


「……どうしたの。」

「いや、この辺りに来てからモンスターどころか鳥の鳴き声すら聞こえなくなったなと思ってな。」

「……確かに。村の兵士が巡回してるにしてもエンカウントが無さ過ぎる。」


別にここがモンスターの住み難い環境というわけではない。

それなのにこんなにも少ないということは、モンスターが生まれ、何者かに倒されるという事を短い時間の間に繰り返されるという事と同意だ。

そうでなければ、こんなにも『一定の場所にモンスターが居ない』という理由の示しがつかない。


だが、それは可能なのか?


いいや、現実としてそれが起こっているのだから可能なのだろう。

しかしどうやって?

どれだけ膨大な魔力を持った魔術師が何人と束となって一掃しても、魔力切れの問題が先に出てくるのは確定だ。

魔力を使わない格闘家や剣士、戦士や勇者だって、ここで何時間戦闘を続ければ達成できると言うのだろうか。

もしやこの先には思いもよらない強者がいるのだろうか。

カイのような特殊能力の加護持ちなのだろうか。

それとも全体攻撃ができ、尚且つ魔力も体力も多い人間……いや、もしかしたら人間ではないのかもしれない。

……何であっても危険だ。


「ゲルダ。俺は別に怖いわけじゃ無いが、これから向かう村以外のギルドに行くという意見を提示する。」

「そのこれから向かう村以外に近くにギルドは無いよ。アンタは森の中で野宿でもしたいわけ?あと、足震えてるから。」


何でこんな危険な目に遭わなくちゃならんのだとばかりに震えている足を真横にどうするかと考えていると、村の方向から『ピンポンパンポーン』と放送のようなものが流れてきた。

時間はきっかり夕方の6時。公園に流れてくるような時間を知らせる放送かと思ったが……聞こえてきたどこか楽しそうに笑う男の声が、それだけではないぞとばかりにこう言葉を放った。


『お知らせしま〜す!うんとねぇ〜、あ、そうだねぇ!6時になったねぇ!

今から村の周りに毒ガスを散布するから、一応みんなはマスクをしてねぇ〜!あ、もしそれでも毒に掛かっちゃったらねぇ〜、えっとねぇ〜?

……忘れちゃったねぇ〜!まぁ、いいや!適当に身を守ってねぇ〜!』


ブツリと荒く切られた放送。

次に流れてきたのは放送ではなく、真っ青な煙のような……そう、毒ガスだ。


「なるほど、ここらのモンスターが居ないのは毒ガスで死んだかこれの存在を知って逃げてるからって事か。」

「そんな呑気に分析なんてしてる場合じゃないでしょ!?ちゃんと身を守らないと!」

「ハンカチなら持ってるぞ。」

「そんなので防げるわけ無いでしょ馬鹿!」

「ならティッシュか?」

「遠足じゃないんだよ!」


ゲルダは魔道書を開くと、右の手の平を空に掲げた。

すると空中に雲のようなものがドーナツ状に浮かび、人2人が入れそうな程の大きさへと膨らんだ。


「雲の内側に入って!早く!」


カイの手を引いて入ると、雲からダムの口が開いたかのように雨が降り始めた。

ガスの入る隙もないその水の勢いに、ガスは方向を変えて背後へと流れていく。


「こんなこともできるんだな。水のバリアってところか。」

「僕は水魔法の使い手だから水関係なら大体はできるよ。ただこの魔法……上ががら空きなんだよね。」


ドーナツの穴に子供が指を入れるように毒ガスが頭上の穴から迫ってくる。

どのくらいの威力があるのかはまるで分らない未知の毒だ。少量だから死なないかもしれないし、死ぬかもしれない。


「使えない魔法だな。」

「少しで済むんだから文句言わないでよ。」

「ああ確かに少しだな。これ位なら俺でも対処できる。」


カイは左手を真上にかざすと、それを一気に引き寄せた。

ガスはみるみる内に凝縮され、最後には一つの丸い塊のようなものにまで小さくなってしまった。


「……アンタ、こんなことまでできたんだ。」

「引き寄せたものを更に引き寄せるという過程を繰り返せば煙だろうがモンスターだろうがビー玉サイズ位にできるぞ。」

「何そのえぐい話。」

「まぁ本当にモンスターで試した事はないがな。粗大ごみ捨てる時に代金払いたくなくてタンスでダメ元でやってみたらなんかできた。」


とりあえずそのままというわけにもいかないので、カバンの中に入っていた空き瓶に圧縮したガスを入れ、ぎゅっと強く締める。ひとまず瓶が割れない限りは安全だろう。

他のガスは風に乗って遠くへと過ぎ去ったのか、バリアを解いても体は何ともない。至って普通だ。


「あのガス、遠くに飛ばす用で作られてるみたいだね。その場に留まらない作りだから、村に影響はないのかも。」


もし森の途中でモンスターに襲われずに呑気に歩いていたら、放送も聞こえず突如現れた煙にぶつかってしまっていたかもしれないという浮かんだ想像にゾッとする。


「初っ端から走らされて幸先悪いって思ってたけど、ある意味運がよかったみたいだね。」

「運か。それなら暫くは見放されるだろうな。なんせ俺は運がすこぶる悪い。」

「だろうね。」


目的の村はもう目前だ。

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