第15話 初代サトシみたいな森の攻略しちゃったわ


「いろいろあったけどようやく着いたね。ここが目的地、多くの剣士が集まると言われている『シズク村』だよ。」


時は夕暮れ。

夜に向けてせかせかと沈む夕日と引いていく人間を一通り眺める。

海が近くて様々な形の建物が並ぶところを見るに、どうやら貿易を主に行っている村なのだろう。ますますインクがありそうである。

しかしあんな放送があった後とは思えないほど、村の人間はひどく落ち着いているように見えた。

まるで放送なんて流れなかったかのように。


「もしかして毒ガスが散布されることも、それが村に侵入しない事も分かり切っているのか?」


カイのその発言にイエスでもノーでもない返事で返すと、ゲルダは黄色い屋根がトレードマークであるギルドの中へと足を進めた。カイも疑問をそれ以上広げることもなくゲルダに続いて中へと足を踏み入れた。

……ギルドの中はまるで酒場かというように酒の臭いと笑い声で溢れ返っていた。

初めてそこの光景を目の当たりにしたカイは目をぱちくりとさせて唖然としていたが、ゲルダは慣れているようでギルドマスターであろう男にコインを渡し、さっさと二人分の宿を取ってくれた。これではどちらが大人か分からない。


「何キョロキョロしてんのさ。」

「いや、いつもギルドの中ってやつはこんななのか?こう……酒が跳ねたり瓶が割れたり叫び声やら笑い声やら何やら。」

「騒がしいのはどこのギルドも同じだけど、ここはまだ大人しい方だよ。酷い所は本当に酷いから。」


空いていたテーブルの側に適当な椅子を引き、座る。ゲルダはこれもまた慣れた様子で二人分のご飯を注文した。

料理が来るのをゆっくり待っていたところで、視線の先からバキリと何かが折れる音が鳴った。

そこには一人の巨漢と恰好からして剣士であろう男。

巨漢は大きく盛り上がった筋肉を見せつけるかのようにごつごつとした拳を上に掲げ、指を開いた。

そこからポロポロと零れ落ちてきたのは銀色の欠片……元、剣士の愛用の剣だ。

どうやらあの巨漢は剣士の命ともいえる剣を指で、しかも人差し指と親指だけで砕いて見せたらしい。

剣を折られた剣士はその力の恐ろしさに椅子から転げ落ちる。

そんな彼に追い打ちをかけるかのように、巨漢は野太く汚らしい笑い声をあげた。


「こんな弱っちい剣と度胸じゃ、ここ最近名の上がっているあの『道場の支配者』にゃ敵いやしねぇよ!勝てるのは強くて頑丈で、加えて最強でかっこいいこの俺様だけさ!」


彼から放たれる絶対的自信を含んだ重圧に耐えきれなかったのか、剣士は砕けた剣を置いて逃げてしまった。

……そんな騒ぎもすぐにまた別の騒ぎにかき消されてしまったのだから驚きだ。

騒ぎの痕跡は床に放置されている武器の役割を奪われた剣のみ。それすらも誰も触れようとしない。

まぁ、それをただ眺めていたカイとゲルダも同じなのだが。


「ああいった争いも普通だよ。」

「妙に慣れん。」

「旅を続ければ嫌でも慣れるよ。アンタには関係ないだろうけどさ。そんなことよりさっきの男が言ってた『道場の支配者』ってやつ、少し気になるね。」

「そうだな。」


カイはお待たせしました~という言葉と共に運ばれてきた料理をギルドで働く娘の手首ごと受け取った。


「あ、あの、お客様?」

「『道場の支配者』とやらの話が聞きたい。時間はあるか?いいや、あるだろうよ。辺りを観察するに俺達が最後のチェックイン。更には皆飯も酒も煽るだけ煽って後は寝るだけ状態。だが片付けをするにはいささか早い時間とみた。」


ギルド娘は突然手首を掴まれたこととカイのまくし立てるような発言。そして道場の支配者というワードにポカンとした表情を見せたが、すぐにおおらかに、そしてどこかこちらを小馬鹿にするように笑った。


「道場の支配者って、もしかして飯田雪いいだゆき君のことかしら?あの人、旅人たちからはそう呼ばれてるのね。」

「イイダユキ……変わった名前だな。」

「東の島独特の名前だね。」

「そうよ、彼も私も東の島出身なの。あ、私は深海七海しんかいななみね。」


ギルド娘の七海は持っていた皿をテーブルに並べると、カイとゲルダの間に座った。

そして皿に盛られていた手羽先の照り焼きをひとつ取って口にすると思い出を語るかのように様々な話をしてくれた。


「ここは様々な剣士が生まれる村って呼ばれているわ。現にいろんな国や島、町や村から見込みのありそうな人間が集められて、その中のほとんどの人が剣士として旅立っていった。私のパパもその中の一人だったわ。でも今はあの道場には誰もいないの。そう、彼以外はね。そうなってしまったのはだいぶ前の事なんだけど__」

「話してくれ。」

「いいわよ?」


すっかり肉をはがされて骨だけになってしまったものを皿の隅に置き新しく手羽先をつまんだが、誰もそれを止めなかった。

彼女の話は二人にとっては興味しかなかった。


「彼がここに来たのはもう15年も前になるのかしら……彼は父親とここに来たはずなのに、父親だけ東の島に帰っていったわ。捨てられたに近かった。なのに彼は父親がまたすぐにこちらに戻ってくると信じて剣の修行もせずに勉強ばかりしてたの。『将来はパパみたいな医者になるんだ』って。歳も私とそんなに変わらないから、子供ながらに応援してたんだけど……いつだったかしら、道場に連れてこられたのに全く剣の修行をしようとしない彼を良く思っていなかった当時の師範が無理矢理彼に剣を握らせたの。」

「ふーん……で?どうなったのさ。」


ゲルダが続きを催促すると、彼女は本日二つ目となる鶏の骨でコンコンと皿を叩いた。

三個目の催促のつもりらしい。

その図々しさに呆れてため息をつき、『好きなだけ食べなよ』と言ってやれば得したとばかりに三個目に噛りついた。

そして我ながら上出来だわという独り言と共に昔話を続けた。

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