第11話 薬味はネギが1番好き。
忙しい一日を終え、ひとまずハーレー王国の宿で一泊をした次の日。
とても小さく平和な村で、カイ・クラウスが一人の老人に一言言葉を放った。
「この村を出る。」
引きこもってばかりで、村の中での買い物ですら人任せにしてくるような彼の口からまさかそんな言葉が飛び出すとは誰も思うまい。
老人はいやいやまさかと首を振った。
「はて、どうやらワシはまた耳が悪くなってしまったようじゃ。すまんがもう一度言ってくれんかのう?」
「村を出る。」
「……すまんのう、もう一度頼めるかのう?」
「俺はこの村を出るぞ。」
「…………どうやらワシの耳は風前の灯火らしい。もう一度だけでいいから繰り返してくれんか?」
「くそジジイ。」
「なんじゃと!?誰がくそジジイじゃ!!」
「なんだ正常じゃないか。」
そんな言い合いを交わしているこの相手はカイの家の隣に住む老人、ネギだ。
小さい頃から何かとお世話になっており、先ほどもカイの家に大量の兵士が押し掛けた際、住居侵入だと言ってボコボコにしてくれたらしい。
パッと見ただの老人だが、さすがは元戦士は伊達ではないという事か。
「ワシが聞きたいのはなぜ急に旅に出るなどと言ってきたのかという事じゃ!勇者を放棄した事は5年前には一旦許したが、勇者の剣も無しに旅に出るなぞ許さんぞ!」
「それなら10年も前に爺さんが短剣にして売りさばいてくれただろう。さぞ高値で売れただろうな、元勇者の剣は。」
「ほ、ほあぁ!?ありゃ確かに上物じゃなとは思っとったが、勇者の剣じゃったのか!?お主はなんて事を……!この罰当たりめ!」
「短剣にして売った爺さんも同罪だ。山分けして手に入れた金はお高めの酒に変わったみたいだしな。」
「ぐぬぬ……じゃがあれはお主が手に入れたと言ったから、てっきりアイテムとして拾ったか買ったのかと思ってそうしたのであってじゃな……!」
「俺はあの時手に入れたといったな、それは認めよう。だが俺は手に入れたと言っただけで拾ったとも買ったとも言ってない。まぁ、貰ったとも言っていないんだがな。」
「こんのクソガキャァ!屁理屈ばかり並べおってからに!」
「俺は嫌いな奴といじってて面白い奴にしか冗談は言わんよ。」
「ワシはそのどっちかじゃと言いたいのか!?」
「安心しろ、爺さんは前者だ。」
「それのどこに安心できる要素があると言うんじゃ!」
ギャーギャーと叫びながらもカイは荷造りする手をやめない。
それを見て本気で旅に出ようとしているのだと理解したネギは、杖を握る手を緩めた。
そして懐かしいものを見る目でカイの姿を捉える。
背もだいぶ伸びたし声も低くなったが、ネギにはまだ小さい頃のカイの姿と重なった。
大人からすれば、世話した子供は何年経とうが子供のままなのだ。
「カイ……お主が旅に出たいと思う気持ちも理由も分かる。大方、父さんと母さんの背を追いかけたくなったのじゃろう。
じゃがお主は10年も前に勇者となって立ち上がることを放棄した。勇敢さを片手に走った父さんを思い出してしまうからかもしれんから仕方がない。
10年経ってしまった今なら心の傷もだいぶ癒えたじゃろう。『父さんと母さんが死んだ』という知らせも嘘と思えるじゃろう。
……だからこそじゃ。だからこそ、ワシはお主に二人と同じ道を歩んで欲しくないのじゃ。」
おいおいと涙ぐみながら話し、ちらりとカイの姿を盗み見る。
カイはすっかり支度が終わったのか、カバンに鍵をかけていた。
「おいカイ!ワシの話を聞いておったのか!?」
「何だって?散々世話してやったんだから老人の老後の世話をする為にこの村に居残れって?」
「旅に反対する本当の理由は確かにそれじゃが、今ワシはその話をしておらん!」
「爺さんが何を勘違いしてるのかは知らんが、俺はインクを買い溜めする為にちと遠出するだけだ。買ったら村に戻る。」
「そ……そういう事は早く言わんか!危うく孤独死をさせられると思って寿命が5年ほど縮む所じゃったろうが!」
「安心しろ、爺さん程図太けりゃ5年くらい寿命が縮まったとしてもそう簡単にゃ死なんよ。」
旅には役に立つが探索や探検には向かない荷物が詰まったカバンを持ち、カイはさっさと家を出てヒナタ村の外に足を入れた。
振り返りもせずに行ってしまうものだと思ったが、意外にもカイは一度ネギの側に戻り、杖をついていない方の手を取り、両手で包んだ。
ペンダコだらけの成人男性の手だ。
「爺さん。俺は前からずっと言い損ねていた事があったんだ。本当は10年……いや、父さんと母さんが死んだって知らせが届いた13年前に言っておくべきだったんだろうが。」
「……何じゃ。申してみよ。」
「爺さん。」
カイはまるで子供の様に無邪気な笑みを零すと、ハッキリと、老人でも聞こえるような声で言った。
「13年前、父さんと母さんが死んだのは魔王との激戦故じゃない。二人を殺したのは魔王なんかじゃなく__この俺だ。」
その言葉を意味を整理出来ず、何を言われたのか理解出来ぬまま棒立ちしているネギの手を離すと、カイは今度こそ振り返らずに歩いて行った。
その姿は魔王を倒すと意気込んでいた父と母とは似ても似つかないものだった。
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