第9話 これ勇者みんなやらされてるのかな。
長い廊下をただ歩くだけの間、カイは『ここにインクはあるのか』についての話を持ち掛け続けたが、有頂天になってしまっているオーバがまともに聞いているはずはなく……遂にインクの話は進展せぬまま豪華な扉の前に到着してしまった。
5メートルの高さはありそうなほど高くて重そうな門が兵士によって開かれる。
すると目の前に王座へと一直線に伸びる、シミやシワ一つ無いレッドカーペットが現れた。
勿論王座ではこの国の王が勇者の誕生を待ち構えている。
オーバはカイとゲルダを王の近くまで引っ張ると、すぐさま従者の定位置である王の斜め後ろに控えた。
王の前に立たされる主人公……よくあるRPGの始まりのような場面だ。
「おお、おお、カイ・クラウスよ……よくぞここまで……。」
「いや、すぐ近くの村から買い物で来たんだが。」
「黙りなさいカイ・クラウス!今はまだ王が話している最中ですよ!」
「……お、お主こそ、この世界に平和をもたらす者と信じておるぞ。」
「そんなこと言ってくれるな。責任感とプレッシャーとで胃潰瘍になる。しかもそのセリフはここに来る奴等全員にかけているんだろう?それなのに誰一人としてそれができないでいるのならお前に見る目が無かったってことだな。それともあれか?お前の言葉は言ったら叶わぬ呪いか何かなのか?」
「失礼ですよカイ・クラウス!」
「ねぇ、とりあえず黙って聞いてやったら?その方が早く終わるでしょ。」
「なるほど、それもそうだな。そうするとしよう。」
ゲルダの言葉でようやく口を閉じたカイを見て一つせき込むと、オーバは再びありがたい言葉を述べていただけるよう王に目配せした。
それに王は頷くと、立派な髭を流れに沿ってなでながらお決まりであるキメ台詞を放った。
「カイ・クラウスよ!そなたは“勇者”に選ばれた!与えられし神聖な勇者の剣を手に鍛錬に励み、信頼できる仲間と共に魔王を倒し、この世界に平和をもたらすのだ!」
勇者に選ばれた__王の言葉に目を見開いてカイを凝視するゲルダとは裏腹に、カイ本人はどうでもよさそうに大きなあくびをした。
その目の前ではオーバは10年経ってようやく成し遂げられた勇者の見送りに感動してかほろりと涙を流し、王はようやく目立つ事ができたなぁと安堵の表情を浮かべている。
どこかカオスな現状だが、それにツッコミを入れる者はいない。
それどころか彼が勇者かとその姿を拝めるだけだった兵士も官僚の人間もわっと歓喜の声を挙げるばかりだ。
「うう……もう少し干渉に耽りたいところではありますが、そうしてばかりはいられませんよね……では早速、勇者様が生まれた証である『勇者の儀』を行いましょう!さぁ、勇者カイ・クラウス殿。10年前に贈った勇者の剣を天に掲げてください!」
「は?剣なんて持ってないぞ。」
彼の言葉に、一瞬でその場が静まり返った。
勇者の証の一つである貴重な剣を持っていない?何故?
「ま、まさか失くしてしまったとかですか?それとも家に忘れてきてしまったとかですか?もし忘れてしまっただけなのならばヒナタ村に人間を手配しますが__」
「いや、売った。」
「売った!?」
「確かカードが送られてきた後に追加で渡されて、あまりの重さに諦めて手を放してしまってな。二階の窓から真っ逆さま。
折れて短くなってしまったそれを隣の家の爺さんに渡したら短剣になって返ってきたんだが……まぁ俺が短剣どころか剣すらまともに使えるわけがないからな。爺さんに頼んで悪くない額で売ってもらって山分けしたさ。俺が使える刃物と言ったら紙切るためのカッターナイフとかで十分だからな。」
嫌なざわめきを起こす城内。
驚いた様子の王に、今にも気絶してしまいそうなオーバ。
それだけ彼の行為はありえないことだった。
なんせ、贈られてきたプレゼントを重いからという理由で早々に手から離して壊した上に、それを改造し、売りに出し、そのお金を売った者と分けたというのだから。
それも10年も前に__
「ねぇ、アンタ……。」
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