第6話 生きるのが難しそう。


村と街の違いは数えれば何十とあるが、主にこの三つだと考えている。

人が多い、建物が多い、そして何よりも騒がしい。

よく言えば活気があると言えばいいのだろうそれは、村と比べてしまえば何倍何十倍……いや、比べる事すら不毛だ。

建物の数に関しては店の量も種類も比じゃない。まるで張り合うかのように存在する所為か何でも屋のようなものも数多い。

そして人だ。人の量。行き交う者皆見知らぬ他人。こんなこと、人口の少ないヒナタ村ではありえないことだ。


「さて、ここで問題だ。こんな街の中に村生まれ村育ちの引きこもり人間であるこの俺が足を踏み入れると起こりうることがある。それが何かわかるか?」

「答える義理は無いよ。」

「正解は人酔いだ。嗚呼、最悪だ!なぜこんなにも人がいるんだ!村の人間に挨拶をするのも正直億劫だというのに、何が楽しくて他人の頭を拝めにゃならんのだ!」

「じゃあなんで来たのさ……。」

「インクを買う為だ。さっさと済ませてさっさと帰るぞ。」

「はいはい。」


とりあえず近くにあった文具屋に足を運んだが、時代の進歩なのかその店の品揃えが悪いのかはわからないがインクがあまり置かれていない。

置かれているのは安物で大量生産されているインクがあらかじめペンの中に入れられているものばかりだ。


「なあ、おっさん。瓶入りのインクは売ってないのか?特に滲みが少なくて劣化がし難い暗黒ブランドのインク瓶が望ましいんだが。」

「インクだけねぇ……そんなの最近使ってる人いないからここ何年も取り寄せてないよ。今の時代は低価格で浸ける手間のいらない、場所も取らない、ひっくり返してしまう危険もない、持ち運びもできるボールペンってやつが一番って言われてるしなぁ。」

「まぁ確かに簡単にメモする分にはこれでも構わないんだが、執筆するにはあの手間と緊張感が惜しいところでな。ここに無いなら、売ってそうな店を知らないか?」

「さあねぇ、わからんよ。ホラ、買わないなら帰った帰った。」


店に入っても見つからず、仕方なく諦めてを繰り返す。

遂には当てになりそうな店を全て回り終わってしまった。


「おかしいな。俺が前にこの街に来た時にはちゃんと売られてたはずなんだが……。」

「前って……一体いつの話なのさ。」

「10年……いや、15年くらい前だ。父親に連れてきてもらったのが最後だからな。」

「アンタ15年近く村から出なかったわけ……?」

「そうだな。食料や紙なんかの簡単なものは村でも買えるし、昔味わった人酔いを二度と食らいたくなくて引きこもったと言ってもいい。」


ふと、昔の記憶が蘇る。

もうハッキリとしない亡き父の顔。何が欲しいかと聞いてくる低い声。

人酔いがきつくてさっさと帰りたかった昔の自分が指さしたのはあっても困らなにだろうという気持ちで選んだ暗黒ブランドのインクだった。

その時父はぼやぼやと何かを言いながら、買ったインクをカイに手渡した。


……何故か店に置かれていた分全て。大きな瓶のものを何十個も。


「あぁ、そうかそうか。俺が村から出ないでいられたのは出る理由が無かったからか。逆によく15年も保ったものだな、俺のインクの保存方法がよかったと見た。誇りに思ってもいいな。」

「急にどうしたのさ。」

「いや、こっちの話だ。しかしこれからどうするか……今更すごすごと帰るのも何か別のもので妥協するのもいい気分がしない。」

「インク……インクを使うところ__あ、もしかしたら官僚の人間なら持ってるんじゃない?」

「官僚って、王城で働いてるやつの事か?」

「ホラ、アンタにも届いたと思うけど、役職を知らせるカードが届くでしょ?そのカード、文字の止と曲げの部分が所々滲んでたんだよ。だから多分出るインクの量が一定じゃないからだと思うんだ。」

「ならば付けインクを使っている可能性は限りなく高いな。でかしたぞゲルダ。そうと決まればさっさと王城へと向かうぞ。」

「僕がカード貰ったの3年前だから確実とは言えないけど。」

「それならまた別のところに遠出してでも探せばいいだけの話だ。」


先ほどの疲れはどこへやら……カイは飛び跳ねるように立ち上がり、街の中心の建物__王城へと足先を変える。

それに本日何度目にもなるため息をつくと、ゲルダはカイの隣に並んだ。


「毎年送られてくるもんだから逆に盲点だった。ようやく官僚という役職に魅力を感じることができたな。」

「毎年?役職放棄してもカードって届くんだね。初めて知ったよ。」

「案外暇なんだろ。話によれば官僚のほとんどは元々何かしらの役職で旅をして戻ってきた奴らの集まりらしいからな。暫く旅をして、魔王を倒す算段が立たなくなれば潔く諦めて安定した職に就き後世に繋ぐ……いいご身分なことだな。俺には散々くだらん役職を背負わせようとしてる癖に。」

「ふーん。」


彼がくだらないと言うのだから本当にしょうもない役職に選ばれてしまったのだろう、せっかく特殊能力の加護持ちなのに勿体ない、まぁこの人の性格もあるししょうがないか……などと若干失礼なことを思いながら、さてどうするかとゲルダは首を捻る。


果たしてただインクが欲しいからという理由で王城に入るどころか、官僚に会えるものなのか、と__

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