第4話何故RPGの敵は村に侵入しないのか不思議。
平和だけが取り柄のヒナタ村を出れば、そこは一変、モンスターがうじゃうじゃと蔓延る世界へと早変わり。
右を見ても敵。左を見ても敵。敵、敵、敵の山だ。
デロデロのスライム状のモンスターから目がいやらしくつり上がった棍棒を持ったモンスターまで種類は様々だが、何を隠そう、ここはRPGで言うところの最初の村。そのどれもレベルは低めなのだろう。
しかしステータスだけで簡単に判断してはいけない。
何故なら今この地に足を踏み入れたのは『勇者に選ばれたがそれをさっさと10年も前に放棄してしまった、ただインクを買う為だけに王国まで歩いて行こうとしている20代後半の引きこもり人間』なのだから。
しかしこちらの心配とは裏腹に、カイ本人はまるでいいネタを見つけたとばかりに敵陣のど真ん中で持ってきていたメモ帳を開いていた。
そう、敵のホットスポットでだ。
「これはこれは……俺が村から外を出なくなって早数十年。モンスターの種類も量も変わってきてるじゃあないか。しかも小さな村ですら近づいてこないという事は、俺の家の隣の老いぼれジジィが喝のひとつでも入れているとみた。モンスターが人間の言葉を理解しているのかは知らんがな!」
白昼堂々、しかも大きな独り言と共にウロつく彼の姿に、流石に知力の低いモンスター達も気づき始めた。
そこにいた殆どのモンスターは獲物である人間……カイ・クラウスを囲むようにジリジリと距離を詰めて行き、彼は村から出て5分も立たない内にあっさりと囲まれてしまった。
しかしカイはその現状から逃げようとも隠れようともせず、会話は絶対に不可能であろうモンスターに向けて何故かこう話を持ちかけた。
「モンスター業の時給はいくら程なんだ?」
瞬間、モンスター達はまるでリハーサルでもしていたかのように一斉にカイに飛びかかった。
彼に馬鹿にされたと思った訳でも彼の言葉に怒りを感じた訳でもない。ただただ獲物を見つけたと歓喜していた。
あるモンスターは酸の液を口内に溜め、あるモンスターは舌なめずりをしながら自慢の牙を剥き、あるモンスターは石で作られた武器を振り上げた。
一言で言い表すならば“ケモノ”だ。
目の前のものしか見えていない、とてもとても残念で可哀想で哀れな__
「……一気に興味が失せたぞ。流れに沿わせてしまえばこのまま『殺されてしまいました、ゲームオーバー、ちゃんちゃん』でストーリーが終わってしまうじゃないか。もう少し知性ある動きをしてくれたなら興味は尽きんかっただろうに。あー嫌だ嫌だ、仮にそういったありのままを書いた物語を読んでしまった暁には、あまりのつまらなさで全身に蕁麻疹が走るだろうよ。」
まるで退屈な小説の1ページを読んでいるかのような表情でモンスターの群れを見上げると、カイは左手に持っていたペンを右手に持ち替え、空いた手に力を込めた。その時だった。
「伏せて!」
子供の声が背後から聞こえてきた。
何故子供の声が、などという疑問は今は無しだ。
反射的に指示に従い体を地面に近付けると、大きな水の波が頭上を流れ、モンスターを一気に飲みこんだ。
その勢いに耐え切れなかったモンスターは皆粒子となって消えたり散り散りに逃げたり跳ね飛ばされたりと、簡単に一掃されてしまった。
目をぱちくりとさせながら立ち上がると、下から先ほどにも聞こえてきた子供の声が聞こえてきた。
「武器も無しに一般人が敵のど真ん中に突っ立ってるとか、アンタ馬鹿じゃないの?」
視線を下に向けると、そこにはカイの半分か少し大きいくらいの大きさの少年が、分厚い本を片手にこちらを見下すかのような目で見上げていた。
カイはその少年のモノクロの髪の毛や眉間の皺、更には吊り上がった目元や金色の瞳を凝視し、しばらく考えたが__
「ただのガキか。こんなところにいると危ないぞ。」
やはりこの少年は子供の体型をした大人などではなく、10歳か11歳程の子供で間違いないらしい。
それにしては眉間の皺が深い気もするが。
「アンタさ……僕がまだ子供だってのは認めるけど、後半はこっちのセリフなんだけど。」
「冗談だ。さっきの波はお前が出したんだろう?悪くない腕だな。」
「アンタに褒められても全然うれしくないし、あれくらいのレベルのモンスターくらい倒せて当然でしょ。」
「そうか、それは凄いな。じゃあ俺は行くからな。」
メモ帳を閉じ、ペンとともにポケットに突っ込むと、カイはさっさと目的地の方角に足を進めたが、彼に合わせるように足を動かした少年に服の一部を掴まれたことによりそれは止められた。
「ちょっと、さっき襲われそうになったばかりなのにまだ敵のテリトリーに突っ込む気?」
「あぁ、そうだが?それがどうした?」
「武器も防具も無しに行くわけ?」
「俺の武器は紙とペンだ。小説家だからな。防具は初期衣装として私服があるからそれなりに平気だろう。防御力が1上がるぞ。」
「アンタ馬鹿じゃないの!?どこの世界に商人以外の人間が丸腰でモンスターの領域内を歩き回るっていうのさ!その商人ですら護衛の一人や二人雇ってるからね!?」
「馬鹿とは失礼なガキだな。俺はとりあえずどうにかなるだろうの精神に則って動いてるだけだ。」
「それを馬鹿って言ってるんでしょ!?僕がせっかく助けてやったのに無駄死にされたら最悪なんだけど!」
「俺は助けてくれと頼んだ覚えはないぞ?」
「頼まれなくてもあんな今にも大ピンチですみたいな現状を見殺しにできるわけないでしょ……ってか、アンタは少しは死に対する恐怖を持ちなよ。」
「俺は死よりも締め切りの方が怖い。」
「もうアンタさっさと死ねば!?」
少年はまるでダメな父親を叱るようにカイを怒鳴りつける。まるで立場が真逆だ。
あまりにも夢中に叱りつけるものだから、少年の金色の瞳にはカイの姿しか映していなかった。
頭の悪いモンスターも悪いなりにこう考えるだろう、『今が攻撃をするチャンスだ』と。
先ほどの仕返しとばかりに飛ばされてしまっていたモンスターの内一匹が少年にじりじりと近づき、そして____涎まみれの牙を剥いて飛び掛かった。
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