第2話薬味は多めに入れたいものである。


「オーバ様~!お手紙ですよ〜!」

「……手紙ですって?新たな英雄候補達を迎える為の仕事やら何やらで忙しいこの時期に手紙ですか?そんな非常識な方がまだ居るとは驚きですよ。因みに誰です?」

「カイさんからです。」

「はぁ、カイ__カイ!?もしかして、あのカイ・クラウス殿から!?」

「はい。」


オーバはカイの名前を聞いた瞬間、デリトリーの口に突っ込まれた紙を無理矢理奪い取ると、唾液で少しベタベタになってしまっているのも気にせずに内容を確認した。

そして、絶句した。

紙を持つ手から体全身までぷるぷると震え、怒りが湧き上がる。更には顔面が真っ赤になる程の強い怒りも噴き出た。

それ位、彼にとってこの手紙はカルチャーショックを受ける代物だった。


「何なのですかこの手紙は!!!」


彼の叫び声は王城全体をぐらぐら奮い立たせる程響いた。

それだけ力強い叫び声なのだから出した本人はかなり体力を消費したのだろう、声を聞きつけた官員であるモミジとオロシが駆けつけた頃には、オーバは既に正気を失ったかのようにうなだれていた。


「オーバ司令官官長!?」

「何かあったのか!?」

「どうしたもこうしたもありません……あの男、カイ・クラウスの事です!!」

「カイって……あの10年前に勇者に選ばれたのにこの王城に来なかったっていう世にも珍しい人の事ッスよね?先輩達が噂してたッス。存在してたんスね。」

「その仮勇者様が一体何を……?」

「これを読んでみなさい。読めばわかります。」


二人がオーバから手渡された手紙に疑問を抱きつつも受け取り、文字を目で追った。

瞬間、モミジは笑い転げ、オロシは唖然とした。

ヨレヨレでシワシワの手紙には達筆な字で『オーバと言ったか?俺という一人の人間に執着する程お前も暇な立場じゃあるまい。俺にカードは勿論手紙をわざわざ書いて送ったりなどという行為は今後一切止め、もっと有意義な生活を送る事をお勧めする。』とだけ書かれていた。


「ブハハハハ!何なんスか?何なんスかコレ!」

「……。」

「10年……そう、10年です。10年間ずっと信じて、節目である今年に勇気を出して手紙を書き、そしてやっと、初めての返事を頂けたというのにまさかの勇者拒否……加えて私の苦労を無下に……!」


オーバが項垂れるのも無理はない。

そもそも盗賊や僧侶とかならまだしも、勇者に選ばれるというという事は宝くじを当てるよりも希少であり、とても名誉な事なのだ。

多額の援助金を貰える上、魔王を倒すことが出来た暁には一生遊んで暮らせる金に加え、地位も栄光もその手に収まると言ってもいい。

ある者は好奇心で、ある者は病気の両親の為に、ある者は正義感に押され、ある者は金目当てで、ある者は魔王に復讐する為に……理由は違えど勇者に選ばれ、王に呼ばれた者は皆最低でも半年以内にはその顔を見せ、勇者として立ち上がっていた。

断った者など誰一人としていなかった。

だから今の時代『嫌ならば無理にとは言わない』という言葉は所謂社交辞令となっており、本当にこうして断りを入れてきた勇者など彼が初めての事だった。


「手紙の返事も来なければ顔を見せにも来なかったので、てっきりデリトリーのミスで届いていなかったのかもしれないと思っていましたが……まさか断っていたとは……。」

「いやいや、10年も経ったら断ってるようなモンじゃないッスか。」

「数年ならまだしも10年だもんな。」

「煩いですね!私はずっと彼、カイ・クラウス殿を信じていたのです!」

「あ、そのカイさんから伝言も預かってますよ?」

「伝言!?もしかして、勇者拒否をしたのには何か重大な理由が__!?」

「『手紙の返事も無しに断られたと判断出来ん奴はさっさとクビにでもして新しい官員を雇った方がいいぞ』との事です!」

「カイ・クラウスゥゥ!!」


叫んだ勢いのままに壁を殴る。

それといった衝撃は無かったが音だけは立派だった。

流石にまずいと思ったデリトリーはさっさと逃げ帰ってしまったが、今のオーバには何ら関係の無い事だ。

今重要なのは意地でもカイを王城に引きずり込み、意地でも勇者としての自覚を持たせる事。そう、それだけだった。


「待っていろ、仮勇者のカイ……何十人もの兵士を集わせ、暴れ回られてでも王の前へと連れて行ってやりますよ……ふふ、ふふふふふ……!」


「病んでるッスねぇ、オーバさん。」

「10年待ち続けただけあって余程堪えたんだろう。」


そんな茶番とも取れるやり取りの末、カイの暮らすヒナタ村に10人程の兵士が送られた。

そんな事など当然カイ・クラウスという男は知る由もなかった。

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