勇者が魔王を倒したという話を未だ耳にしない。

栗木百幸

第1話出鼻は10年前に挫いておきました。


一人前だと認められた人間の元に、1枚のカードが届く。

それはその人の人生を大きく動かし、時には醜く壊してしまう代物……半分に折られた内側を覗けば、そこには一言『貴方は選ばれました』と綴られている。

問題なのは何に選ばれたのかという事__


『お前らもうカード来たんだろ?何だったんだ?』

『槍使いだった。』

『俺は狩人だったよ。』

『お前ら親父さんの猟について行ってるからそこら辺の武器は扱い慣れてるもんな、納得。』


『僕、大きくなったら勇者様になって、家族みんなを守れる存在になるんだ!』

『ステキな夢だね、応援しているよ。じゃあ勇者様に選ばれるように今からお勉強頑張らないとね。』

『うん、僕頑張るよ!』


『カードが来たんだろう、何に選ばれたんだ。』

『……僧侶。』

『何!?何故よりにもよって僧侶なんだ!お前は私に恥をかかせたいのか!?』

『ごめんなさい……。』

『おかしいわねぇ、どこで教育を間違えたのかしら……お兄ちゃんですら剣士にはなれたのに。』


勝手になのか、はたまた運命なのか……決められるのはその人の適正役職だ。

この村や町を出ればモンスターが蔓延る世界で、様々な人間に様々な役職が与えられ、それを了承した者がチームや単体で王の元へと足を運ぶ。

そして大量のモンスターを生み出す元凶である魔王__奴を倒すために皆旅立って行くのだ。

しかし誰一人としてそれを成し得た者はいない。だから送られた手紙の数だけいる勇者もそのお供である他の役職の人間も皆まだ“仮の英雄”だ。

今日もまた、この世界のどこかの誰かの元へと『貴方は選ばれました』と書かれたカードが届くのだ。

“彼”もまた、その一人__だった。


「カイさーん!カイ・クラウスさーん!お届け物ですよ〜!」

「届け物だと?」


声がした方向には一枚の窓。開ければ今にも部屋に突っ込もうと言わんばかりの勢いで、配達鳥であるデリトリーの長い嘴が入り込んで来た。

その先には真っ白な封筒が摘まれており、隅っこには『カイ様へ』と綴られている事から、やはりこの手紙は彼宛の物で間違いないらしい。


「この身寄りも友達も居ない残念な男に一体誰が何の用なんだ?今の俺は一人なりに執筆活動という趣味を見つけて大忙しなんだが。」

「ハーレー王国の王城の官僚様からです。『絶対に目を通して欲しい』という伝言も頼まれております。」

「あぁ、王城と言ったらアレか、『貴方は選ばれました』とかいう小説にもよくある御都合展開へと無理矢理方向転換させるかのような催促通知か。やめだやめだ、俺は絶対に受け取らんぞ。」

「はて?今回はカードではないと伺っておりましたが。」


デリトリーの言葉にピクリとカイの耳が動く。

毎年の如く送られてくる物に変化が表れる。その特別感とは似て非なる感覚がカイのキュリオシティ__つまりは好奇心を刺激したのだ。

思わず手に取ってしまったなんとも味気なく真っ白な封筒は、今や彼の興味の対象へと姿を変えていた。

ビリビリとノリ付けされた部分を無視してそれを破き、早速中身を確認。確かに例のカード以外の物が入れられている。

花と葉があしらわれた綺麗な便箋に丁寧な文字。

毎年送られてくるカードと同じ筆跡だが、定例文を綴ったカードではなく、どうやらわざわざ手紙を書いて寄越してきたらしい。


『カイ殿。貴方は勇者に選ばれました__というカードを送り続けて、もう10年目となってしまいましたね。あれから10年という事は、当時18歳だった貴方はもう28歳になるのでしょう。

貴方と同期の人間は皆それぞれ王城へと足を運び、旅立って行ったと言うのに、何故貴方という人はこちらに来ないどころか返事の一つも寄越さないのですか?

今年こそ顔を見せていただけるよう、よろしくお願い致します。貴方こそが本物の勇者なのかもしれないのですから。王城司令官官長オーバより。』


一度読んだ文をもう一度読み返し、ため息をつく。呆れの中に困惑も含んでいるそれは重く床に落ちた。

それ位、彼にとってこの手紙はカルチャーショックを受ける代物だった。


「俺は遠回しに断っていたつもりだったんだが……まさか司令官とあろう者が返事の一つでもせんとそれを理解できん馬鹿だとは驚きだ。」


頭を抱えながらデリトリーに少し待つように伝えると、カイは引き出しから適当な紙を一枚取り出しペンを走らせた。

ささっと書いた紙を二つ折りにし、デリトリーにそれを渡した。否、無理矢理嘴の奥への突っ込んだ。


「あの手紙を寄越してきた奴に叩きつけてやってくれ。あと、軽い伝言も頼む。」

「りょ、了解致しました!」


デリトリーは苦しそうな表情をしながら手紙と伝言を抱えると、ハーレー王国に向かって飛び立っていった。

ヒラヒラと、数枚の青い羽を置いて。


「さて、やる事はやったからな。これでゆっくりと執筆ができる。今度書くのは、そうだな、勇者から逃れられた記念にそれ関係の話でも書くか。主人公は勇者で世界を守る為に魔王を討伐する。いや、いや、それだとありきたり__おっと、“王道過ぎる”と言った方がいいか。」


ポンっとインクの瓶の蓋が音を立てて開けられた。

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