第58話 新人(2)

バイトの制服に着替え、開店の準備をしていると店の扉が開きベルが『カランカラン』と鳴った。まだ開店していない為訪れた人は客ではなく店の関係者、つまりバイトの新人ただ1人である。


「失礼します」


少し遠慮気味に中を覗き込む様に店の中に入ってくる。雪のように透き通った長い白銀の髪が少し暗い店内に一筋の光をもたらす。群青色の瞳は雪が舞う夜空の様に綺麗だった。天音祈凛の様なメリハリのある体ではないが人形のように均整が取れている。


「ごきげんよぅ……じゃなかった。えっと…初めまして今日からお世話になる深雪星奈みゆきせなです。よろしくお願いします」


気品で丁寧なお辞儀をする。その姿に皆呆気にとられる。そして黒崎先輩がいきなり質問する。


「愛楼学園に通ってるだよね〜?なら星奈ちゃんもどっかのお嬢様だったらするの〜?」


いきなり踏み込んだ質問に深雪星奈は答える。


「私は普通の一般家庭の一人娘です。その為愛楼学園には特待生として入学してます」


『特待生』つまり女子校最難関と言われている『愛楼学園』にトップの成績で入学した事になる。もしかすると涼風より頭が良いかもしれない。


「なんでバイトする事にしたの?」

「お小遣い稼ぎですね。毎月親から貰っているんですけど、足りなくて」


「おーい!新人と雑談に花を咲かすのはいいが準備しろー!開店時間になっちまうぞ。深雪、お前の制服はバックヤードの机の上に置いてあるから着替えてこい」

「「は〜い」」

「分かりました」


黒崎先輩と涼風が返事して仕事に戻る。深雪星奈は丁寧に返事をしてバックヤードに入る。

その間波原は何をしてたのか、普通に厨房の中でで作業をしていた為深雪星奈が来た事にまだ気づいていなかった。


………………………………………………………


「着替えてきました」

「よし、なら今日は厨房の方アシストに回って貰う。詳しい事は厨房にいる波原に聞いてくれ」

「波原さんに聞けばいいのですね。分かりました」


店長の指示の元、深雪星奈は厨房に入り胸に『波原』と書かれているバッジを探す。そして準備をしていた波原を発見する。


「あの〜、波原さんでよろしいですか?」

「うん?僕が波原だけど…」


聞き覚えのない声に疑問を抱きつつ声のする方を向く。


「えっと…」

「初めまして今日からここで働かせてもらう新人の深雪星奈と言います。店長に言われ、波原さんに教われと言われまして。今日は厨房のアシストをするみたいです」

「店長も無茶振りするな〜」


まだ働いて2ヶ月ほどしかたっていない波原だが、よく思い返してみると働いて1ヶ月の涼風が上手に教えてくれたのだから波原にもやれるはずだ。


「分かった。店が始まったら詳しく教えていくからとりあえずこの荷物取り出すの手伝ってもらっていいか?」

「分かりました」


荷物を取り出しながら波原は思考を回す。今、隣には新人がいる。何か話す話題を探さなければならない。波原自身今はとても気まずい状況だ。


「そういえば深雪さんって愛楼学園に通ってるんだっけ?」

「そうですね。そんなに愛楼学園が気になりますか?」

「まぁ、女子校最難関と言われているからな」

「でも正直楽しくないですよ。みんな堅苦しいし趣味合う人なんて1人もいないんですよ」

「そうなんだ。どんな事が好きなんだ?」

「主に、ゲームや漫画ですね。典型的なオタクってやつです」

「……そうなんだ」


波原は少し間を空けて返事をする。


「波原さんも趣味をお持ちで?」

「僕も一緒だよ。ゲームとか漫画とかかな」


すると深雪星奈の作業の手が止まる。そして群青色の瞳は輝いている。そして波原の手を両手で取る。波原は驚き、深雪星奈の方を見る。


「あの、深雪さん?」

「波原さんはバイトの先輩です。だけど私とお友達になって欲しいです。やっと見つけた同じ趣味を持つ人ですから」


顔が更に近くなり真剣な眼差しで波原を見る。そして波原は顔に恥ずかしさを出さないようにしながら口を開く。


「友達になるはいいけどとりあえず少し離れてほしいかも」

「おっとこれは失礼しました」


直ぐに手を離し波原と距離をとる。


「私とした事がつい興奮してしまいました。お見苦しい所をみせて申し訳ありません」

「大丈夫だよ。それだけゲーム、漫画が好きって事でしょ」

「はい、私にとってゲームや漫画は生き甲斐ですから」


深雪星奈は嬉しそうに笑った。

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バイト先の先輩がクラスで1番可愛いと言われている女の子だった すてら1号 @sutera1gou

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