第57話 新人(1)

「それじゃあ、ジュース奢って貰うね」

「負けたか〜」


日差しは弱まる所を知らず、夏の猛暑も本格化して日が当たるところはアスファルトが調理中のフライパンのように燃えている。


1学期の期末テストが終わった。前回に引き続き波原は涼風と勝負をしたが結果としては涼風の圧勝だった。今回も波原は涼風に教えてもらい点数は全体的に上昇してはいるが、まだまだ点数差はある。


「はい、炭酸でいいよな?」

「うん。ありがとう」


バイトが始まる前に集合して近くの公園で波原は涼風の為にジュースを奢っている。波原が勝つのはいつになるのだろうか。いや、勝つ事は出来るのだろうか。


波原も炭酸を買いバイト場所に向かう。暑い時に飲む炭酸は格段と身体に染み渡る。


「もう少ししたら夏休みだね〜」

「そうだね、ゲーム三昧だ」

「ちゃんと外に出て日光浴びなよ」


テストが終わった後は夏休みまで短縮授業となる。その為3時間授業で終わるので学生たちは夏休みへのスタートダッシュが始まる。


あっという間にバイト先に到着してまだオープン前の店の中に入る。店の冷房が暑かった体が段々と冷やされる。


「お、今日は早いな。雨でも降るのか」


バックヤードで店の準備をしている店長が言う。


「店長、毎回15分前には来てますよね」

「それもそうか」


口を大きく明けながら笑う店長に波原と涼風は苦笑いを浮かべる。

大きな荷物を運び終わった店長がパイプ椅子に座り再び話しだした。


「そう言えば今日から新人が来るぞ」

「……新人!?」


突然のビックニュースに涼風と波原は驚く。確かにテスト前だったのでここ最近はバイトに出てなかったので起こりえる事ではある。

しかし、その事を共有する事も可能だっただろう。店長は細かい所がよく抜けている。


「それでいつから来るのですか?」


涼風が店長に尋ねる。


「あぁ、今日からだ。もう時期来るはずだ」

「「今日!?」」


突然の発言をした店長に再び驚く。


「何かこうなんか事前に報告とかできないんですか?」

「そうか?ならこれからは善処する」

「なるべく、頑張ってください」


波原がお願いするが恐らく改善する事はないだろう。涼風も横で「店長に言っても無駄だよ」

と肩を叩きながら言っている。


「お疲れ様で〜す」


するといつも通りに気だるそうな声で紅音先輩がバックヤードに入ってくる。


「紅音先輩知ってます?今日新人来るみたいですよ」


涼風は黒崎先輩に尋ねる。


「あぁ〜、知ってるよ。面接してる時私もいたよ」

「そうなんですか?どんな子ですか?」

「めっちゃいい子だったね。受け答えも丁寧。確か愛楼学園に通ってるんだって〜」


『愛楼学園』その言葉に聞き覚えがあった。テレビでもネットニュースでも聞き覚えがある。

確かその学校は女子校で最難関とも呼び声が高かったはずだ。そして…


「その学校ってお嬢様学校じゃん!」


涼風が大きな声をだす。波原達とは関わりがない所で暮らしているであろう人達が個人経営のラーメン屋のバイト面接を受けて合格している。

情報が多く理解が追いつかない。


「やっぱりそうだよね〜。こんな小っぽけな店でバイトするんだ。まずお金に困らなくない?お小遣いとか多そう」


黒崎先輩は勝手な偏見でイメージを浮かべる。しかしそう考えてしまうのも頷ける。


「おい黒崎何が小っぽけだ!これでも頑張って運営してるんだぞ」


店長がツッコミを入れる。表情を見ると少し悲しそうな顔をしている。


「ごめんなさい滝沢店長〜」

「おい、急に名前呼ぶな!お前が呼ぶとなんか変だ」


久しぶりに店長の名前を聞き、忘れかかっていた名前が再び波原の脳内に定着する。


「ほらほら、お前らも早く着替えろ!開店時間もうすぐだぞ」


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