16第七幕『我が古里は水底にありて蘇らず』

「んじゃま、あっちのほうに穴掘って欲しいんだわ」


 棟梁が指示した場所は、街の入り口に近い街道の脇だった。石ころが散乱し、草も木も生えていない。長々と協議した割には、適当に選んだ感じもするが、サフィがくちばしれるところではない。


「あんまり深くえぐらないほうが良いのかな。大切な脈ってのは、どのくらいの深さにあるんだろう?」


 これも誰独り知らなかった。もし穴が深過ぎて、破れた血管のように血が噴き出してきたらどうしようかと、不安もぎるし、この目で見てみたいとも思う。取り敢えず、ここは勢いだ。


いでよ!」


 スタイリッシュに叫んだところで、はっと気付いた。小粒ではあるが、もう球体は浮いていて、それを至近距離で皆が見守っている。面白半分に触れる粗忽者そこつものがいないとは限らない。


「ちょっと危ないから、離れていてね」


 とは言え、虚仮威こけおどしに近い。球体が目標に到達しても土塊つちくれが飛び散るわけでなく、ただ対象が消滅するのだ。風船を膨らませる要領で、サフィは気合を込め、くろい球体を巨大化させた。光さえ吸い込むかのような丸い闇が、小刻みに震える。そして一撃。


 お屋敷二十軒ぶんくらいの穴がぽっかり空き、大歓声が沸き起こった。の事態も避けられたようで、穴ぼこから異物がみ出ている様子はない。


「こいつは凄え芸当だ…」


 人夫一同、驚きを隠せない。芸ではなく特殊な魔法だが、それはさて置き、ここから先もサフィの独壇場だった。指定された瓦礫の山を浮動させて大穴に降ろす。穴は巨大ではあるけれど、瞬く間に瓦礫で埋まる。その繰り返しだ。


 日没までサフィの大穴開きの術は順調に続いた。これまで何十日を要しても一向に捗らなかった作業。それが僅か数刻で大幅に前進したのである。

 

「サフィちゃん、お疲れじゃないのかい」


 若妻が気遣ってくれる。夜の食事も相変わらず質素だが、女性たちは華やいだ雰囲気の中にあった。一軒だけ残った二階建て家屋のほかに、もう一箇所だけ拠点となる安息の場が残っていた。


 倒壊した家の跡地で発見された地下室。何を目的に設けられたものなのか、家人は不在で分からないが、頑丈な造りのようで、激しく長い地鳴りにも耐え、家財道具も健在だった。


 サフィが昨夜寝泊まりしたのが、ここである。合わせて七人の女性は地下室で暮らし、男子禁制の様相になっていた。日中の公共の場所と違って、ご婦人方はリラックスし、ちょっとした愚痴を零したり、若い男の品定めをしたりと喋々ちょうちょうしい。


「足が棒になるとか肩が凝るとか、そういった疲労感はないだんよ。魔法だからね」

 

 球体魔法を何度となく発動しても、サフィに疲労感はない。逆に、ここでは球体を巨大化させる時間が短く、さくさくと進む。街の下を走る脈と関係があるような気もするが、単に調子に乗っているだけかも知れない。二十人余りの大観衆を前に披露したのは、生まれて初めてだ。 


「おじさんたちこそ重労働で、大変そうだ」 


 黒魔道士の活躍で、人夫たちが手持ち無沙汰になった訳ではない。瓦礫で埋まった穴に土を運び、平坦にする作業が残っている。瓦礫は隙間が多く、いくら土を被せても吸い込まれていって、終わりが見えない。


 サフィは土砂を運ぶ作業を試したが、手際良くいかなかった。棟梁が、街道沿いにある低い丘を魔法で切り崩し、その土を移動させるよう提案したのだ。妙案だったが、丘の一部を削って運び出すことは難しかった。


「ちょこっとだけって案外上手にいかないんだよね」


 操作対象の分離に手間取ったのだ。何度やっても、ひと塊になってしまう。サフィは大木など相当重いものでも容易く引っこ抜き、苦もなく持ち上げることが出来た。重量は無関係と考えられるが、どうにも対処法が見出せない。


 ただ、試行錯誤は無駄ではなかった。丘の麓に小さめの穴をつくった際、水が湧き出てきたのだ。生臭い血ではなく、恵みの水。本物の地下水脈に偶然突き当たったのである。


「これで飲み水が確保できるわ。瓦礫の片付けよりも重要かも知れない」


 若妻を筆頭に女性陣が歓喜した。街に残る複数の井戸が涸れ、料理にも洗い物にも満足に水が使えなかったと語る。今朝方、バケツいっぱいの水を重たそうに運ぶ彼女の姿をサフィは思い出した。


「飲み水が少ないの?」


「離れたところに小川があるのだけれど、人数分を用意するだけで、ひと苦労。あの地鳴りで井戸も壊れちゃったのね。水回りの問題が何とかならないと、復興のお手伝いする人を大勢呼びたくても数を絞らないとダメなの」


 年配の婦人が溜息をついた。圧倒的に食糧と水が不足しているのだという。食事を提供できなければ、人も集まらない。復興作業には多く人手が必要だが、受け入れるだけの備蓄はない。


「湧き水を見つけた程度じゃ、解決にならないのか…」


「今はそれだけで充分よ、サフィちゃん。まあ、食べ物は地道に畑で育てるしかないわね」


 周囲には農地が点在していた。戦闘には巻き込まれず、いずれも無傷だったが、街の住民が一斉に疎開したことで肝心の買い手が絶えてしまった。殆どの農家は畑を放棄して出稼ぎに赴いたか、これを機に廃業したという。


 ひとつの街が滅びると、影響は周辺にも広がる。そして足掛かりを失って、復興も困難を極める。


「私の古里は、元に戻せるような変わり様じゃなかった」


 その夜、サフィは少しだけ自分の生まれ故郷について語った。戦禍に見舞われたのでも、化け物に蹂躙されたのでもない。ただ沈んだ。ゆっくりと長い時間を掛けて水に侵され、沈んだ。何かの拍子で再び地面がひょっこり顔を出すことはない。


 故郷は深い水の底にあって、蘇りはしない。



❁❁❁〜作者より 🪄〜❁❁❁

最後に少しだけ、サフィの故郷の状況に触れました。

身寄りもなく、帰る家も村もありません。彼女の個人情報については、今後も小出しで紹介していきます。小出しなのです。


復興のお手伝いはここで一服し、次回、急に暗雲が漂うっぽい。

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