15第六幕『夜な夜な鳴動し、ひとつの街が瓦解した』
「化け物よ。でっかい図体の男みたいな、恐ろしい化け物」
「それって灰色の体の?」
「ああ、そんなこと言ってたかも知れないわね。私たちは早めに逃げた
目撃情報は少ない。前の城塞都市でも同じような話を聞いた覚えがある。これだけ大きな街が徹底的に破壊され、犠牲者が多く出たにも拘らず、襲ってきた敵の正体は曖昧だ。
「普通の人間じゃなくって、魔道士さんや妖術師なんかとも全然違う。地鳴りを起こすのよ。激しい地鳴り。ずどん、ずどんって、離れている場所にいた私たちにも聞こえた。今でも夜になると思い出しちゃう」
敵勢力は矢や炎を放つだけではなかった。その激しい地鳴りによって、街の建造物は悉く倒壊した。数日間に渡る忌々しい大地の鳴動。終夜、瓦礫は揺さぶられ続け、より細かく砕かれた。
「それで、私たちは木のお家を作ろうとしてるの」
「木のお家?」
若妻は指を差した。その方向を見ると、昨夜ご馳走を頂いた二階建ての家屋があった。夜の到着で、朝起きた時も気付かなかったが、木製の家だった。
サフィがこれまで巡った地方では余り見掛けたことのない造りである。丸太で組まれた小屋は度々目にしたが、二階建ての立派な家屋は知らない。
「何年も前に変わったお爺さんがいて、作ったらしいの。木だと火事が起きたら直ぐに丸焼けになっちゃうでしょ。だから、街の人たちは馬鹿にしていたんですって。でも、そこだけ残った。魔道士さんの白い繭も関係あるのだろうけど、見事に、あのお家だけ残った」
サフィは商人の幌馬車に積まれた道具を思い出した。根掘り葉掘り尋ねても、その時は要領を得なかったが、あれは木を切ったり、形を整えたりする際に使う道具だ。
復興作業は、瓦礫を片付けて更地にするといった単純なものではなかった。それだけでも気が遠くなるような作業で、単純と言っては失礼だが、彼らが挑んでいることは、もっと複雑で大掛かりだった。この場所に、完全に新しい街を築こうとしているのである。
どれだけの時間と労力を注ぎ込めば、完成に至るのだろうか。途轍もなく困難で、険しい道のりに感じられる。けれども、彼らが惨事を乗り越えて意気揚々としている理由も判った。誰もやったことのない新しい試みに挑んでいるのだ。
もっと手助けできる事柄はないものか、と小さな黒魔道士は考えた。
再整備計画の策定は日を跨いだ。どこに揉める要素があったのか、サフィにはよく分からなかったが、これまでの素案を捨て、刷新する必要に迫られた模様だ。
「黒魔道士と言うけれど、服装は黒じゃなくても良いのかい?」
棟梁格の老人は全然関係のないことを聞いてきた。サフィのローブはアズールブルーだ。真っ黒の外套も嫌いではないが、このカラーリングは代々受け継がれるものらしく、それに従ったに過ぎない。
ちなみに帽子は黒。これは立ち寄った小さな町で購入したものである。個性を示すのは帽子の腰巻部分で、サフィは黄色を選んだ。小さな黒魔道士は衣装について詳細に説明したが、整備計画とは何の関連もない。
「なんで黒魔道士って言うのかも、知らないんだよね。焔は赤くて、雷は黄金色だし。その辺の色は、まあ関係ないとして、私の得意技は確かに黒っぽいかな」
サフィは戯れに小さな
「それだ、それ。俺が話した魔法」
「これをもっと大きくして、それで地面に投げるんだよ。土が抉り取られてでっかい穴があくはず」
サフィは投げる真似をした。造作もない。昨日提案した通り、単に黒魔法で地面を抉るだけである。人夫は充分に理解しているようだが、どこに穴を開けるかで揉めていたらしい。
瓦礫を捨てた場所は土で覆っても、そこを畑にするのは難しい。処理に困る厄介な廃棄物だ。サフィは土地の所有者がいて忌み場所になることを嫌がっているのかと想像したが、そんな生臭い話ではないようだ。意外にもスピリチュアルな理由だった。
「土地にはね、お嬢ちゃん、人間でいう血管みたいなものが地下に走っているんだよ」
棟梁が妙なことを言い始めたのだ。
「地面の下にある水脈かな? それなら私も知ってるけど」
「違う。神聖なもので、力の源のようなものなんだわ。この街は昔、その脈の上に築かれた」
興味深い話だった。血管という比喩は、あながち的外れではなく、誤って断ち切ると付近の土地そのものが死んでしまうと話す。地下に走る見えない一条の筋。サフィが辿ろうとしている巡礼路も概ね一本線で、関係があるようにも思えるが、棟梁の話は漠然として、掴みどころがない。
「血管みたいな線って太いのかな、それとも細いの?」
誰も詳しく知らなかった。ぶっといと語る者もいれば、もの凄く細いと主張する人夫もいた。かつてこの街では、栄えた家と商売繁盛の店が一直線で並んでいたと話す。偶然ではなく、重要な脈の上に家や店が建っている為だという結論がそこから導かれた。
ただし、繁盛した商店が急に傾いたケースもあって、地下の脈は時代と共に移動すると唱える者が現れ、見解は割れた。その脈を目にした者はなく、未だ何ひとつ確証はない…
❁❁❁〜作者より 🪄〜❁❁❁
地下の脈は風水的な「竜脈」か何かで、魔法とは関係がなさそう。
化け物の正体も曖昧で、証言も頼りないですが、この街の周辺では危機が去った訳ではなかった…次々回以降の展開になります。
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