14第五幕『瓦礫の撤去は黒魔道士にお任せあれ』

 眠れない夜を過ごして朝を迎えた。


 朗らかな陽光を浴び、目の前に浮かび上がった風景。それは昨晩見たものとはまた印象が異なった。廃墟の街である。しかも居住区は広大で、幅も奥行きも想像以上だった。


 やや離れた場所には、小高い丘のような積み上がった瓦礫の塊がある。巨大な建築物までも粉々になったのだ。恐ろしい程に大きな力が働いたことは疑いようもなかった。


「犠牲者は数十人とか、言ってたけれど…」


 どのくらいの人々がここに暮らしていたのだろうか…またもやサフィは言葉を失った。


「一瞬で瓦礫になっちまったって訳でもないんだ」


 若夫婦の旦那は、少しばかり虚ろな目で話し始めた。戦闘があった季節の長いようで短い物語だ。最初は、街の郊外で小規模の衝突が起きたという。


「大変なことになったと思ったけど、直ぐに落ち着くと考えていたのさ」


 小競り合いは三日ほど続き、終息した。一部住民は疎開したものの、楽観論が支配的で、殆どは居残った。暗雲が広がったのは、軍隊が街に駐屯したてからである。


「その軍隊は味方というか、守ってくれる人たちなんだよね?」


「兵隊さんが来れば、もう安心だって喜んださ。真っ先に逃げた連中を笑ったりもしたな」


 まず、軍隊が兵舎に借り上げた屋敷が襲撃された。敵は巧妙に忍び込んで来て一気に襲撃し、援軍が駆け付ける間もなかった。民間人、この街の住人に被害は及ばなかったが、その夜、パニックが起きた。


「どういうこと?」


「皆が思っていた敵と様子が違うって判ったんだ。兵隊だけを的確に狙って、潰した。賢いって言ったら変だけど、敵は猛獣とかじゃかなくって、知恵がある連中だってことに気付いたんだよ」


 知恵があって話し合いが可能なら、調停に臨んで解決を探る道もある。サフィは、若旦那の言い分が呑み込めなかった。瓦礫を拾いながら、彼は顔を顰める。嫌な思い出で語るような、そんな雰囲気だ。


さらわれて、奴隷にされるかも知れないって怖がったのさ。街が丸ごと占領されるってことも考えられるしね。獣の群れなら暴れて終わりだけど、それだけじゃ済まない。厄介なのさ」


 若旦那が話している最中、細君が水を運んできた。かなり離れた場所まで行って、水を汲むのだという。復興作業に勤しむ女性は数人いる。彼女たちの役割は炊事や洗濯など身の回りの事柄で、家事全般に疎いサフィは軽労働だと思っていたが、実情は違う。たいへんな労力を伴う仕事だ。


「サフィちゃんも手伝ってくれてるのね。ありがとう」


 陽気な女性である。昨日の晩もそうだった。若夫婦の明るさに救われる思いがした。しかし、笑顔に笑顔で応じる資格があるのか。サフィはたたぼうっと突っ立って、話の聞き役になっているだけだ。お礼を言われることは何ひとつしていない。


「あらら、すっかり忘れてたかも」


 サフィはぺろりと舌を出して、深く反省した。周囲では男たちが棒を梃子にして瓦礫を持ち上げている。必死の形相だ。あの商人も、きのう死線を潜り抜けたばかりなのに、疲れを癒すことなく力仕事に精を出している。 


 手始めに、サフィは近くの家屋の残骸を纏めて持ち上げた。ひと塊になって宙に浮く様を男たちが呆然と眺めた。


「なんの技じゃ、そりゃ」


 棒を担ぐ男が叫び声をあげ、ご婦人は拍手した。


「これ、どうすればいいかな?」


 処置について人夫たちが協議を始めた。瓦礫の除去は想像以上に面倒で、遠くに捨て置くのが最善だが、運搬に時間と労力を要する。かと言って、近くに穴を掘って埋めるのも重労働で、なおかつ掘り起こした土砂の処分に困るらしい。


「取り敢えず、あっちの方に置いておくれ」


 長い協議時間の割に結論は適当だった。サフィは言われるまま瓦礫の塊を移し、指定された場所に降ろした。


「魔道士ってのは色々とあるんだな。火を吹いたり雷を出したりとか、そんなんだけかと思ってたら色々とあって不思議なもんだ。まるで魔法だな」


「まあ、魔法なんだけどね」


 サフィは別の瓦礫の山を浮遊させ、同じように処理した。人力では恐らく数日を要するだろう作業が一瞬で終わる。目を見張る住民に対し、商人がしたり顔で説明を加えていた。くろい球体にまつわる見聞録で、自分の手柄のように語る。微妙に脚色されているが、大筋で誤りはない。


「なあ、サフィちゃん、その真っ黒な球ってのは、物を浮かせるだけじゃなくって、消したりも出来るわけ?」


 閃いたと言わんばかりの表情で、若旦那が尋ねた。イエスと返答する。そしてサフィも閃いた。穴を掘って土砂の処理に頭を悩ます必要はない。得意の魔法で大きな穴をつくれば良いのだ。球体を放って地面をざっくり抉る感じである。 


 この素敵な方法について、人夫たちは協議を再開した。サフィは少し離れた場所に大穴を開けると提案したが、棟梁格の老人はを出した。街の再整備計画と直結する問題で、勢いで決めてはならないと訴える。今度は真剣な話し合いだ。


「サフィちゃん、お手柄ね。小っちゃいのに力持ちでびっくりしちゃった」


 若妻ら女性陣に囲まれた。果物のほか小魚の煮付けなど凝った料理も出してくれて、サフィは恐縮した。潤沢ではない食糧を旅人に分け与えることは、決して容易くない。感謝の意を表しつつ、ゆっくりとメインディッシュを口に運び、噛み締める。


 こんな時、どんな話をしたら良いのか、サフィには分からない。悲惨な風景の只中ただなかで、相応しいテーマなどあるのだろうか。少なくとも、ご婦人ばかりであっても下ネタは避けるべきだ。


「この街を破壊した敵っていうのは、どんな連中なの? 別の土地の兵隊とかじゃないんだよね」


 先刻、若旦那と話していた戦争にまつわる話題である。休憩時の雑談には相応しくないが、サフィは続きが気になった。奴隷とか攫われるとか、聞き捨てならない話である。



❁❁❁〜作者より 🪄〜❁❁❁

なんだか便利屋さん的な。しばらくこの瓦礫の街に滞在し、サフィの出来ること&出来ないことを手短に一部描写します。


ついでに主人公の基本設定もさらりと紹介していきたい。

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