13第四幕『瓦礫の街に幽かな燭が揺らぐ』

 目的の街に到着した時、日はすっかり暮れていた。


 これが街と言えるのだろうか…幌馬車から降りたサフィは、目の前に広がる光景に絶句した。


 止め処も無く、情け容赦なく荒れ果て、その街は瓦礫の山でしかなかった。民家であっただろうと思われる建物は押し潰され、一本の柱がかろうじて立っているだけだった。街中の大通りと推定される箇所は、粉々の木と石で埋まり、獣道のような筋が走るのみだ。


「人は居るよ。安心しな、お嬢ちゃん」


 商人は馬を繋ぎ止めることもなく歩き出し、サフィはその背中を追った。折り重なる瓦礫の丘を貫き、渓谷の川のように伸びる獣道を進むと、ともしびが見えた。荒廃した景色の中、無傷とも見受けられる二階建ての家屋があった。話し声が聞こえる。さほど大きくない家に大勢が集っているようだ。


「いま戻ったぞ」


 商人が扉を開けるや、屋内の人々が歓声をあげた。ざっと二十人くらい居るだろうか。青年たちの一団は、不思議そうな眼差しで、サフィを眺める。


「どちらさん?」


 華々しく自己紹介の口上を捲し立てる雰囲気ではなかった。そして、口を開くよりも前に、商人が縷々るる説明を始めた。灰色の蛮族を打ち負かした場面がメインで、サフィはちょっと気恥ずかしかったが、聴衆の反応は悪くない。


「ただいまご紹介に預かりました黒魔道士のサフィでございます」


 若干、調子が狂って変な挨拶になってしまった。青年団が席を用意し、立派なテーブルに通された。待遇は蛮族を倒した者に対する畏敬の念が込められているようだが、そこはかとなく卑猥な印象も覚える。改めて屋内を見回すと、ここには女性が独りも居ないことが分かった。


「魔道士さんなのか、お嬢さん小さいのに凄腕のようだね」


「いや、自分では未熟者かなって思ってるんだけど」


「即座にぶっ殺しちまうところが、勇ましくて良い」


 ぎょっとさせられる一言だった。襲って来た化け物、あの灰色の蛮族をあやめたという意識はサフィになかった。くろい球体による攻撃は、駆除や消去であって殺害ではない…術を学んだ時にそう教わったが、消し去られたものの運命をつぶさに観察した訳でもないのだ。


 加えて、これまでに消し去った生き物は熊やわになどの害獣で、人語を操る異形の類いは初めてだった。「ぶっ殺した」という表現が空恐ろしい響きを伴って、耳の奥に残る。


 嫌なことを言う…サフィはそう感じて眉間に皺を寄せた。


「あれ、なんか変なこと言っちゃったかな」


 大いに気まずく、返答に窮した。加えて青年のうっとりしたような目付きも気になる。弁明しようと頭を捻ってみたが、上手く言葉が紡げない。そんなところに都合良く、料理が運ばれてきた。配膳係は女性だ。どこから湧いて出てきたのか…


「いきなり、むさ苦しい連中に囲まれて困っちゃうわよね」


 鼻筋の通った綺麗どころである。料理をテーブルに置くと、その女性は青年の横に座った。夫婦なのだという。オチがつくのが早過ぎる。もう少し青年の卑猥な眼差しに怯えつつ、被害者っぽい妄想に耽ろうと思っていたのに、少々残念でもあった。


「うちの旦那さんはね、魔道士を尊敬しているのよ。前は気味悪がっていたのに、変わり身が早いっていうか」


 瓦礫の山と化した街の真ん中で、無傷で残った二階建て家屋。それを守ったのは独りの魔道士だったと明かす。名も知れぬ魔道士が命懸けで一軒の民家を守り抜いた。 


「この家に、とある夫婦と二人の子供が取り残された。子供は幼くて、小さいほうは赤ちゃんだった」


 退路が絶たれ、孤立した。既に街はあらかた敵の手に落ち、救出は不可能に思われた。その時、気骨のある魔道士が無謀にもこの家に接近し、強力な魔法結界を張った。


「弓矢も火の粉も跳ね除ける防御の術で、白い繭みたいのに包み込まれたんだ」


「それで、勇敢な魔道士さんはどうなったんですか?」 


「同じ術で自分の周りに繭をつくって、戦場から離れた。こう、真っ黒なローブを翻してさ、可憐で格好良かった」


 やはりローブは必須アイテムのようだ。サフィは自分と同年代の娘か少し老けた見た目の女性魔道士を想像したが、話を聞くと、年配の男性だった。可憐とは…


 その一件以来、若旦那は魔道士を尊敬して止まないという。サフィは話を聞いて直感した。救われた夫婦とは目の前にいる二人だ。完全に諦めたその時、救世主が出現して大切な我が子を守ってくれたのである。


 の当たりにした奇跡の瞬間、一生涯忘れない出来事。前に座る二人の口からそんな貴重な体験談が語られるのかと思ったら、別の夫婦のことだった。テーブルの若夫婦は、おっさん魔導士がローブを翻して安全地帯に戻って来たのを見ただけだという。


「その家の四人は助かったけれども、逃げ遅れた住民は他に大勢いて、戦火に巻き込まれた」


 犠牲者は数十人に及んだ、と溜め息を吐く。逃げる時間は限られ、取り残された者を確認し、誘導する余裕はなかった。そして誰もが自分の街が灰燼かいじんに帰すとは考えてもいなかったという。


「木っ端微塵に砕かれて、燃え盛ったの。遠くから見ていたのだけど、そういいう時って泣いたり嘆いたりもせず、ただ震えてるだけなのよね。なんて言うのか、悪い夢を見てる感じかな。現実じゃないような」


 若妻は、そう漏らして不器用に微笑んだ。過酷な体験である。回想して人に話すのも辛そうだった。なんと声を掛けてあげれば良いのか、サフィには分からない。過去は重苦しく、今もその時に生じた瓦礫に取り囲まれている。


 屋内にいる男たちも同じ悲惨な体験を潜り抜けてきたはずだ。何か付け加えたいこともあったようだが、概ね黙って、若夫婦と客人の会話を聞いていた。太った旦那もいれば痩せた少年もいて、生き残った者たちは様々だった。

 

「スープが冷めちゃうわよ。早く召し上がれ」


 食材が豊富にあるとは思えない。うながされてすすると、そのスープはどこか切ない味がした。 



❁❁❁〜作者より 🪄〜❁❁❁

辿り着いたところは、先ごろ戦禍に巻き込まれて荒廃し街でした。


気になる言い方もされたけれど、サフィはここで復興の手助けをします。瓦礫の撤去は、物を浮かせる力があれば、造作もないっぽい? 

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