17第八幕『剣を持つ男は戦場の匂いを知っていた』

 恐ろしいしらせが届いたのは、サフィが瓦礫移動作戦を開始して四日目の朝だった。作業場に駆け込んできた青年は息を切らしながら、こう言った。


「果樹園が襲われた」


 青年は食糧調達係で、三日か四日を掛けて付近の農村を巡る。最後に訪れた農家で眠っていた時、化け物の集団が襲って来たと細切れに語った。彼は酷く動揺していて、半分寝惚けた状態のサフィには分かり難い説明だった。


 瓦礫の街の人々は更に激しく狼狽えた。襲撃を受けた果樹園は、点在する農家の中でも最も近い場所にあり、彼らの生命線とも言えた。戻って来た青年は空身からみで、数日先の食糧さえ危うい。


「まあ、落ち着け」


 そう言って青年に寄り添った棟梁の手も震えが止まらない。備蓄が尽きる恐れだけではなく、この街も急襲される可能性が高まったのだ。


「襲って来たってのは、どんな連中なんだ?」

 

「街を壊した奴ときっと同じだ。灰色の、大きな化け物」


 人ならざるやからである。知恵もあり、狡猾にして残忍。そして、人の暮らしを脅かす理由も定かではない。サフィには、目的も分からずただ暴れる回る野蛮な化け物に思えた。幌馬車を狙ってきた翅蟲はむし使いは、食い物を欲しがっていたようにも見えたが、真の狙いは不明だ。


「そう何十匹もいた訳じゃないが、かなう相手じゃない」


 化け物の集団は果実を奪って一旦退いたが、全部は奪いきれていない。もう一度、襲ってくるはずだと断言する。切迫した問題は、取り残された農家の安全確保だ。子供を含む四人家族。襲われれば、ひと溜まりもない。


「助けに行こう」


 人夫の誰かが叫んだ。軍の大部隊と競り合った化け物が相手である。武器もない男たちが徒手空拳で抗ったとしても一瞬で粉砕される。討伐隊の編成など出来る訳がない。だが、救助隊を編成し、隙を見て一家を助け出すことは可能だ。


 サフィは、ここでどう立ち回るか、頭を捻った。


 救助隊への参加はやぶさかではない。護衛役を買って出るのは当然だ。しかし、それだけで済むのか…この中で化け物と対決するだけの戦闘力を持つのは、自分だけである。野蛮な集団の排除も視野に入れて対処すべきところかも知れない。


「私が先頭になって、先ず一家を救出します。馬車よりも早く向こうに着くでしょう」


 サフィの宣誓に棟梁が小さく頷いた。浮遊魔法で空中を蹴って飛ぶ。これまでの経験だと、それは馬よりも速い。数人が乗り込んだ馬車と比較すれば、恐らく二倍以上の速度だ。途上に沼地や森林が広がっていても、空を渡る者にとっては障害物とならない。


 商人は直ちに馬車の支度を始め、若い人夫は武装を整えた。武器といっても樹木の伐採に使う大鉈おおなただ。瓦礫を除ける復興の作業中である。化け物との対決など想定していないとは言え、余りにも頼りない。鉈につちのこぎり。相手が熊であっても歯が立たない脆さだ。


「こんなのもあるんだぜ」


 どこに隠し持っていたのか、立派な剣を構える猛者がいた。サフィはびっくりして由来を尋ね、そして後悔した。残念な気持ちにさせられる戦後の逸話である。


 街を壊すだけ壊して戦闘が終結した後、真っ先に駆け付けたのは盗賊だったという。瓦礫の山を掻き分けて、金目の品を漁るのだ。戦地での略奪行為は旨みがあって、捕まる心配もない。それを専門とする野盗集団が存在するのではなく、小物臭い泥棒が各地から遠征して来るらしい。


 後味の悪い話は余り聞きたくなかったが、剣を握る男は更に続けた。


「凄え、臭えんだ。嫌な、嫌な匂いさ」


 武力衝突が終わって間もない戦地は、誰も近寄りたがらない。腐敗臭が厳しく、鼻に纏わり付いて何日も離れないのだという。死臭は耐えられるものではなく、心を病む場合もある。復興作業が遅れたのも、そんな激戦地の陰惨な実情と無縁ではない…男は自分の体験であるかのように語った。


 サフィはもう一度、剣の出所を聞いてみたが、言葉巧みにはぐらかされた。



❁❁❁〜作者より 🧙‍♀️〜❁❁❁

残党です。躊躇してる余裕はありません。

今回は短めですが、舞台転換の都合です。次は、果樹園にサフィが飛んで向かうシーンから始まります。

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