06第六幕『光を抱きし盗人娘はそれを託した』

「ちょっと待って、怪しい者じゃないってば」


「いや怪しいだろ。めっちゃ怪しい」


 お説ごもっともではある。人様がお休み中のところ、空中から押し掛けて来て、裂け目から覗き見していたのだ。祠の少女は、突然の訪問者が同い年くらいの者と理解した為か、第二波攻撃は取りやめたものの、警戒を解く様子はない。


「なんだ、お前、妖術師か」


「私は黒魔道士。この世のことわりあらわし、めしいたる民を導く者…」


 サフィは前々からいつか言ってやろうと決めていた台詞を吐いたが、若干噛んでしまった。その言葉に深い意味はなく、寝物語で聞いた何かの話にあった文句の丸写しだ。スタイリッシュな初登場の仕方に憧れていただけである。


「なんじゃそりゃ。やっぱ、めっちゃ怪しいじゃん。それにその服も…ん、ん?」


 サフィが祠の裂け目近くに足を下ろすと、発光体はいよいよ強く輝いた。


「さっきまで暗くて弱々しかったんだけど、これって魔法力に反応してるのか」


 詳しい理屈は不明だが、発光体が魔法力に反応、もしくは吸収しているのは確かだった。古びた祠の中は今や燦然と輝き、発光体を手にする少女の顔を明るく照らし出した。


 可愛らしい顔立ちで、小ぶりな口と整った蛾眉がびが特徴的だった。髪の毛は短く、刹那、少年のようにも見えたが娘だ。一方、身なりは袖なしの襤褸ぼろで、粗野な印象は否めない。


 サフィにとって好感が持てるタイプではなかった。巨乳の持ち主だった。同い年くらいに見えるのにパーツは豊満で、しかもすらっとした手足を剥き出しにしている。男受けする体型で、到底、好感など抱けない。


 肌や髪の色は良く分からなかった。発光体の光は更に強まって、祠の中は青や緑色に染まっている。彼女が手にしているブツは何か。


「ああ、これか。訳ありってところだな」


 意味ありげに言った。短髪の少女は軽い身のこなしで裂け目から飛び出すと、祠の天井で胡座をかいた。行儀が悪い、粗暴な感じの娘だ。農村の男児が履くような丈の短いズボンから生足が出ている。これも男の目を惹くに違いない綺麗な足で、サフィは不快感を覚えた。妬みや僻みの類いであって、持ち主に罪はない。


 それよりもつぶさに観察する必要があるのは、彼女が手にする発光体だ。


「光る石? そんなの聞いたことはあっても、見たことはないかも」


「珍しい宝石があるって噂だったんだけど、こいつは違ったようだな」


 ゴミか石ころを扱うかのように、発光体をぞんざいに放り投げてきた。サフィがキャッチすると、それは色を変えて赤く光り、次いで紫色っぽくなった。目紛しく色を変え、また点滅する。 

 

「いやいや、これって珍しい宝石でしょ、絶対。売れば相当な値段になるし、何か秘められた力があるように思える」


「売ったりなんかしないさ。僕は盗人ぬすっとじゃねえし」


 盗人である。僕とかいう不似合いな一人称は兎も角、盗人に違いなかった。礼拝堂で目にした人相書と照らし合わせる必要もない。


 指名手配犯とばったり出会して、似顔絵を作成した者に驚くのは変だろうか…サフィはいたく感心した。あの人相書を描いた人物はなかなか優秀で、輪郭から目鼻立ちまで完璧に一致させている。


「君さあ、お城に忍び込んだ泥棒さんだよね。色々、知ってるから。私、君のせいで犯人と疑われて牢獄に押し込められたんだよ」


「ほんとか。で、拷問とかされたりしたのか?」


 盗人少女は顔を顰めて、心配してくれた。サフィが、拷問もなく直ぐに出てきたと話すと、少し残念そうな顔をした。根は悪い奴かも知れない。


「それで、泥棒さんがまんまと宝石を盗んで、何でこんなところで寝てたの?」


「寝てた訳じゃないし」


 固い警備網を破って、狙う秘宝のある奥の院に忍び込んだまでは良かったと語る。宝物を奪った後、逃走の途中に城内で激しく迷い、大勢の衛兵に囲まれた。攻撃魔法で退けたが、次から次と追手が現れる。そして街中に逃げ込んだ時には、ほぼ力を使い果たし、城門を抜ける余力はなかった…


「手薄な場所があれば大丈夫だと思ってたけど、そんな生易しくなかったってことだな」


 力尽き、途方に暮れた。人気ひとけのないところに隠れて回復を待ったが、目処が立たず、神経も擦り切れて腹も減ったと嘆く。出会い頭の威勢の良さとは裏腹に、疲れ果て、気弱になっているようでもあった。


「おたくは空も飛べる魔道士だよな」


「黒魔道士ですが、何か?」


「僕を運んで、そう、壁の外に連れてってはくれないか。お礼と言っちゃ何だけども、その宝石をあげるよ」


 お安い御用だった。差し引きすると盗人少女のほうが大損をする取引のようで、サフィは念を押して意思を再確認したが、彼女は問題ないと答える。どう見ても秘宝っぽい謎の発光体は、狙いの逸品ではなく、自分にとって全く価値がないものだと話す。


 黒魔道士は諒解した。盗人少女を宙に浮かせて城外にいざなうのは容易かったが、ここで遊び心がしゃしゃり出た。サフィの悪い癖だ。脱出劇は華々しく、追手を唖然とさせるほうが良い。


 鎮守の杜を抜けて二人が巨大な城壁を前にすると、サフィは徐ろに右手を差し出し、詠唱を呟く。実際、魔法の発動に詠唱は無関係だが、このほうがスタイリッシュなのだ。ぶつぶつと唱え、結んだ指を一本ずつ開く。


 右手の先に誕生したくろい球体は、直進しながら大きくなって、城壁の下部に穴を開けた。丸い穴だ。音もなく球体が通り抜け、大きな穴が開いた。


「おお、すっげえな。なんの技だよ、それ…」


 驚き、目を見開く彼女の姿に、サフィはちょっとだけ優越感に浸れた。


「助かった。ありがとな、えーと、黒魔道士ちゃん!」


「この術式は元来…」


 人様の話しを聞こうともせず、盗人少女はその場から立ち去り、足早に穴を抜けて出て行った。別れの挨拶はないに等しく、どこの誰か尋ねる間もなかった。旅人はそんな場面に遭遇することも多い。ほんの束の間の交流だ。


 次第に小さくなる彼女の背中を見詰めながら、乳袋が派手に揺れているに違いない、とサフィは確信した。



❁❁❁〜作者より🧙‍♀️〜❁❁❁


盗人の少女は重要な役割を担うメインキャラ(序列二位)です。

この後、どこかの町で再会し、冒険と雑談の旅が本格的に始まりますが、諸事情により、そこそこ先になります。

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