05第五幕『髑髏の塔が語り掛ける夜の墓苑』

 東門からこの城塞都市に入ったサフィは、様変さまがわりした景観に目を疑った。平凡な民家が立ち並ぶ東側と違い、飯屋があった西地区の奥は貧民窟だった。たった一本の道を挟み、家屋の造りも雰囲気も大きく変わっている。


 住民は大勢いるようで、あちこちから話し声が聞こえて来るものの、灯りは乏しく、人通りもない。華やかなカルナヴァルとは無縁の空間だった。直ぐ近くなのに、別の街に迷い込んだかのようだ。


「火葬場が目印とか言ってたけど、暗くてよく分からないな」


 西地区の突き当たりに墓地があると聞いた。その中央には、戦争で亡くなった兵士の頭蓋骨を納めた「英雄の塔」がそびえるという。


「旅人であれ誰であれ、花一輪でも手向たむけてくれたら有り難い」


 飯屋の店主はそう言っていた。別段、興味はなかったが、サフィが腹を満たして店を出ると、路傍ろぼうに咲く白い花が目に留まった。見過ごしても良かったが、偶然ではないようにも思え、彼女は花を摘んだ。

 

 寝るにはまだ早く、また宿に戻ってもすることがない。寝床で悶々とすることは想像に難くなかった。気紛れだ。時間潰しには格好の夜の散歩だ。特別な弔いの気持ちがある訳でもなく、一輪の花を携えて西に歩を進めた次第だった。


 貧民窟が危うい場所とは限らない。むしろ逆の場合が多い。住民がひしめき、不審な輩に絡まれても、ひと声叫べば大勢が集まって来る。親切心とは異なり、世話好きという訳でもない。暇な人々は面白いことや変わった出来事が大好物で、みすみす見逃したりしないのだ。

 

 かえって閑静な高級住宅街のほうが危ういと感じることもある。金持ち連中はたいてい事件には無関心で、路上で喧嘩が始まろうが、強盗が逃げようが、見ぬ振り知らぬ振りで、揉め事に巻き込まれることを極力避ける。


 もっともサフィは、どんな場所であろうと物怖ものおじしない。物騒な集団に囲まれたとしても、獰猛な肉食獣に出会でくわしたとしても、黒魔法でかわすか、飛び去れば済むことだった。

 

 旅先で出会う大人たちは、年端としはもいかない少女が一人旅をしていると知ると、口を揃えて心配するが、滅相もない。これまで危ない目に遭遇したことは殆どなく、また窮地に陥ったとしても切り抜ける自信があった。小さな黒魔道士を侮ってはいけない。


「大きな火葬場って聞いたけど、全然気付かなかったみたいだ」


 いつの間にか、火葬場を通り過ぎたようだ。錆びた鉄柵の門があり、その向こうに墓地が広がっていた。手狭だと聞かされたが、敷地は広大で、墓は先の城壁まで折り重なって群れをなす。


 変哲もない、度々見掛ける形の墓石だった。これまでに通過した町や村にも墓地はあった。それらはおおむね集落の外れや最寄りの丘に設けられていたが、この城塞都市も同じで、隅の隅に位置し、地均じならしを怠ったのか、旧時代の墳墓を流用したのか、起伏に富んだ地形をそのままに墓が建てられいる。


 一番奥の城壁に接する辺りに、聳え立つ塔が見えた。英雄の塔だ。


 元は無名戦士と滅んだ村々の戦没者をまつる為のほこらだったらしい。塔の中には無数の髑髏どくろが納められているとも聞いた。この地の風習であったとしても、少々趣味が宜しくなく、薄気味が悪い。


 花一輪を手向け、サフィが何気なしに塔の裏手に回ると、一部硝子張りの箇所があって、複数の髑髏と目が合った。ひと回り小さい頭蓋は女性か、子供のものだろうか。下顎が外れたものは、生者に語り掛けているようでもある。戦で命を落とした兵士であれば、その言葉はいずれにしても切なくて、物哀しい。


 サフィは塔の頂上を舞って、城壁に登った。先刻、花火が打ち上げらていた場所のひとつだ。焦げ付きなど花火師の居た形跡はなかった。彼らは火焔系魔法の使い手と思われるが、恐らく景気良く魔力を使って、疲れ果てたに違いない。


 城壁の上の回廊に立って、西に広がる景色を眺めた。これからサフィが進む方角だ。近くに山も河もなく、ところどころ禿げた草原が延々と続いているようだった。


「次の集落はどこにあるんだろう…温かい料理も珍しい果物も、ここでしっかり食べておいたほうが、良いかも」


 回廊から舞い降りる途中、不自然な光が視界に入った。墓地の片隅。一箇所だけ、背の低い樹木が押し茂る小さな丘がある。鎮守のもりのような雰囲気で、英雄の塔とは別のモニュメントなのか、中央に祠が建つ。そこが光源だ。淡く点滅する儚げな光で、今にも消えてしまいそうだった。

 

 祠は小屋くらいの大きさで、天井の一部が壊れている。光はそこから漏れていた。緑色とも青色ともつかない不思議な光が、闇の底に揺らぐ。


 サフィが接近すると、光源はたくましくなって、強く輝き始めた。そして、人の姿が浮かび上がる。何者かが、祠の中で発光体を抱えていることが分かった。


「おいおい、なんだこりゃ」


 素っ頓狂な女の声だった。サフィは空中で浮遊し、壊れた祠の中を覗き見た。若い女性、少女だ。何を好き好んで墓地に住み着いているのか。可哀相な孤児か、さもなくば変質者か。


曲者くせもの!」


 矢庭やにわに攻撃してきた。危ういところだった。一瞬の出来事で、黒魔法による防御壁の発動が僅かにでも遅れたら、防ぎようがなかった。


 見たことのない攻撃で、鋭い刃物が同時に何十本と群れになって襲って来たのだ。天井の壊れた部分は小さく、大量の刃物がそこを擦り抜けるには物理的に無理がある。明らかに魔法だった。しかも、高等な魔法だ。


「おのれ、避けただと…」


 祠の少女は叫び、身構えた。新たな魔法を発動する構えである。



❁❁❁〜作者より〜❁❁❁


舞台は夜の墓場。風変わりな独り身の女の子と出会しました。バトルが始まると思いきや…


「髑髏の塔」は東南アジア某国に実在する祈念碑がモデルで、作中には筆者の体験と見聞が稀に混じることもあります。

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