04第四幕『遺体袋の帰還兵に凱歌は届かない』

「お嬢ちゃんは、旅のお方なのかい」


 挨拶は定型文で宜しい。正門から西に進んだところにあった飯屋の旦那は、そう言った。


「まあ、そんなとこかなあ」


 受け答えも紋切り型が無難だ。次の言葉は「ここにはいつ来た」か「いつまでいるの」が、九割以上で例外は少ない。


「お嬢ちゃんは盗人じゃないよな」


 例外だった。どことなく疲れたような感じのする旦那は、きょう起きた盗難事件を耳にしていた。何やら、城内に侵入して貴婦人の大切な靴を奪ったらしい。それで兵隊連中が街中を捜索しているのだという。


 別件ではなく、事実関係が捻じ曲げられて伝わっているようだ。噂を流す側が故意に核心を隠し、脚色しているに違いない。


「いや、失礼なこと言ったかな。荒っぽい娘みたいでさ、靴を盗んだうえ牢屋をぶち壊して逃げ回ってるって話しさ。年の頃が、お嬢ちゃんと同じくらいだって聞いたもんだから」


 牢を破壊する娘なんかいるのか…相当に乱暴で不逞なやからとお見受けする、とサフィは顔をしかめて見せた。噂は色々とミックスされて、尾ひれが付いているようだ。


「それって人相書にんそうがきとかも出回ってるのかな?」


「いいや、見掛けねえな。ヤバい娘なんだろうけど、しょせんはコソ泥だろ。衛兵がまとめてやられたとか、そんな大事件でもねえし」


「でもさあ、門の周りとかに兵隊さんがたくさん集まっていて物騒な感じもする。お祭りだっていうのに」


 旦那はおもむろにサフィの隣席に腰掛けた。この店の経営者だという。飯屋は決して綺麗ではなく、むしろ薄汚い部類だったが、間口が広く開いていて、入りやすかった。旅人は中の状況が分からない閉鎖的な料理店を嫌う。人相の悪い連中がたむろしていることもあれば、逆に外観とかけ離れた高級料理店であることも少なくない。


「今さら祭典がなんだってことだよ。到底、お祭り気分なんかには、なれやしねえ」

 

 ちょうど別の客が会計を済ませて帰ったばかりで、飯屋にはサフィのほかに店主と給仕がいるだけだった。店仕舞いまでの時間、客を掴まえて暇潰しのお喋りでもしたいのだろうか。


「大きな戦争が終わって」


 戦争の話だ。先ほど、カルナヴァルは戦勝記念だと聞いた。復員した兵士の為のセレモニーが主眼の特別な催しだという。愚痴を聞かされるのは御免だったが、店主の横顔にはかげりがあり、話し振りも哀調を帯びていた。


「戦地に行ったもんの半分が、遺体袋で還ってきた」 


 長く続いた大きな戦争。健康な若者は大半が駆り出され、郊外の農村では年寄りまでが召集された。この城塞都市は終始安泰だったものの、訃報は途絶えることなく届いた。


 貧民窟の息子たちが危険な前線に送られたのではなかった。どこが激戦地になるか見当の付かない厄介な戦いで、後方の駐屯地にいた有名どころの御曹司も犠牲になったと話す。


「骨を拾われたもんは、まだマシだ。み込まれたとか、喰われたとか、そんな風に跡形もなく消えた兵士も大勢いたってんだ」


 敵の勢力は他国の軍隊ではなかったようだった。サフィがいても、店主の答えは曖昧で、要領を得ない。相手は巨大な猛獣か化け物の類いのようだが、姿形を知る者は殆どいないと話す。襲われた兵士はことごとく戦死し、目撃して生きて還った者は、ひと握りらしい。


国盗くにとり取り合戦なら、勝ったほうが豊かな土地でも財宝でも貰えて、お国の懐が潤うこともあんだろうけど、人外じんがい相手じゃ、そうもいかない。ぼろぼろになって終わりさ」


 城内や街中にいる唸る程の数の衛兵は、その戦争に直接関係していた。遠くの村から出征した兵士は故郷を失い、農家のせがれは畑を失い、貿易商の跡取りは顧客と交易路を失った。失職した復員兵を取り敢えず衛兵や屯田兵に就かせているが、先々のことは誰も知らないという。


「墓ばかり増える。少し行ったところに墓場があるんだが、手狭になって、城壁の外側に新しく造るかどうか議論しているらしい」


 最後に店主は、自分の息子が幼くて幸いだった、と言った。そして、この先また戦が起きれば確実に犠牲になる、と漏らした。



❁❁❁〜作者より〜❁❁❁


第四話は少し短めで、飯屋でのシーンはここで終わり、次は店を出た後の移動途中から始まります。


戯曲風に、ひとつの場所を一幕とすることが理想ですが、展開には長短があります。脚本では同じ場所の場合「一場、二場」と区分けしますが、この作品ではエントリーごとに「〜幕」と記します。

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