07第七幕『天穹から宝石が舞い降りる夜』

 宿に戻るとお客さんが待っていた。有り難くない客人で、しかも大勢いた。衛兵の群れである。またもやサフィは自分が脱獄犯であることを忘れていたのだ。観念するしかないレベルの大群で、直ちに背後も取られた。


「話せば分かります」


 サフィは目の前にいる年配の衛兵に訴えた。忽ち捕縛されると覚悟したが、そうでもない。居並ぶ衛兵の後ろから、小柄な老人が出て来て、申し訳なさそうな顔をする。服装から例の白装束の一味と知れた。


「あんたさんが、魔道士かね」


「ええ、通りすがりの黒魔道士です」


「待ち侘びたぞな」


 捕まえに来たのではなく、お招きする為の参上したのだという。行き先はいずれにしても城だが、待遇に随分な差がありそうだ。四方を囲む大群の衛兵が配備された理由は分からない。暴れ回るとでも想定したのか、それとも単に暇なのか…


「ご招待とは、これまた嬉しいけど、理由を聞かせてもらってもいかな」


「ある古老の聖職者が落ちた橋の様子を見まして、これは面白いと。で、破られた牢獄の具合を見まして、これは大変なことだと。大昔に、同じような術を使う魔道士がいたとか、いないとか」


 回りくどい物言いで、部分的に意味不明だったが、サフィが理解する限りだと、脱獄時に用いた魔法の痕跡が珍奇で、古老が興味を持ったのだという。目の前の老人が、古老と呼ぶ者とは一体どれ程の年寄りなのか。


「なんとなく諒解したけども、もう夜も遅いんだし、明日でもよろしいんじゃないかな」


 サフィがそう言うと、白装束の老人はさらに困った顔をした。


「それもそうなんじゃが、今日は色々とあって、その古老が帰りたくとも帰れず、城の中で監禁状態で、戻りたくとも戻れず。探し出して連れて来いとのお達しも出て…ゲホ、ゲホ」


 激しく咳き込んだ。こんな夜更けまで、老体に鞭打って疲れ果て、困り果てている。色々とは、恐らく秘宝が奪われた城中某重大事件を指す。カルナヴァルが終わった後も、奥の院では上へ下への大騒ぎが続いているようだ。


「眠いのに眠れないのは気の毒だ。眠りたいのに眠れないのとは、ちょっと違う」


 サフィは同意して、再び宿を出た。もう街は寝静まって、家々の灯りも乏しいというのに、城内には徹夜組が大量発生している模様だ。大騒ぎになるのも無理はない。奪われたものは正に秘宝中の秘宝である。不思議な七色の光を発する極めて貴重な宝石で、見る者の全てを魅了する。


 夜空から星が降ってきた。


 宿の前の狭い道で、サフィは天を仰ぎ、腕を突き上げる。ひとつの星が降って来る。道に溢れかえる大勢の衛兵も一斉に空を見上げた。細雪のように、ゆっくりとした速度で降りて来る。


 それは近付くに連れて強く輝き、やがてサフィのてのひらに収まった。先程、盗人少女から授かった宝石。ざわめきが波になって押し寄せた。白装束の老人は腰を抜かしてへたり込み、最前列にいる衛兵は大声を上げた。


「そ、それは…分かった、お前が犯人だ」 


 犯人ではない。犯人は知っているが、もう追う必要もなければ、捕らえる必要もない。これを返せば盗難事件は一件落着だ。サフィは、老人に光る石を手渡し、譲り受けた経緯を簡潔に陳述した。

 

「こんなに眩しく光ってるのは初めて見た。これは摩訶不思議な」 


 老人は驚いで座り込んだまま、立ち上がれなくなった。


 聖職者に就く前から数十年もこの宝石を見てきたが、オレンジ色に煌めくことはあっても、赤い色は初めてだという。魔道士の性質か、サフィの魔力量に関連している気配も濃厚だが、詳しいことは分からないようだ。


「なんとも、面倒事が一遍に片付いたぞな」


 魔道士の案内ついでに事件も解決した。一刻も早く報告せねば、と老人は踏ん張ったが、どうにも身体の自由が効かない。宝石を抱えたまま衛兵に担がれて、城へと向かう。


 黒魔道士を少し気味が悪く思ったのか、衛兵の集団はサフィから若干の距離を置いた。大集団の中にぽっかり空いた不自然な空間。神輿のように担がれる白装束の老人。街の人々が起きて見ていたら、カルナヴァルの続きと勘違いしただろうか。


 支離滅裂な大行進は中央広場を越えて進んだ。



❁❁❁〜作者より🪄〜❁❁❁

冒頭に出てきたお城に出戻り、次回は城内のシーンになります。


サブタイトルにも使った「螺旋城」。何となく頭に浮かんだのだけど、アニメ『GEAR戦士電童』に出てくる巨大要塞の名だった。あれま。

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