02第二幕『カルナヴァルの仮面は素性を隠す』

 昨晩遅く、サフィはカルナヴァルの最中と知らず、ふらりとこの城塞都市を訪れた。気紛れに近い。久し振りに宿屋に泊まり、旨い飯でも味わおうと思っただけである。気兼ねなく一泊し、昼過ぎに散歩に出たところで衛兵に包囲された。


「そこの娘、お前が犯人に違いない」


 藪から棒にそう言って、いやらしい手付き身体を触り始めた。主要パーツにタッチする寸前に飛んで逃げようと考えていたが、拍子抜けした。中年の衛兵は真面目な仕事人らしく、ローブの内側に何もないと分かるや直様すぐさま、身体検査をやめた。ちょっぴり残念な気持ちになるのは、何故か…


 一方、若い衛兵は頑固者だった。これも仕事熱心なだけかも知れないが、怪しい、怪しいと連呼し、容易に解放してくれなかったのだ。黒魔道士の風変わりな服装が、この地方では見慣れないものらしく、実に胡乱うろんだ、などと呟く。


「取り敢えず、城に来て頂こうか」

 

 どの辺が、取り敢えずなのか…上等だ、と喧嘩腰で絡むこともなく、サフィは大人しく従った。妙な形をした城に興味があったのだ。蛇が蜷局とぐろを巻いたような、斬新で変てこな建築様式だった。


 サフィは別の街で大きな城を見たことがあったが、これは例外中の例外と諒解りょうかいした。少々頭の捻子ねじが狂った奴が造って、気の触れた城主が居るに違いない。見物ツアーなら大歓迎。万が一、面相の悪い荒くれ者が巣食っていたとしても、魔法を使えば逃げるのは簡単だ。


 連行する衛兵は極悪人とは正反対で、城内の備品を掠めたり、横領したりしない素朴な田舎者風情に見えた。本当に悪い奴は面構えが恐ろしく、頬に傷跡があったりして、ついでにドサクサに紛れて色んなところを触る。


「裏口から入るのか…」


 内部の前衛的な構造を確かめることも、金ピカの調度品を拝むことも出来なかった。何しろ囚われの身だ。城の裏手にある汚い通用口から、地下道のような回廊を巡り、牢獄に叩き込まれた。


 昼寝のつもりで微睡まどろんでいたら、本格的に寝てしまった。サフィは最近、不眠症が具合が度を増して、宿屋でも存分に眠れなかった。不思議なもので、牢獄の固いベッドは冷んやりして心地好く、直ちに夢の世界にいざなわれた。そして目覚め、牢を破って外に出てみたら、夜だった。びっくりである。


 カルナヴァルの最中であることは獄中で知った。見張りの衛兵たちが話していたのだ。祭で浮かれている時に厄介な事件が起きた…犯人は独りの娘っ子らしい…ぼそぼそと喋る声が聞こえた。



 そして脱獄を果たした今、都市を挙げての大きな祭りだと知ったのだ。路地裏の奥は静かだったが、城正面の広場に接近するに伴い、闇は光に追い払われ、人々のざわめきも増し、鳴り物の音も轟く。


 カルナヴァルは素朴な村の祭と違い、華やかで大仰で、規模も段違いである。しかし、輝く照明の周辺に群衆が見詰める大舞台があるのでもなく、仮面を付けた男女が手を取り合って踊っているだけだった。歌い手や踊り子が芸を披露するような観てたのしい催しではない。


 その代わり、広場の隅には食べ物の屋台が並び、街の人々が陽気に飲んで騒いでいた。食い道楽、酒飲みの宴である。サフィも真似て一軒の屋台に陣取り、果汁たっぷりの飲み物をぐいと一気に飲み干した。


「お嬢ちゃん、見慣れない格好だけど、旅のお方かい」


 飲み物を注ぎ足しながら、屋台の女店主が言った。何度も、どこでも耳にする台詞せりふだ。訪れた街や村の人は、たいていそう言って話し掛けてくる。ちょっとした挨拶代わりで、それだけで終わることもあれば、会話が弾むこともある。特徴的な服装は、独り旅には悪くない道具だ。

 

「まあ、そんなとこ。この街は初めて来たんだよ」


 相手にもよるが、飯屋の主人と話す機会は多い。食事の時間には限りがあって、長話にならず、客側の都合で切り上げられるのが良い。宿屋の主人も話し好きが多いが、そちらは長時間に渡って拘束され、苦痛を味わう場合もある。愚痴を垂れるだけならまだしも、根掘り葉掘り旅人の個人情報を聞いてくる主人がいて厄介だ。


「ちょっと教えて貰いたいことがあるんだけど」


 今回は違った。サフィが詳しく尋ねる側である。城塞都市の雰囲気は妙だった。カルナヴァルはきらびやかに、いたって陽気な街の人たちで広場は賑わっているのに、路地裏には衛兵が徘徊し、通行人の持ち物検査が続く。しかも標的は、幼気いたいけな少女である。


「昨日、この街に着いたばかりなんだけれど、やたら兵隊さんみたいな人が居て、何かお城のほうで起きたのかなって思って」


「いいえ、知らないわ」


 それだけだった。広場に集う街の人々は楽しそうで、警備陣の姿もない。何か重大な問題が発生し、城壁内での探索が続いていることは確かだが、表沙汰にはなっていないようだ。


 また花火が打ち上げられた。舞踏中の男女も動きを止めて、仰ぎ見る。クライマックスは間伸びして、終わる気配がない。


「これ、何のお祭りなんですか」


 サフィは差し障りのない話題に切り替えた。捜索活動が秘密裡に行われるなら、屋台の主人の耳に届くはずもない。


「あら、あなた知らないで来たの。戦勝記念の祭典よ」


「戦勝?」


「それも知らないの? 戦争に勝って、五十日目のお祭り。遠くに行ってた兵隊さんが還って来て、そのお祝いの祭典ね」


 花火を見上げながら、女主人はうっとりした面持ちで言った。戦争があり、そこで勝利を収めたという。長く続いた大きな争いだと話すが、サフィは知らなかった。以前に立ち寄った町や村でも聞いた覚えがない。


「あれ、何かあったのかしら」


 女主人が急に顔をしかめた。彼女が眺める方向を見ると、奇妙な身なりの集団が疾走している。長いスカートのようなものを履いた白装束の男たちだ。打ち上げ花火に照らされて、白い服が赤や黄色に染まっていた。


 白装束の集団は、女主人によると聖職者とその門弟で、普段は絶対に走ったりしないのだという。戒律とか、そんな為来しきたりから駆けてはならないらしい。七面倒な教義に縛られた門徒と見受けられる。


「お店を閉めたら、礼拝堂に行ってみようかしら」


 ただならぬ気配を察知したのか、彼女は表情を曇らせ、白装束集団が走って向かう先を眺めた。



❁❁❁〜作者より〜❁❁❁


二話目も読んでいただけるなんで感激です。ご祝儀か何かだと思っていました。回想を挟むような時系列の変更は極力少なくしたいと心懸けています。


次回は、サフィ(主人公)が投獄された理由が明らかになります。

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