眠れない黒魔道士のための夜想曲
蝶番祭(てふつがひ・まつり)
第一話『螺旋城の捕囚は太古の地図に印を刻む』
01第一幕『闇を逃れ、闇を放つ銀髪の黒魔道士』
「逃亡しただと…で、こんな穴、どうやって開けたんだ?」
衛兵は叫んだ。彼の目の前には、不可解な光景があった。牢獄の檻が破られている。捻じ曲げ、折られたのではない。牢の鉄柵が綺麗な円を描いて消滅しているのだ。
「見付けたぞ。あれ、飛んでる奴。逃げた小娘に違いない」
駆け付けたもう一人の衛兵が指を差した。城壁の近くに、宙を飛ぶものの黒い影があった。鳥でも、大きな
城の外壁は段々畑に似て、バルコニーが幾つも折り重なっていた。黒い影は、上に向かうのでもなく、また降りるのでもなく、衛兵を嘲笑うかのように、城を取り巻く半屋外の回廊の縁を舞った。
「あの青服の小娘、魔道士だったのか…」
騒ぎを聞き付け、三十人以上もの衛兵が現場に殺到した。誰も手出しできず、逃げゆく影を眺めるだけだった。小剣を投げるにも、弓を引くにも遠過ぎて、ただ、その目で追うしかなかった。
やがて、黒い影は城外に出て、附近の建物の屋根に降り立った。
「ふう、危ないところでもなかった。もう、誰も追っては来れまい…って、追ってくるし」
警笛が激しく鳴って、衛兵が一斉に城の庭に出て来た。どれだけ心配性なのか。衛兵の数は増えに増えて、数十人規模と化している。脱獄囚を絶対に取り逃がさない構えだ。
屋上の黒い影は、ふうっと溜息をひとつ吐くと、片手を差し出し、握った拳を城のほうへ向ける。人差し指、親指、中指、そして小指、薬指の順に開き、しっかり狙いを定めて、放った。
止め
音は響かなかった。衛兵の小隊が渡ろうとする橋を破壊したのだが、砕かれる音は聞こえなかった。ただ、橋のあった場所が、橋桁も含めて、すっぽりと無くなっていた。
先頭集団の衛兵は
「だから人数が多過ぎだって。いくらなんでも大袈裟だよ」
衛兵たちの蜂の巣を突いたような大騒ぎを見て、屋根の上の黒い影は呆れた。風に長い髪が靡き、アズールブルーのローブが翻った。年回りは十五、六に見える。
少女は名をサフィといった。黒魔道士である。生まれ故郷の婆やは、別に服装に縛りはなく何でも良いと話していたが、深い湖のように碧い服を選び、好んで纏った。つばの広い帽子は、定番だと聞き及び、通り縋りの町で購入したものだ。
彼女には何事もスタイルから入る癖があって、魔法の発動でも決めのポーズを独自に考案し、時間に余裕がない場合でも優先することが少なくなかった。お洒落で、お喋りで、どこにでもいる普通の娘に見えるが、そうでもない。特殊な黒魔法の使い手だ。
「これで当分、追手は来ないかな。諦めて欲しいんだけど」
城内で混乱する衛兵たちを一瞥すると、街の暗がりに向かって再び翔んだ。碧いローブと長い髪は蝶の
研ぎ澄まされた剣のような色だと誰かが評した。黒魔道士サフィの長い髪の毛は銀色である。しかし、金色に見えたり、黄緑色の如く輝いたり、また紫がかって見えることもあった。不思議な鏡のようだ、と誰かが言った。
その長い髪が今、赤く光った。ほぼ同時に爆発音が響き渡る。打ち上げ花火だった。恐らく城の正面、高い城壁の辺りから何発も立て続けに打ち上げられた。カルナヴァルのクライマックスを飾っているのだろうか。
「なにか見世物でもやってるのかな」
サフィは屋根伝いに光源を目指した。ひと
「きゃああ、やめて」
路地裏から悲鳴が聞こえた。
「何も隠してません」
三人の衛兵が娘の身体を触りまくっている。この変態め、と飛び掛かろうとしたが、男たちは捨て台詞を吐いて、直ぐに娘を解放した。所持品の検査をした模様だ。そうした彼らの振る舞いには身に覚えがあった。
路地裏に建つ家屋の
❁ ❁ ❁〜作者より〜❁ ❁ ❁
こんな感じです。旧作を読んで頂いた方々の期待に添えるかどうか、不安も覚えますが、まあ、こんな雰囲気で物語が進みます。
主人公視点の三人称で、基本的に時系列は崩しませんが、次回は例外的に冒頭に回想が入ります。
サフィ(主人公ちゃん:女性なのです)はどっかの屋根の上にいる状態で、到着から牢獄に拘禁されるまでを少しだけ振り返ります。
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