第2話 アイ・オープナー

同じ職場になってから、暁とはすぐに仲良くなり、仕事帰りに食事に行ったり、

遊びに行ったりする様になっていた。


 思えば、あの頃から暁は海を見に行くのが好きだった。

二人で出掛けると、必ずと言って良い程海を見に行った。


 いつもの様に海を見に行ったある日の事だった。

その日の暁は少し落ち着きがなく、口数も少なくただ二人で海を眺めていた。

沈黙を破るように、暁が私の事を好きだと呟いた。

鈍感だった私は、その言葉に驚いて暁を見た。

暁の手は震えていて、顔はほのかに赤らんでいた。


 私の気持ちは?私は暁をどう思っているの?

頭の中で自問自答して出た答えは、友達だった。

その時の私にとって、暁は友達でそれ以上でも以下でもなかった。

正直に答えた私に対して暁は、

「わかってる。でも、俺はあきらめないから。」

そう言って、微笑んでいた。

「今まで通り、友達としてよろしくね。」

「うん。」

あの時の私には、そう答えるのが精一杯だった。


 暁の告白から数か月・・・

暁は言葉通り、今まで通り友達として接してくれていた。


二人で食事に行き、家まで送ってもらったある夜・・・

突然訪れた沈黙に耐え切れず、何か話そうと口を開きかけた途端、私の唇に

暁の唇が重なっていた。

暁の唇は荒れてガサガサとした感触と、暁が飲んでいたコーラの香りがした。


「ごめん・・・」

「ううん・・・」

 何を言ったら良いのかわからず、また明日と声を掛けて車を降りていた。

気付くと自分の部屋で、唇に手を当てて涙を流していた。

何故涙が流れてくるのかは分からなかった。

コーラの香りは涙の味に変わっていた。


 私は暁の事をどう思っているの?

暁が好きだと言ってくれた事を忘れたわけではなかった。

今まで通り・・・その言葉に甘えていたのかもしれない。

暁は今までどんな思いで私に接していたのだろう・・・

これからも今まで通りで良いの?

むしろ、今まで通りで居られるの?

 眠れぬ夜は過ぎていき無情にも窓の外は明るくなっていた。


 「朝になっちゃった・・・」


 どんな顔をして暁に会えば良いのか・・・

暁はそんな私の不安を吹き飛ばす程いつも通り、それどころかいつも以上に

笑顔だった。

それが暁の答えなら、自分もいつも通り接しよう。


 それからどの位の時間が経ったのだろう。

気付けば冷たい風が身に染みる冬になっていた。


 「美波ちゃん、今日の帰りちょっと話せる?」

 「大丈夫だよ。」


 待ち合わせた駐車場で暁は煙草を吸って待っていた。


 ーあきちゃんの煙草を吸う仕草、何か好きだなー


 そんな事を思いながら暁に声を掛けた。

 「遅くなってごめんね。」

 「お疲れさま。ううん、大丈夫。俺こそ急にごめんね。」


 何故か沈黙が続き、暁の顔をまともに見る事もできず俯いていた私の耳に入って

来た言葉は耳を疑う様な言葉だった。

顔を上げた私の目に映った暁は笑顔だった。


「俺さ、美波ちゃんの事諦める事にした。」

 何も答える事ができず、ただ黙って暁の言葉を聞いていた。

「だから、今まで通り友達って事でよろく。」

それだけ言うと、暁は車に乗り帰って行った。

私の言葉は何一つ求めていなかった。


一人残された私は、その場所から動く事ができなかった。

どうやって家へ帰って来たのかも覚えていなった。

気付くと部屋で膝を抱え、涙が頬を伝ってた。


ー私はどうして泣いているんだろうー


暁の事が好きなのか、自分の気持ちは分からなかった。

けれど、暁が離れて行く事が途轍もなく怖かった。


それからの私達は、顔を合わせても挨拶する程度で話をする事はなくなった。

気付けば年を越し、お正月を迎えていた。

笑う事もなくなっていた私の元に、一通の年賀状が届いた。

宛名の文字を見て、誰からの物なのかすぐにわかった。


ー暁からだー


「今年もよろしく」たった一言だけの年賀状だったけれど、何故か涙が溢れて

止まらず、暁の文字が涙で滲んていた。


ー暁からのたった一言がこんなにも嬉しいんだー


久しぶりに笑顔になっていた。


 それからの私達は、以前の様に仕事以外の話もする様になっていた。

そんなある日、暁から話があると誘われた。


ーなんの話だろう。どうしようー


聞きたいような、聞きたくないような複雑な気持ちで待ち合わせの場所へ向かった。

二人きりで会うのは久しぶりで、鏡の前で笑顔を作ってみたが、その顔は緊張でこわばっていた。

「お待たせ。遅くなってごめんね。」


待ち合わせの場所に着くと、暁はいつもの様に煙草を吸って待っていた。


「ううん。俺もさっき来たところだから。」


話ってなんだろうと気になりつつも、自分から話を振る事もできず、暁の言葉を

ただ待っていた。

ほんの数分の事だったけれど、途轍もなく長い時間に感じられた。

煙草の火を消した暁が、口を開いた。


「俺さ、美波ちゃんの事諦めるの諦めた。」


暁のその言葉を瞬時に理解する事ができなかった私は困った顔でもしていたのだろう。


「いきなり意味わかんないよね。」

暁が笑って髪をかきあげた。

「えっと、ごめん。ちょっとわかってないと思う。」

「俺さ、美波ちゃんの事諦めようって思ったんだけど無理だった。諦めようと思えば思うほど好きになって、苦しくて・・・だから、諦めるのは無理だってわかった。」


 ー何て答えれば良いのだろうー

色々な事が頭の中を駆け巡り、何も答えられずに俯いていた。


「だから、諦めない事にしたんだけど、美波ちゃんの事好きでいても良いかな?」


 暁のその言葉が私はとても嬉しかった。けれど、私は暁の事が好きなのか・・・

相変わらずわからなかった。


「それは全然・・・大丈夫。だけど・・・」

「美波ちゃんの言いたい事はわかってるよ。だから前みたいな関係に戻りたい。

勝手な事言ってるのはわかってるんだけど、駄目かな?」

「ううん。あきちゃんがそれで大丈夫なら私も大丈夫。」

「ありがとう。良かった。断られたらどうしようって凄く緊張した。」


髪をかきあげながら照れくさそうにする暁の笑顔がとても懐かしかった。


前の様な関係に戻ると言うより、以前よりも二人で過ごす時間が増えていた。

会社帰りによく二人で食事にも行く様になり、帰りには必ず海を見に行った。

そんなある日、お互いの友達と少し遠出をしてテーマパークへ出掛けた。

久しぶりの場所にはしゃいだ私は帰りの車で寝てしまっていた。


「美波ちゃん、家に着いたよ。」

「ごめん。寝ちゃってた・・・運転お疲れさまでした。ありがとうございました。」

運転してくれていた暁の友達に挨拶をして、車を降りた私を暁が追いかけて来た。

「美波ちゃん、忘れ物ない?」

そう言いながら、友達に気付かれないように私の手に何かを握らせた。

「じゃ、また会社でね。」

そう言って、車に乗り帰って行った。


ーなんだろうー


車を見送り、手を広げてみるとピンクの花の指輪があった。

それは、私が可愛いと言って見ていた指輪だった。


ーあきちゃんいつの間に買ったんだろうー


指輪を買う暁の姿が目に浮かんで、自然と笑顔になっていた。


ー私、あきちゃんの事好きなんだー


ようやく自分の気持ちに気が付いた私は、指輪を握りしめて涙を流していた。

自分の気持ちに気付くのに、何年かかったんだろう・・・

それでも、暁を好きだとわかった事が嬉しかった。

やっと、暁に伝えられる。

やっと、暁を安心させてあげられる。

暁の笑顔が目に浮かんで、愛おしくて堪らなかった。


ー早くあきちゃんに伝えなきゃー


「待っててね、あきちゃん。」


そう呟いて指輪にそっと口づけをした。

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Blue Tears 翠姫 @Mizuki_25

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