泡となって消える前に ライトなBL 2人用台本

ちぃねぇ

第1話 泡となって消える前に

0:バーにて


隆二:マスター、おかわり

和馬:その辺にしとけ、つぶれられたら困る

隆二:いいじゃん、売り上げに貢献してんの

和馬:居酒屋じゃねーんだ。…もうお前味分かってねぇだろ。俺が作るカクテルを無駄に消費すんな

隆二:客になんてこと言うんだよ~

和馬:ダチとして言ってんだ

隆二:ダチだってんなら今日くらい優しくしろよぉ~俺が今日完璧に失恋したの知ってるくせにー

和馬:達也、タキシードきまってたな。有希ちゃんも綺麗でよ

隆二:お前、意地悪いぞ

和馬:…絡み酒するくらいなら、うだうだ言ってねぇで玉砕覚悟で奪いに行きゃよかったんだよ

隆二:傷口広げんのやめろよ…

和馬:自業自得だ馬鹿。俺は何度も忠告したはずだ、このままでいいのか後悔するぞって

隆二:だって…どうしろってんだよ。俺は男で、あいつも男。あいつ普通にノンケだし…教師になるくらい子供好きだし

和馬:それでも、動けばまだ可能性はあったろ

隆二:ねーよ。俺がどうあがこうが、結末は一緒だったんだから…だったら何のあと腐れもなく、結婚式で友人代表スピーチできるくらいには仲いい友達でいたほうが得じゃん。俺賢い選択したと思わねぇ?

和馬:…だったら、その選択を誇れよ。自分が望んだ未来だろうが

隆二:望んだけどさぁ…望んではいないんだよぉ~

和馬:あーもううっさい。とにかく水飲め、水

隆二:やだ、酒くれ

和馬:やらん

隆二:なんだよ~

和馬:おい、その状態で棚に触れるな

隆二:おっとと…(本が落ちる)

和馬:言わんこっちゃない

隆二:わりぃわりぃ。…あれ、何この本

和馬:アンデルセン童話だ。適当に見栄えしそうな洋書飾ってんだ、映えるだろ

隆二:へぇ。…見ていい?

和馬:いいけど…洋書だぞ。お前読めんのか?

隆二:アンデルセン童話ってあれだろ、ヘンゼルとグレーテルとか、ラプンツェルとか。挿絵(さしえ)あるし、タイトルくらいならわかるって

和馬:…お前それグリムな

隆二:え?

和馬:赤ずきんとか白雪姫とか、日本人になじみのある昔話はたいていグリム童話の方だ。アンデルセンが書いた方はあんまり知名度高くねぇよ

隆二:アンデルセンって作家の名前だったの?じゃあグリム童話書いたのもグリムさん?

和馬:そっちはグリムって兄弟がドイツで集めた昔話をまとめたもんだ、アンデルセンと違って書いてねぇ

隆二:じゃあアンデルセンの方が偉いじゃん

和馬:偉いってなんだ

隆二:ゼロから生み出したほうが偉いだろ?

和馬:あちらこちらに散らばる昔話を聞いて回ってまとめんのも大変そうだけどな

隆二:…アンデルセン童話ってなにがあったっけ

和馬:みにくいアヒルの子とか…人魚姫とか

隆二:あ、人魚姫なら知ってんぞ。…あれだろ?人間に恋した人魚姫が声と引き換えに足もらって王子に会いに行くんだけど結局フラれて、悲しみのあまり泡となって消えるやつ

和馬:覚え方雑だろ。ほとんど合ってるけどほとんど合ってねぇ

隆二:どっちだよ

和馬:そもそも、ラストが違うし大サビが吹っ飛んでる。別に人魚は失恋のショックで消えたわけじゃねぇよ

隆二:そうだっけ?お前覚えてるんなら教えろよ

和馬:やだよ、めんどくせぇ

隆二:いいじゃーん、頼むよぉ…な?

和馬:ったく酔っぱらいが。間違って記憶してっかもしんねぇけどクレームは受け付けねぇぞ

隆二:おう

和馬:…昔々、人間の世界に憧れる人魚がおりました

隆二:おー(拍手する)

和馬:ある日、人魚は初めて人間の世界に顔を出しました。そして船の上にいるピカピカ王子に一目で恋に落ちました

隆二:人魚チョろ

和馬:ところが、風にあおられた王子は船の上から落ちてしまいます。人魚はすぐさま王子を助け、浜辺へと連れて行きました

隆二:流石人魚

和馬:しばらく王子を眺めていた人魚ですが、人の気配がして驚いて海に帰りました。しかし王子のことが忘れられません。人魚は海の底に住む魔女を訪ねると、王子に会いに行くために人間にしてくれと頼みました

隆二:で、足と声を交換するのか

和馬:呪い付きでな

隆二:呪い?

和馬:魔女が条件を付けたんだよ。「王子が他の女と結婚したら泡となって消える」って

隆二:なにそれ、ひっでー条件

和馬:その条件を飲んだ人魚は人間になり、王子に会いに行きました。しかしアホ王子は海でおぼれていた自分を助けてくれたのは、あの時人魚と入れ違いに浜辺に現れた娘だと勘違いして恋に落ちていました

隆二:うーわ。だから泡となって消えたんか

和馬:だから大サビを吹っ飛ばすなっての

隆二:え、まだなんかあったっけ

和馬:黙って聞いとけ。…このままでは妹が消えてしまうと思った人魚姫の姉は、人魚にナイフを手渡してこう言いました。「これで王子を殺せば王子は他の女と結婚できないから消えずに済む」と

隆二:突然のサスペンス

和馬:人魚は王子の寝室に忍び込みました。…けれど、王子を刺すことはできず、ナイフを海に投げ入れ自身も海に飛び込み、泡となった消えましたとさ。おしまい

隆二:…そんな話だったっけ

和馬:大体な

隆二:人魚バカじゃん。助けた相手間違えるようなアホ王子、殺しとけば助かったのに

和馬:……お前がそれ言うのかよ

隆二:どういう意味だよ

和馬:お前だって刺せずにへらへら笑って、友人代表スピーチ完璧にこなしたろ。拍手喝采(かっさい)だったじゃねぇか

隆二:そ、れとこれとは話がちげーだろ

和馬:なんにもせずにただ見てたって点は一緒だろ。人魚だって喋れずとも「お前を助けたのは私だ」って王子にジェスチャーしたり姉頼ったり、やりようはあったはずだ。それをただただ諦めて消えたのは自業自得だろ

隆二:……じゃあ俺も、泡になって消えるの

和馬:かもな

隆二:馬鹿じゃん

和馬:だから動けって言ったんだ

隆二:なんだよ~慰めろよ~!ダチだろ!

和馬:だから何度も背中押してやったろ、ほんとにいいのかって。その度に「これでいいんだ」とか「関係を壊したくない」とかほざいて何もしなかったのはどこのどいつだよ

隆二:だって…!……ノンケのお前にはわかんねぇよ。友達だと思ってた男にそういう目で見られてるって知ったら…キモいだろ普通。引くだろ

和馬:カテゴライズすんな。ノンケだとかゲイだとか、そういう枠で人をくくんな

隆二:くくるよ、そりゃ。性的思考がそんな軽々しく超えられるわけねぇだろ

和馬:…そーか?好きになった奴がたまたま性別一緒だったってだけの話だろ

隆二:…だからノンケは嫌なんだ

和馬:あ?

隆二:選択肢があるくせに不用意にこっちに来やがる。…こっち来たっていいことねぇんだぞ。周りの視線は冷たいし誰にも祝福されない、子供だって持てない。そっちにいられるならそれに越したことねぇだろ

和馬:来てほしくなかったのか?…何もしなかったのが正解だったのか?

隆二:だって…好きなやつ、絶対不幸にしかなんない道…歩かせたくねーだろ

和馬:お前といると不幸になるのか

隆二:なるだろ、そりゃ

和馬:なんで

隆二:なんでって…だから、誰にも祝福されないし、結婚も子供もできないし

和馬:祝福はいらねぇ。…お前だけいればいい

隆二:え…

和馬:子供だって興味ねぇし…あ、猫は飼いたいけど

隆二:何の話

和馬:お前さぁ、いい加減俺の前で達也のことでうだうだ言うのやめろ。ムカつくんだよ

隆二:…ごめん

和馬:…隆二、お前適当に謝るな。俺がなんで怒ってんのかわかってねぇよな

隆二:…うん

和馬:頷くなよ、素直かよ。…俺は正直、どっちでもよかったんだよ。背中押してそうなったらそれでもよかった。でもお前は動かなかった。だから悪いのはお前

隆二:和馬?…何言ってんの

和馬:わかんねぇかなぁ?

隆二:わかるわけねぇだろ

和馬:はぁ………ちょいツラかせ

隆二:え?…っ!(リップ音・カウンター越しにキス)

和馬:…分かった?

隆二:なんで…キス…

和馬:誰かをさ~真っすぐに見てる奴って…いじらしくて可愛くねぇ?

隆二:お前…………俺が好きなの?

和馬:お前鈍すぎ

隆二:だってお前…ノンケなのに

和馬:だからカテゴライズすんな。俺、お前で想像して勃ったし

隆二:た…ったって…

和馬:手ぐすね引いて待ってた。お前がフラれるの

隆二:なっ

和馬:そしたらつけ込んで飛び切り優しくして…俺のこと見てくれっかなーって。なのにお前、うだうだ動かねぇし…イラついたわ。さっさと玉砕して来いっつーの

隆二:おま、それはサイテーだろ

和馬:お前と達也が上手くいったらちゃんと諦める予定だったよ。それくらいの気持ちしかなかったからな、初めは

隆二:……今は

和馬:ん?

隆二:今は…どれくらいの気持ちで言ってんの

和馬:そーだなぁ…端的に言えば、もう誰にも渡さねぇ…いや、渡せねぇかな。悪いけど、一回手に入れたら離す気ねぇんだわ

隆二:なんで手に入れた前提で話すの

和馬:そう決めてたんだよ。お前が達也んとこ行くならそれでよし、行かねぇならもらうってな

隆二:勝手に決めてんじゃねぇよ。お前…男同士がどんなもんかわかってねぇだろ。親だって親戚だって…泣くぞ

和馬:言ったろ。…祝福なんていらない。お前だけいればいい。…これくらいの覚悟じゃ、足りねぇ?つか、俺らとっくに成人してるし、親とかどうでもいいだろ

隆二:よくはないだろ

和馬:いいんだよ。少なくともうちは、他人に迷惑かけず本人が幸せならなんでもいいって感じで育てられたからな。…あ、猫は飼いたい。アレルギーあったりする?

隆二:多分…ないけど

和馬:おし、じゃあ問題なしだな

隆二:問題だらけだよ…俺、まだ達也のこと…好きなんだけど

和馬:いいよ、それで。時間かけて忘れさせてやる

隆二:…ダメだったら

和馬:そんときゃそん時だ。やる前から諦めて泡になんな

隆二:…俺、人魚じゃねぇし

和馬:おう、魚よりヤりやすそうだ

隆二:マスター、デリカシー!

和馬:うちには置いてねぇ、諦めろ

隆二:お前…それで口説いてるつもりかよ

和馬:おう。これから全力出してこっち向かせてやるから…覚悟しろよ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泡となって消える前に ライトなBL 2人用台本 ちぃねぇ @chiinee0207

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ