第9話

太陽が真上に掛かった頃、勇樹はミニバンの中にいた。外は最後の力を振り絞りっているためか車内にまで蝉の声が響いていた。

「西って車で行くんだね」

「数時間掛かるので寝てもいいよ」

蒼は後ろの席を見た。そこには最大まで倒し、アイマスクをつけている慶がいた。彼の横には黒い筒状の物が置いてあった。竹刀に似た形をしているが袋にはいっているためなんだかわからなかった。

「僕に気を遣わないでね」

微笑んでいるが、慶を見る目が鋭くゾクリとした。

「眠くないので大丈夫。慶さんとは双子なんだよね。いつもに依頼を受けているの?」

「残念ながら双子なんだよ」大きなため息をついて、彼はまた慶を恨めしそうな顔で見た。「そして残念ながら常に一緒に仕事している」

「残念なのか? 外見一緒にして仲良しじゃん」

「いや」悲しそうな顔をして蒼は首を振った。「同じ格好をしている事で入れ替わることもできるから。後は能力の性質的に協力したほうが戦いやすい」

「入れ替わっても霊力の形が違うからすぐバレん じゃん」

「え? 霊力の形が分かるの?」

突然大きな声を出されて驚いたが、運転手の丹波は気にせずに真っ直ぐ前を見ていた。

「普通わかんじゃないのか? センセイも知ってたし」

「想さんは天才だから」

蒼は眉を寄せた。

「あのさ。霊力の形から個人の情報とかわかる?」

「個人情報なぁ」

遠まわしな言い方に何を隠しているのだと勇樹は思った。

じっと蒼を見てから慶、そして丹波を見た。それから自分自身も確認した。気にしたことなかったがよく見ると慶、丹波そして勇樹は霊力の形は似ていた。色については勇樹だけが赤かった。

「俺だけ赤いな。後は青いけど……。それと皆それぞれの形してんだけど蒼さんだけ系統が違うっていうか。アレか女だからとか?」

「あー。まぁ……」いずれバレることだと蒼は諦めた。「やっぱり霊力の形で分かった?」

「霊力がそれぞれの形をしているのは知っていたけど、性別で差があるのは知らなかったな。だいたい系統が違うのも今気づいた」

「じゃ、なんで女だって言ったの?」

「なんとなくな。霊力関係なしに知ってたし」

「なにそれ? なんで? なんでわかるの?」

しつこく理由を聞かれたが、感覚で分かるモノであるため言語化が難しかった。余りに何度も聞くため面倒臭くなってきたその時、後ろで聞いた事がない低い声がした。

「幻さんみたいに守ってくれる人があればいい。けど、そうでない奴は使われる。特に霊力の強い女は」

声の方を向くと、アイマスクを持ち上げその隙間から除く慶がいた。彼の声を初めて聞いた。

「あのさ。これは俺の感だから誰でもわかるもんじゃないと思う」

性別を必死で隠す蒼を少し哀れに思った。

「そっか」

勇樹の言葉に、蒼は安心したように椅子の背もたれに寄りかかった。後ろを見ると慶がまたアイマスクをして寝ている。

それからかなりの時間が経ち、車は大きな門の前に止まった。表札には「花ケ前」の文字があった。

「じゃいくよ」

「うーん」蒼は気が乗らない返事をした。「幻さんが花ケ前陽真を襲撃したのは理由があったのだと思うよ。だから、見舞いなんて必要ないんじゃない?」

眉をよせる蒼に慶も大きく頷いていた。

「なら、俺一人で行く」

「行かないとは言っていない」

幻も花ケ前を苦手としているようであったが、佐伯派の人間は皆同じ気持ちらしい。しかし、身内が怪我させたなら謝罪に行く必要あるということで純がアポを取った。その純は他の対応に追われて佐伯の家を空けられずにいた。

死魔との約束がある勇樹にとっては好都合な話だった。

運転手の丹波に礼を言うと勇樹は車から降りて、花ケ前の大きな門を見た。佐伯の家と変わらない大きさあるがまるでヤクザの家のようなで花ケ前の方が迫力があった。

文句を言いながらついて来る蒼を横目にチャイムを鳴らした。

インターフォンで使用人らしき人と事務的なやり取りをすると、男性が出てきて屋敷内へと案内してくれた。文句を言っていた蒼は花ケ前の人間を目の前にすると大人しくなった。

花ケ前陽真の自室の前までは三人案内されたが、入室は勇樹のみしか許可が下りなかった。蒼が文句を言っていたが勇樹はソレを止めると、挨拶をしながらゆっくりと部屋に入った。

「庵海斗の身体に入った黒鉄雄路の息子?」

ベッドに座った少年が不躾な言い方をしてきた。彼の様子に勇樹は面倒臭くなり二言三言会話して帰宅しようと思った。

「お初にお目に掛かります。佐伯の次期当主で黒鉄勇樹と申します。ご存知の通り身体は庵海斗のものです。このたびは佐伯の家モノが怪我を負わせたということで大変申し訳ございません。本日はまことに失礼ながら何も用意して御座いません。後ほど……」

「あぁ、いい。そんなのはどうでもいい」腹立っているようで、大きな声を出して勇樹の言葉を止めた。「俺が花ケ前陽真だ」

「存じておりま……」

「違う。お前はそんなじゃないでしょ。腹割って話そうよ」

彼の大きな黄色い目は勇樹をじっと見た。さっさと終わると思っていた勇樹の期待は外れた。

「俺は悪霊と会話でいるし霊体の気持ちが分かるんだ」

「黒鉄勇樹(俺)の気持ちも分かんのか」

彼の希望通り取り繕うのをやめた。

「死魔に色々教えて貰ったみたいだね。まずは彼の言葉を肯定しよう。佐伯想は俺が殺した」

それを聞いて、気持ちが分かるというより、記憶もしくは心が読めるのではないかと勇樹は思った。

「センセイはなんで、魔力で応戦しなかったんだ?」

「へ? そこ? 」陽真は勇樹の質問に驚いた。「佐伯想をセンセイと呼んでいたほど慕っていたんでしょ。俺がそのセンセイを殺したんだよ」

「いや、センセイと呼んでいるのは呼べって言われたから。学校もそうじゃねぇ? 別に先生と呼ぶ教師を敬ってるわけじゃねぇから」

「確かにそうだけど……」陽真は勇樹の反応に困った顔をした。

「だからさ。魔力使わなかった理由は? 自分の寿命を惜しむとかセンセイに限ってありえないと思うんだよね。後死体遺棄したのなんで?」

陽真が自分の質問に答えず戸惑っている様子を見て、一気に質問しすぎたことを反省して勇樹は言葉を止めた。

「一気に聞きすぎた?」

「いや、そうじゃない。質問しすぎたとじゃなくてさ。君の反応だよ。そりゃ、妹みたいに上限解除して襲って来られても困るけど」大きなため息をついた。「なんで、君らは白か黒なんだ?」

「白か黒って、意味わかんねぇんだけど……」とそこまで、言って勇樹は言葉を止めた。「え?  待って、上限解除って? マジ?」

「うん。じゃなきゃ、俺負けないよ。初めて全身再生した」

「へ~。全身再生できんだ」

「お前、呑気だな」陽真は呆れたような顔した。「流石、天魔の血だ」

陽真の言葉に、思い出したようにポンと手を叩いた。

「それ、ロスにも言われたけど俺は俺だよ」

「ロス? あー死魔か」陽真は小さく息を吐いて、頭をかきながら立ち上がった。「これから佐伯幻とこ行くんしょ。一緒に行く」

「なんで?」

「やられっぱなしじゃ、花ケ前の面潰れ」陽真はクローゼットの前に立つと、黒い口元付近まで隠れる上着にハーフパンツを履いた。「お前は佐伯幻を殺すつもりか? 俺は手加減できないよ。じゃなきゃ、やられるし」

「マジかぁ」勇樹は落胆した。「そんなにつえのかよ。幻、死んだら俺がマジ佐伯の当主じゃん」

勇樹の言葉に陽真の顔は一気に険しくなった。

「お前、やっぱり天魔だよ」

「あ~」その言葉は聞き飽きたと言わんばかりに頭をかいてため息をついた。「もう、それはいいや。で? センセイの話。質問に答えろよ」

「そこは気になるのか。佐伯想に『花ヶ前だから強い』って言われてイラってして魔力で攻撃しちゃったんだ。最初は霊幕で応戦してきたんだ。だけど、突然霊幕を解除したんだ」

「へ~、霊体の気持ちわかんだろ。なんて最後言ってた?」

手袋をつけ終わった陽真は呑気に返事をする勇樹を見てため息をついた。

「『おやすみ』って。魂消滅させたから一瞬だった」

それを聞いて、想は疲れていたんだと勇樹は思った。同時に佐伯家を馬鹿にした。いつか死ぬ人間一人に頼るより誰がいなくても倒れないシステムにするべきだ。同じような歯車はいくつもあった方がいい。

「それに俺……そのまま逃げたんだ。魔力使ったから死体は灰になっていると思ったけどそうじゃなかったみたいで佐伯幻が発見したみたい」陽真は気まずそうな顔した。

「みたい?」

「うん。彼女の襲撃を受けた後、久遠のばぁさんに佐伯想について問い詰められた。報告書も書いてなかったから。そん時に死体があった事を聞いた」

「想の遺体つもりもだったんだ」

「父さんの帰り待っていた。俺じゃ判断できないし」

「馬鹿か」勇樹はまた頭を乱暴にかきむしった。次期当主と言っても、力だけのガキだとあきれた。

陽真は泣きそうな目で勇樹を見た。

「お前は九つだっけな。はぁ、ガキか」

馬鹿なのはこんなガキに家をまかせた大人だとため息がでた。そこで、彼の父花ヶ前陽炎が悪魔になったことを思い出した。

「クソだな」

「え?」

「お前の親父は悪魔になった。もう帰ってこねぇよ」

「そんな……」床に座り込んだ陽真からはさっきまでの勢いがなくなった。「どうしよう……」

瞳を潤ませて途方に暮れる陽真は見て、自分関係がないと、彼に背を受けた。その瞬間、服を引っ張られた。

「待って……」

「俺、幻のとこ行かないと。泣いてるガキの世話はできねぇ」勇樹は彼の手を振り払った。「自分で立て。同じ、次期当主としてなら協力してもいい」

そう言うと、勇樹は部屋を出てい居た。一人の残された陽真の目からは涙があふれた。それは床に池を作った。

「俺はガキじゃない。ガキじゃ」

悔しさで顔が歪み、床を叩いた。その手に、自分の涙がついた。

何が悪い。

置いて行った父、花ケ前陽炎。

殺された佐伯想。

襲撃した佐伯幻。

拒否した黒鉄勇樹。

違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。

床を叩きすぎて、ヒビが入った。

「俺はガキだ」

顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった。

立ち上がり、近くにあったタオルで顔を拭くと今までの自分を振り返った。

「俺は強い。だけど、馬鹿だ」


―同じ、次期当主してなら協力してもいい。―


「同じ土俵にたつ」


和をモチーフにした花ケ前家とは全く違う洋館というより、城のような建物の前に勇樹と蒼それに慶が立っていた。周りには多くの木や建物があり、それらは高い塀で囲まれていた。

「花ケ前陽真は協力するって言ってたんだよね? なんで断った?」

蒼が霊幕で身を包んで準備運動をしながら聞いた。その横で、慶が袋を掛けていた。車にあった時気になっていた代物だ。

「面倒臭くから」

「え? 見せ場持ってちゃうとか? 強いなら任せればいいじゃん」

「いや、泣き崩れた」魔力も混ぜた真っ赤な霊幕で身を包んだ。

「なんで?」

 蒼の話を聞きながら、勇樹は横目で慶を見た。彼は袋から刀を出していた。

「花ケ前陽炎が悪魔になったがもう家には戻らないこと伝えて」

「え?」

「そうなのか?」

ずっと黙っていて袋から出した刀を腰に差した慶が声を上げて驚いた。それを見て勇樹はカッコイイなと思った。

「あれ? 言ってなかったかぁ」

 慶は目を細めると、腕は使い通信を始めた。

「息子に言ったんだ。そりゃ泣き崩れるよ。確かまだ小学生ってきいたけど」

 蒼は通信してる慶を確認すると軽く頷いてから勇樹に視線を戻した。

「次期当主だろ。だから、“自分で立て”って言って置いてきた」

淡々と話す勇樹に蒼は手で顔を隠して大きくため息をついた。通信を終えた慶は珍しく悲しげな表情をしていた。

その時、城の玄関が開き「待たせた」と言って黒い繋ぎを着た飛鳥馬が出てきた。

「院瀬見当主の具合をどうでしょうか?」蒼が頭を下げて、飛鳥馬に聞いた。

「大した事ない。彼女は契約者だ。数日で全回復するだろう。それより、自分の心配をしたほうがよい。明空と違って身体がなくなったら終わりだらからな」

ニヤリと笑う飛鳥馬に「お互い様です」と蒼は言った。

「で、異端の坊主は、準備は大丈夫かい」

「出来てますよ。境界域に境域つくりました。ここに幻を誘導できれば引き込めると思いますよ」

「そうか。じゃ、頑張ろうかな」飛鳥馬は霊幕発動した後、手を地面に翳すと地面が盛り上がり、ツギハギの人形が出てきた。千手観音のように多くの手と蜘蛛のような沢山の足をもつ身体の人形は不気味であった。

大きな音をたてて突然、目の前にあった建物や木がなくなった。それと同時に強い力を感じた。蒼は青い顔をして呪文を唱えている。そんな蒼を見て、慶は刀を抜いた。

彼も霊幕を発動しているが顔は険しかった。

全員の視線の先にいるのは幻であったが、いつもきれいに二つに結ってきた髪は白くなり解けていた。目を赤く、まるで死魔のようであった。

「幻の悪魔って……」そこまで言葉を止めた。今考えても仕方がないことであった。

彼女は表情のない顔で対じする人間を見た。忙しなく表情が変わる彼女と同じ人物とは思えなかった。

「霊媒師殺す」

そう言うと、彼女は口を尖らしキツネを二頭出した。勇樹はそのキツネを以前見たことがあったがそれとは様子が違った。目が血走り、全体が赤い炎で燃えているようであった。

「土蜘蛛」飛鳥馬が叫ぶと、土から出てきた人形が動きだした。

土蜘蛛が先動き、キツネに向かった。それと同時に、慶が幻に向かって走ると飛び跳ねて、彼女の首に刀を降ろした。

幻を目の前にしたら瞬間全員から「彼女を保護する」という言葉は消えた。それだけ、実力差を感じた。

「う……」

慶は跳ね飛ばされ、地面に身体をすりつけた。しかし、すぐに立ち上がると幻に向かった。

土蜘蛛はキツネに苦戦しているようで、手の数が減っていたが勝機を諦めたわけではなく幾度もキツネを残っている手で殴りつけている。しかし、全て避けられていた。

「集中せい」

飛鳥馬の声が響いた。

もう一頭のキツネが蒼を襲いそれを飛鳥馬が守っていた。土蜘蛛を動かすだけでもそうとうな力が必要なはずである。彼女は、小さな身を軽快に動かしキツネを蹴り上げた。それがキツネの顎に命中すると、キツネは倒れた。

飛鳥馬に守られながら蒼は必死に呪文を唱えている。

慶の身体が青く強い光に包まれた。彼は幻ではなく土蜘蛛と戦っているキツネの視線を移すとそれに向かって走った。刀に力をいれキツネを頭から串刺しにした。するとキツネは消えた。

幻を誘いこむまで力を温存しろと言われたが何もしないと言うのはつまらなかった。

彼らが心配というよりも、単純に戦いたかった。

キツネが消えたことで慶と土蜘蛛は幻に向かった。

「霊媒師殺す」

感情のない声が響いた。キツネが消されたと言うのに幻は無関心であった。彼女は口を尖らすと、数えきれないほどの赤いキツネをだした。

それを見て、慶は手で額の汗をぬぐうと刀を持ち直した。

「これはすごいね」苦笑いをしながら、飛鳥馬は蒼を見た。「あんたを守れそうにない」

「構いません」

蒼が頷くと、飛鳥馬は彼女から離れ素早く足を動かした。

それを見ると、勇樹はいてもたってもいられなくなった。気持ちが高揚して身体がうずついた。

飛鳥馬は土蜘蛛の所に着くと、それに飛び込み中に入った。すると、土蜘蛛の目が光りなくなった手が生えてきた。それは消して美しい光景でなく、グロテスクであった。

飛鳥馬が入った事で土蜘蛛の動きは変わった。青く輝く土蜘蛛の無数の手がキツネを切り裂いた。

それを見て、慶は蒼へ視線を送った。彼女は頷き、呪文を唱えるといきなり倒れた。身体から抜け出した蒼は引き込まれるように慶の刀に入った。

「合体技かぁ、いいな」勇樹はワクワクしてその様子を見ていた。

慶の刀は長く伸びた。それをふると周囲のキツネが一気に消し飛んだ。

キツネを全滅させた。その姿はまるで映画のアクションシーンのようにカッコよく勇樹は見惚れていた。

「霊媒師殺す」

幻はそう言って口を尖らすとまた同じだけのキツネが現れた。飛鳥馬と慶が蹴散らすが消えた分だけ増えた。次第に二人の動きが鈍くなってきた。慶が直接幻を攻撃しようとするがキツネに邪魔をされて近づくことさえできない。

「あれ、ピンチだよな。俺、行ってもいいよな」

二人が窮地に追い込まれていたが、勇樹は遊園地へでも行くような気持ちであった。

カッターナイフを出すと、それは以前よりも大きく赤く燃え上がってるようであった。勇樹はカッターナイフを両手で握りしめると、幻の方に向かって走った。

幻の元へ行くと、土蜘蛛は消え飛鳥馬が倒れていた。まだ意識があるようで「限界だね」と苦笑いをしていた。

慶は完全に伸びていて、刀は折れていた。

「ふーん」

勇樹はカッターナイフを振り、キツネを一掃すると間髪入れずに飛び上がった。目の前にいた幻は髪型と色、それに目の色以外は以前の彼女と姿形をしている。

「幻。勇樹だけどー」

大声を出しながら触れようしたが無言ではじかれ飛ばされた。勇樹は回転して地面に着地するとすぐに幻をみた。

「幻。聞こえるか?」

キツネがまた出現していた。それを倒してから幻に近づく簡単に叩き落された。気づくとキツネが幻を取り囲んでいる。

「マジかぁ」窮地になり、また気持ちが高揚してきた。「キツネどうするかな。そうだ」

勇樹はニヤリと笑い、カッターナイフを尖端に魔力を込めた。それをキツネに突き刺して魔力を送るとキツネはうなり声を上げて動かなくなった。勇樹はカッターナイフから手を離しキツネを飛び越え幻の前にきた。

「霊媒師殺す」

幻は口を尖らして大きなワシを出した。それらは幻の横を飛び、鋭いくちばしを向けた。

「マジ、そっか、キツネだけじゃねぇよな?」

ワシはもうスピードで勇樹向かい、肩に嚙みついた。肉を抉られて血が噴き出た。

「うっ」苦痛で顔が歪む。しかし次の瞬間に再生が始まるのでダメージはないに近い。更にワシが増えて、総攻撃を受けたが再生してすぐに戻った。服だけがボロボロになり、パーカーは使い物にならなくなった。

「えー、マジどうしょう」

「霊媒師殺す」

幻の言葉で上を向くと、無数の刃が地に向かって浮いていた。数えきれないその刃は見える範囲の空を覆っている。

「あれ? 終わった?」

刃が地に向かったその時、吸い込まれるような感覚があった。気づけば目の前が真っ白になっていた。白はどこまでも続き終わりが見えない。

「幻は?」

振り向くと真後ろにいた。ただ、全く動かない時間が止まっているようだった。

「同じ次期当主として協力しに来た」

「花ケ前陽真か」

陽真はキツネの上をわざと足を大きく上げて歩いていた。

「助かったよ」

「いや、助かってない。俺は時間を止めたたけ。つうかコレにはそれしかできない」

「マジか」

「ここで境域作れる?」ピョンと陽真はキツネの上に座った。そして足をぶらぶらと揺らしている。「この外は境界域だしさー。ちなみに俺の境域解除すると時間動くよ」

「あー」

「後、はい」と言って陽真は小さな針のようなものを投げた。「それ、さっき空にあったやつ」

勇樹はそれを受け取ると回して全体をみた。無数の刃の塊だった。

「本来は俺の境域に引き込むとそのなるはずなんだけど」陽真は親指で動かない幻を指さした。「これは時間を止めるが限界」

「そーか」動かない幻を勇樹は見上げた。「これ何とかできるかな? 全然話通じないんだけど。上限解除したらこうなんの?」

「いや、自分以外の承諾を得た魂の生贄で大丈夫なはずだけど……。彼女、契約しているんだよね」

「うん?」勇樹は首を傾げた。「してんのかな? してねぇとしたら?」

「悪魔の判断にもよるけど、『約束』で解除できるかも」

「約束……。交換条件だよな。そういや、俺さ。ロスと力の変わりの目を交換したわ」

「目」陽真は驚いて、勇樹の視界から消えた。「それ早くいえよ」

陽真は勇樹の背後隠れると「振り向くな」と言って後ろから勇樹の身体を持ち固定させた。

「動くなよ」

「なんで?」

「全部、死魔に筒抜けなんだよ。あー、俺の境域も見られたじゃんかぁ」

文句を言いながら背中に何度も蹴りを入れられた。

「いてって」

「あーもう、お前早く境域作れ。俺は解除したい」陽真からの蹴りは止まらない。「俺はお前と違って悪魔の血が混在しているだけ彼らと関わりはないんだ。今後も関りたくない。行くぞ」

そう言うと、陽真はいなくなり周囲が揺らぎ始めた。

「え、マジ?」

勇樹は慌てて、手を伸ばして力を込めて大きく広げた。すると、以前と同じ全体的に赤い体育館が現れた。

「霊媒師……」

幻がつぶやいた。

キツネに刺さっていたカッターナイフはなくなっていた。キツネは幻を取り囲い警戒している。ワシも幻の肩の上を飛び勇樹を狙っている。

迷っている暇はなかった。

勇樹はカッターナイフを出すと、幻に狙いを定めた。すると、キツネが牙をむき襲ってきた。勇樹は飛び上がり、ボールをイメージした。すると、炎に包まれた無数のボールがキツネとワシを攻撃した。倒しても無限に出てくるワシとキツネだが、ボールも無制限に出現する。

「よし、ボール任せた」

幻の目の前に来た。

「幻、帰らないか?」

幻を目の前にすると、戦う気になれなかった。悪霊を倒すのは楽しかったのに彼女に対してはそう言った気持ちが不思議と起きなかった。

「……霊媒師殺す」

言葉が一切通じない。

幻は小さなナイフを出すと、振り上げてきた。勇樹はカッターナイフでそれを受けた。小さなナイフであったが重かった。

「幻は感情とその力を交換したのか?」

「霊媒師殺す」

ナイフを押しそのままカッターナイフを振り下ろすと幻のナイフを持った手が手首を離れ地面に落ちた。血があふれたが彼女は気にしない。それを見て勇樹は眉を寄せた。

「悪霊も刺すと悲鳴をあげた。幻は痛覚もないのか?」

幻のなくなった手は再生をする気配がない。

「契約はしてないのか」

「霊媒師殺す」

幻は転げ落ちたナイフを左手で拾った。そのナイフを握りしめると勇樹に突っ込んできた。勇樹はそれをカッターナイフで受けようとしたがやめた。情があった訳ではないが何か違うと思った。

彼の腹にナイフが突き刺さった。

「そこまでして霊媒師が憎いか。いや、ちげーよな。センセイを失ったのがだよな。庵まで巻き込んで」

 センセイを失くしたことで大切な物を犠牲にまでして復讐する気持ちは勇樹にはわからなかった。

 幻を攻撃することに対して躊躇する気持ちはない。しかし、それがおかしいと言うことには気づいていた。

「霊媒師殺す」

ナイフの刺さった場所に激痛が走った。そのナイフを素手で押さえた。抑えた手から血が流れ落ちた。

「うぅ……。俺さ。幻の気持ち分からないだ。センセイ死んでも俺は悲しくないし陽真も憎くない」

「霊媒師殺す」

ナイフが更に奥に差し込まれ、背中から突き出た。ナイフが奥に刺さったことで幻の身体が勇樹にくっついた。彼女の身体の温度を感じた。

「……幻をさ、殺すって話でてもさ。そっかって感じでさ……。ぐぁ」口から血の塊が出てきた。それでも勇樹は言葉を続けた。「今も、そう思っている」

「霊媒師殺す」

「俺も幻に寄り添えたら良かったのにな」

勇樹は手を上げると、幻の後ろでカッターナイフを作った。その刃を幻の背中に向けた。一気に刺した。


「おやすみ」


幻は動かなくなり、彼女の体温がなくなっていく感じがした。彼女が死んだことは理解したが、それに対して何も感じなかった。

「悪魔の血が流れているってことか」

周囲は静かになりワシやキツネは消え、無数のボールが散らばっていた。

勇樹は手を上げ、宙に亀裂を作るとそこから外へ出た。

朝日がまぶしくて目を細めた。腕の中にいる幻はカッターナイフが刺さっているが寝ているように静かだ。

城みたいな建物とその後ろにあった木々が残っているだけで、勇樹が立っているところは何もなくタイルがはがれてみるも無残だ。

城の方に行くと、飛鳥馬が仁王立ちしていた。小さいのに大きく見える所がすごい。

「ボロボロだな」と言って彼女はパーカーを投げて寄越したが腕の中の幻に掛かった。

「迎えが来ている」

「はい」

城の横には車が二台止まっていた。その横には純が立っていた。

「お疲れ様です」

純はそう言いながら勇樹に近づくと幻を受けとった。

「あの、保護できませんでした」

「十分ですよ」純は幻に掛かっていたパーカーを勇樹に渡した。「何か感じることはありましたか?」

 純の言葉に返答できず、勇樹は苦笑いを浮かべた。

「……陽真に次期当主とか言っちゃたので、やりますね」

「お願いします」

そう言うと純は後ろに止まっている車に乗った。勇樹は丹波に案内されて前の車に乗った。丹波が何かを言ったが、睡魔に襲われ理解できず適当に返事をすると眠りについた。


翌日。

「佐伯家ねぇ」

当主になる決断をしたため、佐伯の家系図を貰った。少し前までは佐伯の血筋がかなりの人数にいたのに徐々に減っていた。

「うーん」

霊媒師が短命なのは身をもって理解していたが、増やしていないことが不思議であった。

『そりゃ想ちゃんの仕業でしょ』相変わらず突然、頭の中で死魔の声が響いた。

『だってほら、幻治から愛人作ってないし、想ちゃんもいい年なのに子どもいないよね』

『あのさ』

勇樹が話し掛けたが死魔は無視して、自分の話を続けた。

『佐伯の家を潰す気だったのかな。まぁ、霊媒師なんて最低な仕事だよね』

『ロス、あのさ……』

ヘラヘラとした死魔の笑い声がした。

『あー、幻ちゃんと海斗ちゃんのこと? はいはい。したよ。契約じゃないけど約束をね』

『そっか』

『なに? おこじゃないの?』

『別に。幻や庵が納得した結果ならいい。悪魔のやることに文句つけても仕方ない』

『よくわかっているね。僕ちゃん、勇ちゃんには感謝しているだよ。目をくれたおかけで今回はいろんな物が見られた。今後も楽しみにしているね』

『それはいいだけど、なんで西に黒鉄雄路がいる話になったんだ』

 その瞬間、死魔は黙った。

 沈黙が続いたが勇樹は黙って、死魔の言葉を待った。しばらくすると、死魔のため息が聞こえた。

『勇ちゃんを殺さないため』

『俺?』

『そういう話が霊媒師の中であった。黒鉄雄路の件を霊媒師に任せると勇ちゃんの処分を決まっちゃそうだったからこっちで処理した』

そう言うと死魔の気配は消えた。

「俺……?」

 悪魔の守られる理由として思い当たるのは一つしかなかった。

 悪魔の血が流れていること。陽真も同様な存在だと言っていたことを思い出した。

「血を持つ人間を増やしたいのか?」

 想だったらどうしただろうと思いながら、勇樹は立ちあがった。そして、ソファの所へ行きその下を見た。

「確か、この辺にあったかな。放置したんだよな」身体をかがめて、ソファの下に手を伸ばして雑誌を引っ張り出した。折れ曲がっていたが、以前勇樹が想から取り上げて投げ捨てた物だ。

ソファに座り、雑誌を広げるとスタイルの良い女性が水着姿で様々なポーズをとっていた。

「ふーん」

勇樹は面白くなさそうにページを捲ると、途中から髭や腋毛がマジックで書き足された写真が出てきた。

「ブゥハ」思わず吹いてしまった。「センセイ飽きてんじゃん。つうか、なんで写真集に飽きるんだ」

想が生きていた頃よりも、今の方が彼のことに興味を持っている自分がいる事に驚いた。

「そうだ」

勇樹は雑誌を持って、慶のいる部屋を訪れた。ノックもせずに扉を開けようとしたが、鍵が掛かっているようで開かない。ガチャガチャとノブをまわしてると、

「いないのか?」

後ろで気配を感じて振り向くと慶がいた。

「……なに?」

「あっ」満面の笑みで慶を見た。「センセイの遺品を持ってきた」

すると、慶の目の色が変わり、部屋の中に招いた。椅子に案内すると、お茶まで出してくれた。そんなことより、勇樹は早く遺品を見せたくて仕方なかった。無表情の慶の爆笑を期待した。

慶は対面に座ると、期待に満ちた目で勇樹をみた。

勇樹は勢いよく雑誌を出した。彼は一瞬固まったが、無表情で雑誌を受け取ると、パラパラとめくった。次第に目に涙がたまった。

水着の写真集を見て泣いている大人というのは滑稽であったが笑えなかった。

「想さんがいる」慶はマジックで鼻毛を描かれた女性を指差して言った。

「おう」

涙目で言われるとそれしか返事ができなかった。一緒に笑おうと思ったがしんみりした雰囲気に困惑した。

その時、扉を叩く音と共に扉が開いた。

「慶―。元気ですか」

大声で言いながら入ってきたのは純であった。彼女は誰の部屋でもそう言った入室をするのかと驚いた。

「あれ?勇樹もいたのですかって……」

純は慶の見ている雑誌を見た。内容を確認するように目を細めたので勇樹は怒られることを覚悟した。その瞬間彼女は大笑いした。

「これ、勇樹君が持ってきたのですか?」

「……はい」

「ほんとに?」純は腹を抱えて大笑いした。「面白い。面白すぎますね」

慶は真っ赤な顔をして雑誌を抱きかかえていた。

「それ、もともとは慶のなんです。慶が見ている時、想さんは彼の好みの女性を聞いてその女性に鼻毛を描いたのです。そしたら慶怒って想さんに雑誌を投げつけました。彼は礼を言ってそれを持って帰ったんですよ」

慶の好みと着て、鼻毛の女性を見ようとしたが慶は雑誌を抱きかかえて見せてくれなかった。

「けち」

「プライバシー」と言って慶に睨まれた。

「って、そんな話をしに来たんじゃないのです。蒼の事ですが」

その言葉に慶は真剣な顔をしながら雑誌をお尻の下に隠した。純もそれに気づいていたようだが何も言わずに話を進めた。

「身体には戻りましたが、まだ時間が必要です。それまでここにいますか?」

慶は頷いた。それから彼女は勇樹の方を目を細めてみた。こういった表情をするときはいい話ではない。

「黒鉄雄路の報告書が出ていませんが」

「あー忘れていました」

純は大きなため息をついた。

「今回の報告書もあるのですよ。それに、夏休みの宿題も手を付けていませんよね?」

「あ……」

昨日まで必死に戦っていたのに、一気に現実を突きつけられた気分であった。

「それから、当主になるあたり就任式もあります」

「あー」

「養子になるので庵から佐伯になります。同時に、改名手続きを行いますので、佐伯勇樹となります。改名については少し時間かかります」

「名前までいいですか? 養子の件もですが、庵の両親はなんと言っているのですか?」

「知らないのですか?」純は目をパチクリさせた。「ずいぶん前に火事で自宅が全焼して両親は亡くなりました。親戚もあまりいい顔をしませんでしたので私が後見人になりました。結構前に」

「マジかぁ」

「マジですね」純はにこりと笑った。「後一週間で学校が始まります。それまでに報告書と宿題やってくださいね」

「……はい」

知らないことで話が進んでいることに驚いたが悪い気はしなかった。

自室に戻ると、鏡の前で自分の身体を見た。仮住まいだと思って、しっかりと確認したことがなかったが今後は適当にできない。

修行や戦闘を行ったおかげで、以前よりは筋肉がついている気がしたが前の身体に比べたら少ないし身長も足りない。

「髪も邪魔だな」

勇樹は、近くにあったハサミを手にすると縛っている根本から切った。

「うん、軽くなった」

満足そうに勇樹は笑った。その時、自分の身体の存在に気づいた。当初の目的は身体探しであった。

「忘れてた。どこにあんだろ」

『あーそれなら、死んだ時灰になった』

鏡に映った自分の顔が話し驚いたがすぐに死魔の仕業だと理解した。勇樹は眉を寄せて鏡の自分を睨んだ。

「マジで?」

『超マジ』とへらへらと笑いながら鏡の中に勇樹が答えた。

衝撃を受けたが同時に安心もした。もし身体がありどちらを選択しなくてはならなくなったら決められなかったと勇樹は思った。

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死の契約〜気づいたら霊体だったので身体探しを始めた〜 くろやす @kuroya44

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