第8話

「うぅ……」

触手に締め付けられて、勇樹はうなり声上げた。魔力を遣えばそれを吸収し大きくなり、霊力は効果がないため途方に暮れていた。

その時、天井にヒビが入り純が落ちてきた。彼女はくるりと回転して、触手の上を走ると一目散の大きな黄色い目に向かっていった。触手を足で蹴り、高く飛び上がると拳を握りしめた。その手は霊力で青く光り黄色い大きな目命中した。すると、雄路だった化け物はうなり声上げ暴れた。

「おぉ、とれた」

勇樹はするりと触手から抜け出すと、カッターナイフを出した。今度は集中できたためいつも同じように大きなサイズのモノが出せ、刃も一メートル程度はあった。

「あ? これも赤いな」

何回素振りをした後、暴れている触手を切り落とした。切り口から血が噴き出して、触手は大きな音を立てて地面に落ちた。

純がひたすら目を攻撃しているためか、触手は暴れ勇樹を狙ってくることはない。ある程度、触手を減らすと本体に向かった。

「行く」

その言葉で純は目から離れた。勇樹は飛び上がり、タコのような頭を切りつけた。刃が刺さると血が噴き出し、しばらくすると血と共にタコの化け物が消え雄路の姿になった。彼は手足がなく顔には大きな傷があった。

「勇樹……。お前となら……」そう言って雄路は消えた。

勇樹はゆっくりと純を見た。

「彼の話、聞きたいですか?」

「いえ。血のつながりのある他人ですから」

勇樹はバッサリと切るように言ったとき、境域は崩れて古びた祖母の家が見えた。


黒鉄雄路と出会ったのは二十四歳の時であった。彼は高校卒業と当時に佐伯に入った。

彼の才能なら国家機構である三家に弟子入りすることも可能であったはずなのにと不思議に思っていた。だが、佐伯の血が流れていたとしても低霊力で霊媒師ではない自分が口出すことはできない。

「行きますか」

いつものように、使用人と同じ黒いスーツを着て部屋を出た。そして、道場に行くと雄路と手合せを行った。彼は、霊力は強いが体力ため鍛えるように当主から命じられていた。

「純さんってこんなに強いのになんで霊媒師やんないのですか?」

投げ飛ばされた雄路は畳に頭を付けたまま見上げて緊張感のない顔で笑った。

「私は霊力が低いのです」

「ふーん」

彼は意味深に笑った。

それから、数か月たったある日、彼は部屋にやってきた。

「純さん」

嬉しそうに笑う彼は可愛らしかった。そんな彼からプレゼントだと可愛く包まれた箱を渡された。

「開けて下さい」照れ臭そうに笑う彼に礼を言って箱を開けた。中に入ってはいたのは黒い手袋であった。「あ、可愛げなくてすいません。でも、これ……」

「霊力ですか?」

「はい」犬のように喜ぶ彼は尻尾を振っているように見えた。「ぼ、僕の霊力を込めました。あの、これで一緒に悪霊退治に行ってください」

「まるでデートに誘うようですね」

からかうつもりで言ったが、真っ赤な顔をする彼を見ると照れくさくなった。

「そ、そんな、つもりじゃ。えっと純さん……。僕より強いし、霊力あればと」

「ありがとうございます」

もしこれを貰ったのが彼ではなく親や兄であったら叩きつけていた所だ。裏表のない一生懸命な彼の気持ちが嬉しかった。

「でも、これ……。持続性がないです。霊力はその都度込めなくてはならないのです」

「……分かりました」

霊力や悪霊退治とは別の目的があることが分かると五つ下の少年が可愛くて仕方なかった。

それから、一緒に何度か悪霊退治をした。手袋のおかげで悪霊を難なく倒すことができ彼と一緒の戦闘もなれてきた頃、縁談の話が持ち上がった。

「純さん縁談ってなんですか?」どこで聞いたのか、血相を変えて彼は自分と兄であり佐伯の当主、佐伯幻治と話している部屋に飛び込んできた。

「私は、霊力がなくても佐伯の家の者です。よりよい霊媒師家の霊力の強い人間と一緒にならなければなりません」彼の顔も見ると心が痛かった。しかし感情を出さないように必死で無表情を作った。

「でしたら、ぼ、僕と一緒になって下さい。僕は霊力が強いです」目を真っ赤にして声を震わせて言った。「純さんの体術を受け継げば最高な子が産まれます。だから……どうかお願いします」

彼は畳に額を擦り付けて、幻治と自分に懇願した。

「雄路」それを聞いて激怒したのは幻治だ。「純には子どもは作らせん」

「え?」

彼は頭を上げて、目を丸くした。イヤな予感がした。耳をふさぎたくなったが必死でそれを耐えた。

「純の血が入って低霊力が産まれては困る。縁談は相手方の子を引き取るために行う。相手は佐伯の家の者なのだが恋多き人間でな」幻治は笑顔で話した。「大きな子の扱いに困っているそうだ。だからうちで引き取る」

彼はあっけにとられて言葉が出ないようであった。幻治は純の方を見て穏やかに微笑んでいる。

「だからな純。相手方が帰ってきたときのみ世話して差し上げなさい。普段はその子どもの母として勤めるように」

「……はい。お兄様」

それ以降、彼と会うことができなくなった。離れで結婚相手が連れてきた子どもと二人で過ごした。相手の顔を見たのは子どもを紹介された時のみであり実質相手の世話などなかった。

子は綺羅と言い六つになったばかりの可愛らしい女の子であった。彼女はとても霊力が高く、彼からもらった手袋に霊力を込めてくれた。使うことのなくなった手袋であったが大切にしていた。

それから時が経ち、綺羅に縁談が持ち上がった。霊力の強い女の子は中学を卒業すると嫁ぎ先を探されるので不思議な話でなかったが、個を無視した霊媒師界隈の風習を好きにはなれなかった。しかし、低霊力の自分が口を出せる立場になかった。全ては佐伯家の当主である佐伯幻治が言うがままだ。

この頃、病気がちであったはずの幻治の息子佐伯想が突然通学を始め更には霊媒師としての修業も開始された。その時、想の体術の師として選ばれた。想は飲み込みが早く数年で追い越されてしまった。その後に幻の指導も行った。想に比べたら成長がゆっくりであったが努力家であり二人とも自分にとって可愛い子どもたちであった。

綺羅が結婚してから一年がすぎた頃、彼女の死の訃報がきた。出産時になくなったそうで慌てて彼女に会いに行った。その時初めて夫が雄路だと知った。彼は変わり果てていてあの頃の面影すらなかった。

「女の母か」彼の目は氷のように冷え切っていた。「子を産んで死んだ。私の母が育てる。手出しは無用だ。ソレをもって変えるといい」

気が滅入ってしまい冷たくなった娘を連れて帰るのが精いっぱいであった。

帰宅すると孫を連れ帰らなかったことを幻治に避難された。綺羅と過ごした離れに行くと彼女すがり泣いたその時、想と幻が離れを訪れた。

子どもである彼らに残酷なことは知らせるつもりはなかったが彼らも佐伯だ。ある程度の情報を持っていたため綺羅のことを話した。

「純さん。わかりましたよ。お孫さんは黒鉄勇樹といいます」

想が、数日で孫の居場所と名前を突き止めてくれた。数年が経ち勇樹が外で遊ぶ年齢になったころ幻が使用人と共に勇樹の近くに引っ越したのだ。勇樹と幻が同い年と言うことを利用して友だちになった。

計画は全て想が行った。当時まだ小学生だった彼の頭の回転の速さに驚くと共に不安にもなった。彼が遊んでいるところをみたことがなかった。遊びに誘うが、やんわりと断られた。

想の働きのおかげで佐伯は国家機構になれたと言っても過言ではなかった。その証拠に幻治は数年で当主の座を想に譲った。

「おめでとうございます」という親戚や使用人がお祝いムードを作る中、小学生の幻だけは不安そうであった。そして、想に辞退を進めていた。何か勘違いした者が「幻も頑張れば当主になる器がある」と見当違いなことを言って幻を怒らせていた。

勇樹の方は荒れているという報告を聞いてはいたが、彼の母と幸せに暮らしている話も耳にしていた。だから、このまま霊媒師の界隈の入らずに生きて行けばいいと願っていた矢先勇樹の訃報が届いた。

それに泣き崩れていると想は違和感があると言った。

「純さん、泣いている場合ではありません。戦える準備をお願いします」そう言った想は、彼にもらった手袋を出すように言った。「うん、かなりいいものですね。愛を感じます」

終わったことだが、当時の事を思い出すと顔が火照った。心の中の彼はいつも優しく一生懸命な青年であった。

想はそれからすぐに、手袋と同じ生地で作った服を用意してくれた。それら全てに想は霊力を込め自分を霊媒師として扱った。

翌年、黒鉄雄路が佐伯家に侵入して想が作った封霊甕を奪った。それを阻止しようとして幻治が死亡した。

「雄路さん、父のこと相当恨んでいましたか?」

幻治の死体を見ながら想が苦笑いをしていた。身体に一切の傷がないのに、顔が苦しみで歪んでいた。どんな仕打ちをしたのか自分には想像もつかなかった。

この時、幻治と想が契約を交わした悪魔は相当怒っていたらしい。雄路の悪魔のところにいこうとしたのを想は止めたと聞いた。

悪魔の存在はこの時知ったが実際にあったことがない。想の力を目の当たりにしているから疑ってはいない。

更に月日が経ち、幻が庵海斗の身体に入った勇樹と霊体の庵海斗を連れてきた時は困惑した半面、嬉しい気持ちもあった。

幻が勇樹に合わせてくれると言った日には遠足の前の子どもの気分であった。外見が庵であるため、成長は分からないと残念に思っていたが戦いぶりを見たら涙がでた。

一緒に戦えるなんて夢のようだが、相手が雄路であったことは心が痛い。老いた彼の姿を見たら、あの時幻治に逆らったでも彼の手を取るべきであったと思った。今更であるが、こうなってしまったことに罪悪感で胸がいっぱいになった。自分の手にしている手袋をみると出会った頃の彼の顔が鮮明に思い出す。

「純さん?」立ち止まっていると勇樹の声を掛けられた。

境域から出た勇樹はあたりを見回しながら、純に声を掛けた。「庵ってどこです?」

「あ、彼は勇樹君が消えたのと同時に消えたのですよ」

彼のことを失念していた。

「え……?」

明るくなってきた空を見ながら勇樹は険しい顔をしていた。


森の中、幻は必死で兄である佐伯想を探していた。西地区基地行ったが、想は勿論のこと他三家の人間もおらず話が聞けなかった。黒鉄雄路を追ってこの山に行くという記録があったため、幻は西地区基地の使用人に無理やり車を出させてやってきた。

「確かに兄さんの霊力の匂いがするんだけどな」

不思議と悪霊の気配が全くなかった。

「にしても暑いな」夜であったが真夏であるため、黒いワンピースが汗で肌に張り付いた。「帰ってシャワー浴びたい」

腕で額の汗をぬぐいながら、更に森の奥に進むと想の匂いが濃くなった。やっと会えると言う期待感で足が速くなったが彼の気配を感じることに不安になった。

「兄さん、何してんだ」

戦闘中だとマズイと思い、周囲の様子に注意しながら進んだが恐ろしいほど想の匂い以外ない。想の存在をこんなに強く感じるのは珍しい。彼は気配を消すのが上手い。

イヤな予感がした。

しばらくすると、腐った肉のような酷い臭いがして思わず鼻を抑えた。立ち止まった幻は霊幕を発動し臭いを遮断すると深呼吸をしてからゆっくりと足を進めた。

最悪の事を考え恐怖で手が震えた。

まだ、何も確認していないのに自然と涙が出てきた。

それでも足を止めずに進んだ。

しばらく行くと、小さな虫数えきれないほどが飛んでいた。虫は何かに集っていた。それがなんだか幻は見なくても分かったが、虫を払いのけ目を大きく開けて変わり果てた想の姿をしっかりと見た。かなりの時間放置されたようで、綺麗だった想の顔は見る影もなかった。だからこれは違う人物だと思いたかったが身体残った霊力が想だと言っていた。

「兄さん」

幻は地面に膝をついて泣き崩れた。何度も名前を呼んでも彼は動くことも返事をすることもなかった。

「庵君。庵君」最初はつぶやきのような声であったが、それは次第に大きくなった。「庵君、庵君来て」

「え……?」目をパチクリさせた庵が現れた。「あれ? 僕なんで?」

「私が呼んだの。そういう首輪だから」

座り込んだまま幻は話した。彼女のいつもと違う様子に、びっくりしながらも彼女に近づいた。幻が黙って指をさしたのでその方向を見た庵は硬直した。

「あ、ああ、あれって」余りに衝撃的なモノに思わず目を逸らした。

「兄さん」その声には怒りが混じっていた。「誰がやっただと思う?」

「え……?」

怒っているはずの彼女の顔は笑っていた。いつも優しさはなく不気味あり庵は戸惑った。

「えっと、彼に聞いたら?」

庵は動揺しながらも、想の死体の近くにいた黒い影を指さした。

 幻は目を細めてその影をじっと見ると口角を上げた。

「五蘊魔様」

幻は膝をつき、頭を下げた。以前、五蘊魔と会った時とは違い彼女は落ち着いていた。

「コレの妹か」

「……はい」

「うむ」五蘊魔はゆっくりと宙を滑るように進み、近づくと彼女の顎に触れながら上から下まで見た。「先日、見た時と顔が変わったな。我を恐れぬか」

真っ直ぐと五蘊魔を見る幻の後ろで小さくなった庵が震え日不安そうな顔をしていた。

「お主の後ろにいる小者は、以前我に立ち向かったはずだがどうした」

庵はびくりと跳ね上がり彼女の後ろからそっと顔を出した。

「……怖いからですよぉ」

庵は、まだ幻の後ろに隠れた。

「うむ、我と契約した佐伯幻治も想も魂を消滅させられた。我が配下にできなくなり憤りを感じておる。もともと奴は自由すぎた。よって我らは制裁を加えることで合意した」

「犯人は悪魔ってことですか?」

「元凶はな」

落ち着いて五蘊魔と話をしている幻を見て、庵は不安と恐怖で押しつぶされそうになった。悪魔と対等に会話をするなんて狂気の沙汰としか言いようがない。

「幻、それなら……」彼女の顔を見るとその先の言葉が出なかった。悪魔と匹敵するぐらい恐ろしい笑顔だ。それに五蘊魔も気づいているようフードからへの字に曲がった口が見えた。

「兄さんは佐伯の柱。つぶれれば佐伯は打撃を受けます。犯人なんて三家に決まっています。当主三人を亡き者にします」

「そうか。ならば力は貸せぬ」

否定されると、幻は唇を噛み苦い顔をした。

「私が弱いからですか? 配下にする価値のない魂ですか?」淡々と話しているが、顔は少しずつ歪んでいる。

「想ほどではないが、幻治に匹敵する霊力を持つお主は我にとって魅力がある。だが」五蘊魔はそこで言葉を止めた。まるで言葉を選んでいるようであった。自己中心的で快楽主義が基本の悪魔がそういった行動をすることに庵は驚いた。

「三家の現当主の中に悪魔と契約をしている者がいる。我の力を使いソレの魂を消滅させるのは否。四魔の均衡が崩れる」

「では、その契約者が兄を殺したのですね」幻の目が光った。

「否」

「―……」下を向いた幻が何をつぶやいた。庵はよく聞こえなくて、彼女の口元に近づいた。「……庵君は……私の味方だよね。ねぇ?」

かろうじて聞こえてくる彼女の声に頷いた。

「……ねぇ、庵は私のだよね?」

「……うん」

彼女がこういった状態になることはよくあるが、今回はねっとりとした嫌な感じが身体を絡んできた。

「いいよ。幻の好きにして。僕にできることがあるならなんでもするよ」

「庵君、大好き」

ゆっくりと肩にいる庵の方を振り向いた彼女に口づけをされた。そこから熱が籠り熱くなった。

「……貴様」五蘊魔は不愉快そうな声を上げた。

「勇樹の霊体が二年間も見つからなかった理由をずっと考えていたのです」幻は口づけをして身体が熱くなった庵をそっと手上に乗せた。彼はぼーっと幻を眺めていた。

「霊力の高い霊体と自分自身を使って黒鉄雄路は魔力の上限解除をしようとしたんですよね。しかし、勇樹の同意が取れずに失敗。だから勇樹は浮遊していたのでしょう。そもそも、勇樹の死因に問題があったのかもしれませんが……」

「それは契約した人間がやることだ。貴様に権利はない」

「権利……」幻は穏やかに微笑み、手の上にいる庵を見た。「死魔様を呼べる?」

その言葉に嫌な顔して五蘊魔は小さく唸り声をあげた。

「えー? 僕ちゃん」

突然、頭の方で声がして上を向くと胡坐をかいて楽しそうに身体を揺らしている死魔がいた。全く気配がなかったため幻は驚いたようであるがすぐに笑顔を作った。

「お仕事終了。無事に陽ちゃんが天魔になったよん」

「貴様……」

わざとらしく大声で言う死魔に五蘊魔は唇を噛みフードの隙間から睨みつけた。

「……かげ? 悪魔になった?」突然の死魔の登場と彼の言った言葉に幻は酷く動揺した。

「そうだよ」憤る五蘊魔を無視し、死魔は胡坐のまま幻の前に降りてきた。「想を殺したのは花ケ前陽真。西地区に黒鉄雄路がいるか行くように促したのは久遠飛鳥馬に院瀬見明空。自分が悪魔になるためにそれを仕組んだのが花ケ前陽炎」

「……幻」庵が話しかけても幻は何も言わずに、感情が全くない顔で死魔を見ていた。背筋が凍った。

「僕ちゃんに要だったんだよね。幻ちゃん」緊張感のない明るい口調でニヤニヤしながら死魔は幻に話しかけた。「庵海斗の魂を生贄にして、魔力の上限解除したいのかな?」

その瞬間、幻がピクリと反応した。

「死魔」五蘊魔が大きな声をあげたが死魔は一切聞こうとしなかった。

「幻ちゃんと契約するのが本筋だけど、君の魂消滅する可能性高いじゃん。だから」死魔は嫌な笑いを浮かべた。「君の五感・感情を頂戴」

「まって、幻」慌てたのは庵だ。「僕を生贄にするのはいいよ。僕の全てを幻にあげる。けど、幻はそれを取られたら人形になっちゃうんだよ」

「……人形」

幻が戸惑った様子を見て、庵は人間だった頃のサイズになった。そして、彼女の頬に両手で触れた。

「幻の思う通りにすればいい。僕は幻の思いを応援するよ。けど……」眉を下げ、優しげだけど悲しい笑顔を浮かべた。「以前の約束を守りたいな」

「約束……?」

「うん、黒鉄君の身体を……」

「あーそうだった」庵の言葉の途中で死魔が割り込んできた。「勇ちゃんの身体ね」

死魔は唇に人差し指をあてた。

「あれねぇ」ともったいぶっていた。

五蘊魔が舌打ちをした。

「ないよ。そもそも、魔力で殺した人間は灰になっちゃうしね」

「貴方が探せっていいましたよね」余りに衝撃的な事実に庵は怒鳴った。

「あん時は知らなかったんだよ。あ、余談だけど煩悩魔は院瀬見明空と契約しているよ」

「……院瀬見」ぼそりと幻がつぶやいた。「庵君……。私、もうダメ。霊媒師が憎い」

下を向いた幻の声は震えていた。

「……うん」

「庵君が好き。一緒にいたい。だけど、このままじゃ……この気持ちをずっと抱えてなんて生きられない」

「うん」

死魔はニヤニヤとしながら、身体を回転させて二人の様子を見ていた。

「均等を保ったのに崩れるぞ」うなるような声で五蘊魔が言った。

「均衡……?」死魔は腹を抱えて笑った。「僕らは悪魔だよ? 四魔とひとくくりされているけど慣れ合う気はないねぇ」

死魔は舌を出して、気持ちが悪いというように顔を歪ませた。

「ウィッケンちゃんが気に入らないから利害一致で協力しただけ、勘違いしないでほしいな」

「そうか」五蘊魔は小さく息を吐いて笑った。「我はこの件から離脱する」

「いいの? ヘイちゃんの息の掛かった佐伯と関わるよ」

「契約者はもういない」

そう言うと、五蘊魔はあっという間にいなくなってしまった。

「死魔ロス様」

背後から凛と声が聞こえた。死魔は心が高鳴り振り向くと覚悟を決めた幻と庵がいた。

「いいねんだね」死魔は二人の前に背筋を伸ばして立った。風が強くなり、死魔の黒いローブを飛ばした。彼の銀色の髪が風になびき、ギョロリとした赤い目に幻と庵の顔が映った。

二人は手を繋ぎ、死魔に対面すると頷いた。

「オッケー」

明るく言うと死魔は人さし指をクルクルと回した。すると、風が三人を中心に渦を巻き始めるとすぐに囲った。

二人は気を失い風に揺られている。

真っ黒であった幻の髪は徐々に白へと変貌した。死魔が指を動かすと、閉じられていた幻の瞳が開いた。真っ赤なその瞳は死魔そっくりであった。

風はすこしずつ収まり、完全になくなる頃には幻は真っ直ぐに立っていた。

飛んで行った黒いローブはゆっくりと落ちてきて死魔を覆った。彼は自分の横に倒れている庵を抱えた。

「じゃーね、幻ちゃん」

「ま、ほろちゃん……?」瞬きをせず、幻は言葉を繰り返した。

「あー、君の名前。君は霊媒師を根絶やしするんでしょ」

「霊媒師を……」

「そ、霊媒師を殺すよ。まぁ頑張って」

死魔は庵を担いで飛び上がった。幻は彼らが見えなくなるまでじっと見つめていた。


窓から差し込む太陽の光で目が覚めた。

「朝、起きるのが久しぶりすぎで調子狂うな」

勇樹は首を鳴らしながらベッドに座り時計を見た。佐伯の家に帰って来てから丸一日が経っていた。

「寝すぎたか」

顔に掛かるぼさぼさで長い邪魔髪を後ろで括ると、ベッドにかけてあったシャツを着て洗面台で顔を洗った。

「寝たのに、まだ眠い」

欠伸をしながらテーブルに座り、用意されていた食事を食べた。その時、扉を叩く音と同時に扉が開いた。そんなことをする人間は一人しか思い当たらなかった。

「おはようございます。勇樹君」

いつもの黒いスーツに身を包んだ純が元気よく入ってきた。

「お、おはようございます。純さん」

挨拶を返すと、彼女はニコリと笑い書類のテーブルに置いた。

「なんですか?」勇樹は食事を口にいれながら、結構な量のある書類の束を見つめた。

「前回の報告書を添削したものです」

食事を終えると、報告書をパラパラとめくった。丁寧な字で細かい所まで直されている。

「純さんが見てくれたのですか?」

「いいえ、想さんです」純はふうと一呼吸置いた。「本部への提出済みの報告書ですが、想さんの部屋にコピーがありましたのでそれをコピーして持ってきました」

「なんで?」

「勉強のためです。直されすぎですよね」

そう言われると返す言葉がなかった。純の言っていることは正しく、まだまだ学ぶことが多いのだと実感させられた。

「分かりました。センセイが戻って来るまでにはこれを参考にして黒鉄雄路の件の報告書かきます」

「それは私が添削します。報告書は今から一時間程度で書いて下さい」

「なんで? また依頼?」

「……依頼と言えばそうですね」純は歯切れの悪い言い方をした。勇樹はソレに眉を寄せた。「事件が起こりました」

淡々と彼女は話すがそれが重大であることは感じとれた。帰って来ない想と幻、それに突然消えた庵のことも気になっていた。

「報告書が終わりましたら、会議室に来てください」

「会議室?」

「ええ、話し合いです。貴方が私の養子にはいり佐伯の当主となることを想の弟子に報告します」

「はぁ?」理解が追い付かなかった。「ちょっとまって、無理でしょ。無理、絶対に無理だし」

動揺して敬語が崩れた。

「なんで? センセイは? 幻は?」

「それ、今聞きます?」真剣な彼女の表情からは嫌な予感しかなかった。「話さなければ今回の案件もこなせませんけどね」

「そうなんですか。ではお願いします」

勇樹が椅子に座り直すと、純は深呼吸をした。

「報告書を書いた後に、話したかったですよ。勇樹君が取り乱しては困るので」

眉を寄せた純から、いい話は期待してない。すぐに話せと問い詰めたかったが彼女に取り乱すと言われ焦る気持ちを抑え込んだ。

「報告書は書きます。お願いします」

丁寧にお願いすると、純は迷ったような表情をした後小さくため息をついた。

「分かりました。想さんの遺体が森の中で見つかりました。昨日、幻さんが花ケ前本家を襲撃。次期当主の花ケ前陽真が応戦しなんと撃退しましたが重症のようです」

開いた口が塞がらなかった。取り乱すなと言われたから必死に抑えているが様々な感情が身体の中を駆け巡った。

「花ケ前本家襲撃後、院瀬見や久遠の本家へ向かったようですがで両家からの連絡はありません。薄暮冥々から佐伯に西への応援要請がきました」

色々聞きたいことはあったが、まずは純の話を聞こうと思い黙って次の言葉を待った。

「佐伯の霊媒師は想、幻のみしかいません」

「え?」これには驚いた。佐伯の家に来た時多くの人が出入りしているようあった。

「想は面倒見が良いから弟子が多いのです。つまり、現在佐伯の人間が私と勇樹君のみです」

「そんな顔見ても、私は当主にはなれません。霊力が低すぎます」

彼女の強さを実際に目の当たりにしている勇樹からしたら霊媒師でもいいと感じていた。

「だから勇樹君に白羽の矢が立ちました。ただ、庵君の身体で戸籍なので私の息子になってもらいます」

「なんでセンセイに子どもいないです? 次期当主とか必要でしょ」

「想さんは佐伯を存続させるつもりはありませんでした」

「なら、このまま潰せば」

 投げやりな勇樹セリフに純は困った表情をした。

「最終的にはそれでもいいですが、今すぐだと想さんの弟子が路頭に迷いますよ? 彼らは想さんから依頼を受けて仕事をしています」

 勇樹は唸りながら髪を乱暴にかきむしった。すると、数本抜け落ちて床に落ちた。

「幻が戻ったら彼女が当主ですよね?」

純は目を細めて悲しい顔をした。

「どうですかね」真っ直ぐ見る彼女の瞳に自分の顔が映ると緊張した。「本来なら佐伯幻は第一級犯罪者となるはずですが花ケ前がそれを強く望んでいなようですね」

「どういうことです?」

「西にいると言われた黒鉄雄路の調査に向かったのが想さんと花ケ前陽真なんです」

勇樹は眉をひそめた。

「純さん、死体が発見されたって言いましたよね? それって」

「ええ」純は小さく頷いた。「花ケ前陽真が想さんを殺し、遺体を放置したのでしょう。それを幻さんが見つけ花ケ前本家を襲撃したのかもしれませんね」

「なるほど、花ケ前は遺体放置を言及されたくないですね」

なんとなく、先が見えたような気がして気持ちが軽くなった。

「つまり、俺は幻を止めればいいですね。花ケ前がセンセイを殺して遺体放棄の目をつぶればすれば幻の襲撃もなかったことになるかもなんですね」

何度か頷くと、勇樹はサイドテーブルの上に乗っていたノートパソコンをテーブルに置いた。

「想の死や幻の襲撃がショックではないのですか?」

「う~ん。しょうがないですよね。センセイは自分でもうすぐ死ぬって言ってたし、幻は兄ちゃんが死んだら怒るのも無理もないんじゃないですか」

笑い飛ばすと、勇樹はパソコンを開き報告書の作成に取り掛かった。それを見て、純は彼が心配になったが作業を始めたので廊下に出た。

純はスマートフォンを取り出すと電話を掛けた。

相手はすぐに出た。

「久しぶりです。佐伯純です。ええ、はい。そうですね」

その電話が終了すると、更に電話を何本か掛け、二言三言話すと電話を終えた。    

一時間が経つと、会議室に勇樹が入ってきた。すると、座っていた大人が全員立ち上がったため勇樹は驚き入り口から進めなくなった。

「勇樹君。こちらへ」

純が呼ぶと不安そうな顔をしながら、彼女のいる上席へときた。

「皆様方、初お目に掛かります。器は違いますが、我が孫勇樹です。次期当主となります」純がそう言うと、立っていた大人は一斉に頭を下げた。勇樹は戸惑ってはいるようであるが黙って純に従っている。

「この者たちが佐伯ではありませんが想の弟子になります」純はあたりを見回すと、青年の所で視線を止めた。「彼は雪川慶(けい)と言います。隣にいるのが雪川蒼(そう)です」

二人は同時に頭を下げた。彼らは全く同じ顔に体格、黒髪の短髪の髪型も同じであった。しかし、霊力の形は違った。

「二人は今回、勇樹と共に行動してもらいます」

「はい」純の説明に慶と蒼は同時に返事をした。

全員が着席すると、会議が始まった。全員机に名札が置いてあったが覚えられそうにないと感じた。

目的は幻の保護であり、彼らと慣れ合う必要はないため名前を見るのをやめた。

作戦の指揮は全て、純が行った。会議が終わると、全員に通信できる腕輪を渡していた。勇樹も以前も貰ったが、境域に閉じ込められて、戦いに忙しく存在を忘れていた代物だ。

「……境域かぁ」

 廊下を歩きながら、つぶやくと後ろを歩いていたが腰を曲げて、勇樹の顔を覗き込むと蒼は「勇樹様は使えるのですか?」と明るく話しかけてきた。

「いえってあの、年下なんで敬語も様もいりませんよ」

蒼の呼び方に驚いて手を振った。すると、蒼は人差し指を頬に持って行って少し考えるとニッパと笑った。

「じゃ、敬語なしで。勇樹と呼ぶから、僕のことは蒼と呼んでね」

「はい」

「勿論、敬語はなしだよ」

勇樹が頷くと蒼は嬉しそうに笑った。表情がクルクル変わる彼と違い、慶は顔に筋肉が死んでいるのかと思うほどピクリとも動かないし話さない。

「えっと、慶さんもよろしく」蒼と同じように敬語は使わなかったが不安になり彼の様子をうかがった。

「うん」

彼は子どものように小さく頷いた。悪い感じではなかったので安堵した。

慶は何を思ったのが、勇樹の手取ると何も言わずに引いた。勇樹は驚いたが、蒼がにこにことしているので彼に従うことした。

慶が勇樹を連れてきたのは、佐伯家の敷地内にある中庭だ。昼間であるが木々が生い茂っているため薄暗い。修行にも使用する場所であるが今は誰もいなかった。

慶は手を離すと何も言わずに勇樹を見ていた。

「え? なに?」

聞いても彼は頷くばかりで何も言わない。

「多分、境域をやれっいているんじゃない?」

後ろからゆっくりとついてきた蒼が言った。それに慶が頷いている。

「え……、やったことないんだけど」

「境域はさ。契約者特有の能力なんだよ。相手を閉じ込めて自分の身体能力はアップするからね。幻さんと戦うなら必須になってくるんじゃない?」

「確かに……」

幻の今の状態は分からないが彼女は強い。もし悪魔との契約をしていたら太刀打ちできない。

「でも、やり方わかんない」

『困ってんの?』

突然聞き覚えのある楽しげな声が聞こえた。勇樹はそれが死魔であることすぐに理解できた。

『うん、教えてくれる?』

『う~ん、どうしようかなぁ』死魔は意地悪く焦らしてきたが、それが彼の特徴だと割り切り勇樹は次の言葉を待った。『あ、そうだ。西いくんだよね?』

『おう』

『じゃさ。花ケ前陽真に必ず会って話をして。約束するなら教えるよ』

死魔の言葉に勇樹は眉を寄せた。悪魔との約束はお互いに破ることができないため、相手から提案がある時は慎重になる必要あると想が言っていたのを思い出した。

『何か裏があるのか?』

『お?』死魔が驚いた声を上げた。少し間を置いて彼の笑い声が響いた。『相変わらず、そういうのストレートねぇ。ウケる』

『だって、センセイが言っていたし』

『アハ。そこまで教えてくれんだ。勇ちゃんは素直だねぇ』

死魔が楽しいでいるのが勇樹は不快であったが、境域について教えてくれると言う言葉を信じて黙っていた。

『花ケ前陽真が想ちゃんを殺したんだよ』

『……そうだんだ』

『あれ? 知ってた?』

『知らないけど、想定してた』

そのことについて純に言われて報告書を書かずに花ケ前陽真について調べていた。

『花ケ前陽真って九つだよね。そんなガキにセンセイが負けるのかな? ガキが契約者の可能性もかんがえたけど……』

『花ケ前陽真は契約者じゃないよ。でも強いの』

滅茶苦茶楽しそうにべらべらと話した。簡単に話していいものかと不思議に思ったが彼が気持ちよく話してくれるなら好都合と余計な詮索はしない事にした。

『なんで?』

『そりゃ、勇ちゃんと同じ悪魔の血が入ってるからね』

『へ?』思わぬ言葉に目が点になった。

『あー、知らないか』死魔をケケケッと嫌な笑い声を上げた。『勇ちゃんの父ちゃんは勇ちゃんを強くしたかったら天魔と契約して悪魔の血を飲んで勇ちゃん作った。だから勇ちゃんのかぁちゃんは出産時に死亡』

勇樹が驚いているのを死魔は見て楽しそうに続けた。

『悪魔の血が入った勇ちゃんが十三歳の時悪魔化の予兆があり危険だと思って煩悩魔が殺したはずだっただけど霊体だけ父ちゃんが隠したんだ。なんでだと思う?』

死魔はずっと黙っている勇樹に問いかけた。しかし、勇樹の思考回路はついて行かなかった。死魔はそんな彼を楽しんでいた。

『霊体を生贄にして魔力の上限限界解除をすんだよ。生贄なしでやった結果はこの前みたでしょ。あのタコさ。キショイよね』

『……なんで、そんな話するんだ?』

『知っていた方が面白いから。まだまだいくよ』死魔はまるで物語を話すような口調であった。『花ケ前陽真も悪魔の血を継いでいるだけど、彼は成功作。血が完全になじんで悪魔化しない人間が完成した。魂を使わないで魔力を使える最高傑作』

まるでお祝いのように叫んだ。それが勇樹は頭に響き渡り酷い痛みを感じた。

『それを作ったのが死魔になった花ケ前陽炎』

『……なった?』酷い頭痛の中、なんとか言った。

『そう。花ケ前陽真を作った功績と前天魔を倒した功績。このまま魔の勢力を増やせま天界に切り込むことができるからね』

『増やす? 協力しあうということか? 悪魔が協力?』

違和感があった。死魔のような悪魔が誰かと力を合わせるなんて考えられない。

『アハハ。利害一致すればするよー。僕ちゃん天魔討伐協力したしー』

頭痛が少しずつ収まり、頭がさえてくると気持ちが落ち着いた。深呼吸をしてゆっくりと彼が話してことを頭の中を整理した。

『つまり、センセイは花ケ前陽真と魔力同士の戦いをして負けたってこと?』

『その話―』死魔の声は楽しそうであった。『想ちゃんは魔力使ってないよ。痕跡がなかったから確か。花ケ前陽真の魔力で一方的って感じかな。ある意味自殺だよね』

『そうか』

勇樹が安堵すると、死魔は驚いて声を上げた。

『なんで、自殺で安心すんの?』

『センセイを倒した花ケ前陽真。そんな彼を致命傷に追い込んだ幻を俺はこれから保護しにいくんだよ。センセイが本気でやって負けたなら俺ヤバいじゃん』

平然と言う彼に死魔は大きな声で笑った。すると、また頭痛がしてそれが酷くなるのが警戒して身体全体を守るような壁をイメージした。すると、頭痛が和らいだ。

『こういう使い方か』

『あ、今ので、学んだ。そ、魔力はイメージして流す感じ』死魔がニタリと嫌な笑いを浮かべたような気がいた。『にしても、霊体なってもしっかり天魔の血が効果を表してるねぇ』

彼の言ったことを勇樹は意味が分からなかった。悪魔の血があろがなかろうが勇樹は勇樹の意志で考えて行動いる自信があった。

『教えたから約束守ってよ』

そういう死魔に勇樹は仕方なく承諾した。

「……ゆ」遠くの方で名前を呼ばれる気がした。「……勇樹? ねぇ勇樹ってば」その声がどんどん近く大きくなった。身体が左右に揺すられる感覚があった。気づくと、目の前に蒼の顔があった。

「え、わぁ」

蒼の顔面アップに驚いて、数歩下がった。すると、蒼は眉をひそめて「心配したんだよ」と頬を膨らませた。勇樹よりも年上であるはずだが子どもぽく見えた。

「五分以上返答がなくて立ったまま固まってるし、純さんに今連絡しようとしたんだよ」

プンスカ怒る蒼の横で、慶が静かに頷いていた。同じ姿なのに反応が違い面白かった。

「数秒だと思ってたんだけど。死魔と話してた」

「死魔」蒼がつぶやくと慶と黙り顔を見合わせた。「それ気を付けないと命取りになるよ」

「……うん」素直に反省した。

「で?境域のこと分かった?」

「あ……」境域の作り方を聞き忘れたことを思い出した。「でも、なんとかなるかな」

勇樹は風でゆれる木々を見た。そして、静かに目を閉じると身体全体に黒い靄を感じた。手を伸ばすとそこに裂け目があった。

「境界かな?」

裂け目を広げながら目をあけた。それは、以前天魔がようとしていたモノにそっくりであった。

「蒼さん、慶さんこれ」っと言って振り向くと遥か遠くに二人がいた。「なに?どうしたたんだ?」

「続けて。僕らは近づけないから。これ以上近づいたらヤバい」

遠くで蒼が叫んだ。その横にいた慶も頷いているようであるが遠すぎてよく見えなかった。

「そっか」

裂け目に手を入れようとすると嫌な感じがした。霊幕を纏っていたがなんだか不安であったため霊幕に魔力を混ぜた。少し混ぜたつもりであったが、青い霊幕が真っ赤にになった。驚いたが気にしない事にした。

裂け目に手を入れ学校の体育館をイメージすると裂け目の中に体育館ができた。想や雄路の境域は真っ黒であったが、勇樹のモノは体育館が細部まで再現されたが全体的に赤った。

「おもしれー」

勇樹は体育館に入ると飛び跳ねた。すると、天井に手をつけることができた。

「すげー」

天井を高くするイメージをすると見えないくらい高くなり、調子に乗って伸び跳ねた。

高すぎたようで、戻って来るのに数分掛かった。

ボールをイメージすると真っ赤に燃えたボールが出てきた。燃えているため躊躇しが触ってみると熱くはない。それを壁に投げつけると凄い音して壁が燃え穴が開いたがすぐに元に戻った。

「ヤバすぎ」

ラケットやマットなど一通り出して遊んだあと裂け目から外に出た。勇樹が外に出ると裂け目が消えてなくなりそれと同時に全身に疲労を感じその場に座った。

「勇樹」

裂け目が消えたことを確認すると蒼と慶が駆け寄ってきた。

「上手くいったよね」

「あー」勇樹は転がると、蒼と慶を見上げた。「なんでお前ら近づかないだよ」

「死ぬからよ。境界域はこことむこうの世界の間。魔力で満ちている所に人間がいったら即死だよ」力説する蒼に慶が頷いた。「幻がもし悪魔と契約しているなら境域に引き込むのがいいと思うよ」

「オッケー、でもこれマジ疲れる」そこでふと思い出した。「でもセンセイの境域に俺いたけど生きてる」

「想さんの境域には僕らも入った。想さんは僕らを魔力の混じった霊幕で包んでくれたので問題なかった」

「ふーん」勇樹は頷きながら手を握ったり開いたりした。そして勢いよく立ち上がると二人をみた。「こうか?」

二人を霊幕で囲うとしたがそれをやろうとすると、自分の霊幕がなくなった。当然二人を囲うことはでいない。

酷く疲れを感じた。

「難しいなぁ」

「当然」蒼は笑った。「他人に霊幕を掛けるなんて芸当できる人間、僕は想さんしか知らない。安心して。霊幕は自分で出来るから」

蒼と慶は霊幕発動させて見せた。それに勇樹は頷いた。

「明日は出発。準備をよろしくね」

そう言って蒼と慶は去って行った。そんな二人の姿をぼーっと見ながら、雄路の境域に入ってきた純のことを思い出した。

「純さんはあの服の効果で入れたか。アレすげー霊力入っていたもんな」考えながら、ある事に気づき、ダッシュで純の部屋の前に来るとノックなして一気に扉をあけた。

「なんだい?」

眉を寄せた純が振り向いた。風呂に入っていたようで、いつもセットされていた髪が濡れおりていた。それが彼女の年齢を下げていた。

「服の霊力はセンセイが込めたですよね。追加していた方がいいのかと思って……」

「え、あぁ。したら魔力も一緒にいけますか?」

「……大丈夫です」考えてながら手を見て、強く頷いた。

純の部屋の間取りは勇樹の部屋と全く同じであった。物が一切なく、テーブルとベッドそれにクローゼットがあるだけであった。生活感のなく純がいなければ空き部屋と間違えるほどであった。

純はクローゼットを開けると、その中は真っ黒であった。そこから純は戦闘の時来ていた服をだしてテーブルに広げた。

「よろしくお願いします」

「はい」

深呼吸をすると勇樹はじっと服を見たあと、それに触れて魔力を込めると服は蘇枋(すおう)色なった。

「あー、悪役の色みたいになっちゃいました」

失敗したかと思ったが純が微笑んでいたので安心した。

「ありがとうございます。着てみます」と言って、純がその場で脱ぎ始めたので勇樹は慌てて外に出た。純は気にしなくていいような事を言うが勇樹の心臓は破裂しそうであった。年齢がいっておりそういう対象にはならないが気まずい。

扉に寄りかかり、目の前の壁に掛かっている絵を見ながら心を落ち着かせた。絵は三角の中に鳥が描かれていた。

しばらくして、着替え終わったと部屋の中から聞こえたため恐る恐る中へ入った。

「何を恥ずかしがっているのですか? 想さんも幻さんも平気でしたよ」

幻は女の子であるが、想については何を考えているか分からなかった。亡くなった人を悪くは言いたくないが理解に苦しむ行動が多かった。

「そうですか」小さくため息をついてから気持ちを切り替えて純を見た。「服はどうですか?」

「面白いですね」そう言って、両手に力を込めると純の両手の手袋が赤く燃え上がった。「勇樹君は力は炎みたいですね そんな霊力、見た事も聞いた事もありませんが魔力はそうなのでしょうか」

「どうなんでしょう」

「魔力は分からないことだらけですよね。ただ悪魔と関わっている以上、地獄への道を進んでいる事は間違えありません」

「そうですね」

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