【勇者】

 ガーディアン3体の中では特に耐久の低い後衛タイプのステータス故に耐えきれず、通常のモンスターと同じように消える【小夜啼鳥】。

 巻き添えで雷属性特有の3割スタンを引いたのか硬直する【冒険王】。

 威力増強版【サンダーボルト】のオレに向けられた分のダメージを肩代わりした【勇者】。

 一瞬沈黙が場を支配する。


 スタンから【冒険王】が回復する前に体勢を整えなくてはならない。運良くスタンも引かず一番最初に動き出したオレは2体から飛び退いて距離を取るとポーションを実体化させ飲む。

 ずっと無手だったがここからは流石にフレンドリーファイアだけで【冒険王】を倒せないので【魔剣製生】で生み出した剣を右手に持つ。

 ちょっと歪んだ気がする頭蓋骨とぐちゃぐちゃになってそうな内蔵を治して今度は先に【冒険王】を倒そうと向き直ろうとした瞬間、響き渡った慟哭。


『―――――!!!』


【勇者】のレプリカが、これまでにない明らかにおかしな挙動をしていた。

 ただの再現の筈のレプリカがまるで人間のような感情の発露をするなんて一体どういうことだ。

 異常事態に戸惑うオレを横目に、こちらを睨みつけた【勇者】はスキルを宣言した。


『【マジックダウン】、【誓言】、【呪言】、「動 く な」』

「!?」


 ここに来てまさかの呪言師!?

 呪言師の【呪言】は【フレンドリーファイア】関係なく聴覚のある存在、つまり味方にも通るスキルな為パーティが基本の探索者には使い手があまり居ないジョブだ。現に余波を食らった【冒険王】まで同時に縛られている。

 だが【冒険王】の硬直なんて関係ない。オレを殺す手段なんて腐る程ある【勇者】が動ける状況で完全に身動きが取れなくなった。

 【約束の指輪】での身代わり効果がなければオレは完全に詰んだと言える状況だ。

【マジックダウン】でこちらの魔力耐性を下げた後に【呪言】なんてズルすぎるって。それをやるのがペラペラな魔法使い系とかならともかく肉体的にもゴリラな【勇者】がやってくるとか普通は想定していない。

 間に挟まれた【誓言せいごん】は恐らく【呪言】の判定を有利にするためのスキルだろうか、全く聞いたことがないので【勇者】固有のスキルだと思われる。


 ゆっくりとこちらに歩いてくる【勇者】はもはや守る対象が居ないせいか左手の盾を捨て剣のみを構えている。幽鬼のようなふらついた足取りのまま、最後の足掻きに【呪言】が切れるまでの時間稼ぎでこちらの貼った障壁など紙のように切り裂いてしまった。

 そうして目と鼻の先まで近付いてきた【勇者】は不自然な体勢で固まるオレの左手から指輪を抜き去った。


「げっ」


 待ってくれコレは流石にヤバい、【約束の指輪】のからくりに気付かれた。再現されただけのガーディアンにそんな知恵があるのを想定していなかった。

 唯一の勝ち筋だった【約束の指輪】を奪われてしまっては簡単に再チャレンジも出来なくなる。

 どうにかして取り返してからダンジョンアウトしないとならない。

 身体は【呪言】で動かないからスキル外スキルではたき落として拾えるか、殺される前に回収できるかはギリギリだが試そうと魔力を練っていたが【勇者】の言葉に思わず止めてしまった。


『―――』

「は、」


 それは、一人の名前。

 今、間違いなく【勇者】が隙を晒している。

 このタイミングに魔力操作で【約束の指輪】をはたき落とせばきっとろくに防御態勢も取ることができないだろうとすら思える程の大きな隙。だがオレはそんな絶好のチャンスを前に何もせず【勇者】がどうするのかを見届けようとしている。

 その行動が原因で負けたらどうすればいいなんて保身を考えられなかった。


『―――、―――――』


 左手で取り戻した指輪を胸元にぎゅっと抱きしめて何事かを呟いた【勇者】。本当に小さな声で誰にも聞かせる必要の無い言葉だったからか、比較的近くに居たオレにも何を言っていたかは分からない。

 最後に作り物の涙を流して、そして、剣を自らに向けて深々と突き刺した。


 【約束の指輪】と共にゆっくりと消える【勇者】。これは、恐らく勇者の死に際の再現。

 ダンジョンによる生前の姿の再現が完璧だったからこそ起きた仲間の死からもたらされた自滅行動。




 残されたのは、オレと同じく【呪言】から開放された【冒険王】のみ。



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