第9話「不真面目少年と、学年一位の頭脳持つ少女のクリスマス・イブ①」
今日は十二月二十四日。
記念すべきクリスマスイブ。
世間が浮ついている中、天パ頭の少年、天城咲斗もその一人だった。
どれぐらい浮ついていたのかというと、学年一の頭脳を持つ少女にわざわざ課題を教えてもらっている立場だというに、問題の解答欄に、必ず一回は「猫カフェ」と書いてしまうことに加えて、何か彼女の姿に違和感を覚えてしまうほどの浮つきであった。
その様子に終始呆れていた眞白は、彼女の秘密兵器であるハリセンをちらつかせることで対応する始末。
そのおかげもあってか、課題はある程度のスピードで進んでいた。
そして、時間も丁度一時を回ってきた頃……。
課題もひと段落ついたということで、眞白は教科書を閉じて、本日のメインイベントへの移行を決意する。
「そろそろいい時間帯ですね。行きましょうか、天城くん」
「うん。あ、でも待って」
「どうかしたんですか?」
「服…パジャマ用のやつだから着替えないと…」
昨日に引き続き今日も彼女に起こされた咲斗は、寝巻きのまま課題をする羽目になった。
このまま外出するわけにもいかないため、今すぐにでも着替えたい咲斗なのだが、着替えが入っている箪笥の前に着くと、あることに気がつく。
そう、この部屋には同級生の女子がいるのだ。
いくら不真面目な中学生とはいえ、女子の前で着替えたりするほど非常識ではない。
部屋から出て行ってもらった方がお互いのためだ。
そう考え振り向くと、勉強机の側に座ったまま動く気配がない眞白に声をかける。
「ねぇ、一ノ瀬さん」
「はい、何ですか?」
「僕、今から着替えるんだけど……」
「そうですね。あ、時間を気にしているのなら、問題ないです。ゆっくりで構いません」
「あ、ゆっくりでいいんだ」
「はい」
そういうことならば、ゆっくり着替えよう、そう判断した咲斗は、箪笥の引き出しに手をかける。
(あれ?何かがおかしい。大切なことを忘れているような………)
引き出しに手をかけたまま数秒。
思考を巡らした咲斗は、彼女に声をかけた理由を思い出す。
そうだ。
そもそも咲斗は、同級生の女の子の前で着替えることが非常識と思い、部屋を出て行ってもらうために声をかけたはずで、着替える時間に対して会話をしようといた覚えはない。
危うく、眞白の発言に流されるところだった。
危ない危ない、と安堵しつつ、再び彼女に声をかける。
「い、一ノ瀬さん?」
「どうかしましたか?」
「あのぉ、今から着替えようと思うんだけれど……」
「ん?私を気にせずどうぞ」
「いや、どうぞじゃなくてさ………はい?」
未だに声をかけた真意に気がついてもらえない咲斗は、呆れつつ再び彼女の方を振り返ったのだが……そこには彼が想像していなかった景色が広がっていた。
眞白が座っている勉強机の上。
そこにはスマホスタンドが置かれており、彼女のスマホが横向きに立てかけられている。
ここまでなら別に変に思わないのだが、問題なのは、スマホのカメラの部分が完全に咲斗の方向を向いていることだ。
これではまるで、彼女が咲斗の着替えを盗撮しているようではないか。
(落ち着け…落ち着くんだ。もしかしたら、一ノ瀬さんが置いたスタンドの位置が、たまたま僕の方を向いてしまったという場合だってあるじゃないか。これは……彼女を試してみるしかないみたいだ)
早計は良くないと思った咲斗は、眞白の人間性を考慮しつつ、彼女の行動の本質を探る方向へとシフトする。
眞白は中途半端を嫌がる性格をしているため、もし彼女が本当に盗撮をする気なら、服を脱ぎ始めるところから撮っておきたいはずだ。
そう推理した咲斗は、パパッと箪笥から適当な服を取って彼女に背を向けながらベッドへと移行する。
そして……来ているシャツに手を………。
ちら。
服をゆっくり脱ぎつつ、彼女のスマホの方に視線を向ける。
流石の彼女も、盗撮なんて……。
「思いっきり撮ってたぁぁ!!!」
思わずツッコミを入れてしまった。
というか、丸わかりだった。
変に思考を巡らせて彼女の本質を暴く的な、探偵のような行動を取った自分が馬鹿らしくなるくらいに彼女は隠す気がなかったようだ。
三度彼女の方を見たとき、スマホはスタンドから離れていたし、彼女の鼻からは鼻血が少々出ていた。
その頬は少々赤みを浮かべ、息遣いも荒い。
「何か弁明はあるかい?」
「大家さんに撮影許可をもらいました!!」
「わーお。弁明どころか開き直った回答だね。でも、できれば大家さんじゃなくて僕に許可をとって欲しいかも」
「それもそうですね。撮ることしか頭になくて配慮が足りてませんでした。では、天城くん。着替えを撮ってもいいですか?」
「ダメです」
「えぇ~(不満顔)」
むぅぅ、と不満な感情を浮かべながらも彼女は納得したのか、スマホを持って立ち去ろうとする。
が、その顔は少し曇っているように見えた。
どうしたのだろうか。
今程度のやり取りなんぞ、これまでも繰り返してきた。特に彼女を落ち込ませるような発言や行動をした覚えもない。
はて?と疑問に思いつつも、その後ろ姿を眺めていて………。
ふと…
「あ、私服」
「……っ!!?」
つい、口から溢れたその言葉。
途端に彼女が振り向く。
その表情には先程までとは打って変わって笑みが溢れている。
今日、眞白が来てから咲斗の中で何かが引っ掛かっていたのだが、彼女の不審な行動の数々でやっと気がついた。
ゆっくり着替えをしてくれとか、わざと盗撮をして着替えを妨害してきたこととか……。
全ては服という概念に思考を向けさせるための行動。
今日の一ノ瀬眞白は、制服じゃなくて私服なんだと気付かせるための行動。
夏休みの件も含め、普段は学校でしか会わないからなのか、制服姿の眞白しか見てこなかった咲斗。
そこに違和感を覚えながらも、ただ浮ついていただけと錯覚をしてしまっていた。
過去の自分に、「なんて馬鹿野郎だ!」と怒鳴りたいぐらいだ。
そんな自責の念に駆られしまい、無言になってしまう咲斗。
そんな落ち込んだ表情を浮かべる彼を見て、眞白が意を決して話しかける。
「に、似合って…ますか?私なりに……その…結構頑張って選んだのですけれど……」
両手で胸元をギュッと押さえてつつ、上目遣いに彼の瞳を捉える。
その頬は先程よりも赤く染まっており、恥ずかしさも相まって思考がショートする。
ドキドキしながらも、彼の返答を待つ。
数十秒経過しただろうか。
咲斗の口から飛び出た言葉は……
「うん、とっても似合ってる……。可愛い!!」
「えへへ(思考停止)」
「めちゃくちゃ可愛い!!宇宙一!!!」
「あ…ありがとう…ございます(キャパオーバー)。じゃあ私、部屋から出て行くね。着替え、ゆっくりでいいから」
フラフラしつつ、少々片言混じりな言葉を残して扉の向こうに消えて行く眞白。
その姿を見送ってもなお、咲斗はカカシのようにその場から動けなかった。
彼女の私服姿が目に焼き付いて離れない。
白色で深めのVネックデザインのスウェットに黒色のシャツ。特に、スウェットのサイドにはスリットが入っているので、猫カフェなどのしゃがんだり座ったりする際に動きやすそうだ。
ボトムには深めの緑色をしたスラックスを履いており、何というか、きちんと感、優等生感が出ていることに加えて、柔らかい雰囲気も醸し出していた。
(えっ!!可愛い!!女神か何かかな!!あ、暇つぶしに人間界に降りてきた天使とか!!はっ!!落ち着け……深呼吸だ)
深く息を吸い込んでは吐き出す咲斗。
彼女の究極の可愛さで脳が上手く機能していなかったが、酸素を補給することで思考力が戻ってくる。
同時に、自責の念も……。
(くそ!もっと早くに気がついてあげるべきだった…。夏休みに決めたじゃないか…彼女の笑顔を護るって……それなのに僕は……)
彼女の顔を曇らさせてしまった反省として、自分の頬を思っ切り殴る咲斗。
彼女と出会った夏休み。
彼女の家族に宣言した言葉。
猫カフェも十分魅力的なのだが、咲斗の優先順位は一ノ瀬眞白であるべきだと、再認識をする。
軽く深呼吸をして思考をクリアにすると、着替えをし始める咲斗。
数十秒で着替え終わると、扉を開けて廊下で待っている眞白に謝罪を入れる。
「一ノ瀬さん、着替え終わったよ。あと、ごめんね。私服に気がつくの遅れちゃって……。折角盗撮とか嘘をついてくれたのに……」
「嘘?」
「ん?」
「確かに私服に気づいて欲しいとは思っていましたが……。あの盗撮は、ただ天城くんの着替えが撮りたかっただけですよ?(純粋な瞳)。嘘なら、大家さんに許可なんて取りませんし。まぁ、結局、撮ってから天城くんに報告する予定でしたし」
(な、なんですとぉぉぉぉぉ!!!!てか、大家さんは何を考えているんだよ!!)
今日一番の衝撃だったのだが……何故か、彼女なら有り得ると思ってしまった事は秘密である。
担任から逃げていたら、学年一位の頭脳を持つ美少女に抱きしめられた件 残飯処理係のメカジキ @wonder-king
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