第8話「不真面目少年の、クリスマスイブの予定」

 人とというものは、予想外のことが起きてしまうと思考停止に陥ってしまうケースが多数である。


 それは、学年一位の頭脳を持つ少女だとしても例外ではない。


 勇気を出して思い人をクリスマスイブデートに誘おうとしたら、大家さんと二人きりでクリスマス・パーティーをする予定だとか、誰が考えつくパターンだろう。


 とはいえ、眞白の聞き間違いの可能性も捨てきれない。

 例えば、ご両親と大家さんの家族ぐるみの付き合いとして一緒にクリスマスパーティーをすることを、簡略化して言っていることだってあり得る。


 ここはもう一度、確認しておくことが大切だ。


「えっと……ご両親と大家さんではなく?」

「ううん、大家さんと二人きりだよ」

「そ、そんなぁぁ」


 普段はグイグイと咲斗に構っていく眞白だが、クリスマスイブという特別なイベントに異性を誘ったことがなかった手前、かなりの勇気と恥ずかしさを交えながら伝えてみたのだが、あっさりと撃沈。


 その結末に、その場に崩れ落ちてしまう。


 先程までの、咲斗が落ち込み眞白が励ますという展開と真逆の展開が訪れたことにより、天パ頭の少年はあわあわと慌て出す。


 なんだか、とても気まずい時間だ。


 このままではいけないと判断した咲斗は、どうにか話をまとめようと眞白に声をかける。


「あ、いや、でも。え……っと…一ノ瀬さん」

「なんですかぁぁ……」

「大家さんには悪いけど、明日は一ノ瀬さんのために空けることにするよ」

「い、いいんですかぁぁ」


 パァァァ、と顔を輝かせる眞白。

 数秒前までの魂が抜けきった無表情とは大違いだ。

 しかも、神を崇めるかの如く、窓の外で庭の手入れをしている大家さんに手を合わせている。


 (はい可愛い、優勝。この笑顔のためなら、僕は大家さんの自作ケーキを食べられなくてもいい。いや、でもちょっと食べたいから残してもらえないかな。土下座とかすればどうにかなるかも)


 未練を断ち切れない咲斗だが、約束ごとは反故にできない。特に、眞白のお願いとあれば選択の余地はない。

 後で大家さんに断りの連絡をしておかないとな、と思いつつ、ここである事に気が付く。


 明日はクリスマスイブ。


 不真面目な常識知らずの咲斗でも分かる、リア充の祭典。

 そんな日に、眞白から遊びのお誘いがあった。


 はて?


 これが意味することとは?


 (クリスマスイブに異性を誘う理由って………。しかも、別に他の人を誘っているとも言ってないし、普通に考えれば二人きりってことだよね。ふむ……)


 顔を逸らしながら、眞白の「お願い」の真意について考える咲斗。


 眞白は、なんだか険しい表情をして「ぐぬぬぬ」と唸っている咲斗を見て、「どうしたんでしょう…?」と軽く心配の声をこぼす。


 そんな眞白を他所に、咲斗は未だ彼女が自分をクリスマスイブというリア充イベントに誘った理由が思いつかず、ついには頭を抱え出していた。


 これが、普通の男女ならば、恋愛関連のお誘いである可能性が高いことが断言できるのだが、咲斗達には夏休みに交わしたとある約束がある。


 あの約束がある以上、彼女が咲斗を好きだからこんな誘いをしたわけではないことが確定している。

 だからこそ、分からない。


 考えが上手くまとまらず、いたたまれなくなった咲斗は、ふと眞白の顔を見る。


 ニコッと可愛い笑顔。


 可愛い!!!


 (まぁ、理由なんていいか。一ノ瀬さんが笑顔なら、僕はそれでいいんだ)

 

 すぐに答えが出ない問題を飛ばす方が効率が良いように、咲斗もまた、考えることを放棄する。

 多分、この選択をするのが正解なんだろう。


「それで、明日は何をするの?」

「猫カフェに行こうと思ってます。あ、でも午前中は宿題と課題を進めますよ」

「猫……カフェ……だ…と」

「なんか口調変わってません?」

「いや、変わってないよ。というか、そんな画期的なお店があるなんて……やはり世の中天才はいるものだね」

「結構前からありますけれど……」

「そうなの?」

「はい。ふふ、天城くんは猫さん好きですもんね」

「好きだぁぁぁぁ!」

「!?」


 この男、大の猫好きのため猫関連のことになると情緒が不安定になる。


 が、そんな情緒不安定な咲斗に目もくれず、眞白は「好きだぁ」というその台詞を心で噛み締めていた。


 というか、勝手な解釈で納得をしていた。


 (え?今の告白ですか(違う)?そうですよね。だって「好き」って私に向かって言いましたもん(言ってない)。明日にでも婚姻届持ってこない(年齢的に無理)と……)

 

 学年一位の頭脳を持っているとは思えない暴論に辿り着く。


 いや、なんでこの脳内お花畑の少女が、学年トップの成績を取れているのが甚だ疑問だが、事実なので仕方ない。


 ニヤニヤと口元を緩ましている眞白を見て、落ち着きを取り戻した咲斗は、心配そうに話しかける。


「い、一ノ瀬さん?大丈夫?僕、なんか猫って単語を聞いて暴走しちゃって……」

「いえ……結婚が……はっ!!…その、何でも……ないです…」

「え?猫カフェって猫と結婚できるの?」

「はい?…猫と…結婚?…いや、できませんよ!」


 咲斗の意味不明な発言によって正気を取り戻した眞白が、冷静にツッコミを入れる。


 いや、猫と結婚なんて聞いたことないし。


 が、当の本人はかなりショックを受けていた。


「なんだぁ…残念」

「残念ですけれど、無理だと思います」

「仕方ない、来世に期待しよ」

「そうした方がいいです」

「うん。じゃあ明日は楽しみにしてるね。じゃあ、ゲームの続きしよっか。何がいい?」

「え…と…。あ、『CAT HEARTS Ⅲ』ってやつはどうですか?」

「わーお、凄いところを選ぶね」


 『CAT HEARTS Ⅲ』

 それは、大人気RPGである。

 が、ただのRRGではない。

 難解なストーリーに加えて、様々なハードで外伝が出ている。

 しかも、その外伝でさえストーリーに関わってくるのだ。

 つまり、Ⅲから始めるとストーリーが理解できない。

 だから、やるならⅠからがおすすめなのだが……。

 正直言って、今からやるようなゲームではない。


 もっと、こう………レースゲームや対戦ゲームのような初心者でも入りやすくて時間もかかりにくいものの方がいい気がする。

 折角眞白がやりたいと言ってくれたものをやらないというのは咲斗の信念に反しているが、この際は仕方がない。

 彼女には、できるだけ楽しんで帰ってほしいからだ。


「一ノ瀬さん、それはかなり根が深いゲームなんだ……。だから、あまりおすすめはできない……」

「そうなんですね。じゃあ……」


 と、床に散らばっているゲームソフトを見渡している眞白のポケットからアラーム音が聞こえる。


 このアラームは……。


 咲斗が時計を見ると、正午を過ぎたくらい。


 なるほど、タイムリミットか。


「そろそろ時間みたいです。ふふ、天城くんといると時間が経つのが早いですね」

「あ、うん。何か羽織っていくかい?」

「結構です。来たときもそこまで寒くなかったですから」

「一ノ瀬さん……えっと……」

「大丈夫ですよ、天城くん。これは、私の提案で決まっていることですから。夏休みのときとは違います」

「なら、いいんだけど。あ、送って…」

「ふふ、それも結構ですよ。気持ちだけ受け取っておきます。もしお兄様に見つかったら、夏休みの報復をされるかもしれませんし…」

「わーお。それは怖すぎるね」


 ぶるるっと身震いをする咲斗。

 夏休みに、彼女の兄との間に起こったことを考えると、ここは彼女を送っていくことは控えておいだ方が良さそうだ。


 中学生の少女を一人で帰すというのは男としてどうかと思うが、彼女が「結構」と言うのならば仕方がない。

 勝手について行っても怒りそうだしなぁ。


「鍵は僕が返しておくから心配しないで」

「ありがとうございます。ではまた明日。絶対ですよ」

「うん、待ってる」


 扉の向こうに消える眞白を、咲斗は無言で見つめていた。



 

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