第7話「学年一位の頭脳を持つ美少女は、不真面目少年とクリスマスイブを一緒に過ごしたい」

 冬休み一日目の十二月二十三日。


 午前十時過ぎのアパートの一室。


 テーブルにあぐらで座っている不真面目少年こと天城咲斗は、全国の中学生男子の皆さんが羨ましがるであろう、超絶美少女の同級生に作ってもらった朝ごはんを食べている今の状況に思考が停止しかけていた。


 先程、インスタントコーヒーを飲んだことによって意識を覚醒させたはずの咲斗だが、この夢のようなシチュエーションに、脳が麻痺し始めていた。


 ひたすら箸を料理と自身の口を行き来させながら、「美味しい!天才!最高!」の三単語を繰り返している。


 その様子を側から見ていた眞白は、初めこそ「嬉しいです」と対応していたが、何分経っても同じ単語を繰り返すため、慌てて咲斗の肩を掴んで揺さぶり始める。


「あ、天城くん!だ、大丈夫ですか!?」

「美味しい!天才!最高!美味し……はっ!一ノ瀬さん……僕は一体何を………」


 肩を思いっきり揺すられて意識を再び覚醒させた咲斗は、箸置きに箸を置くと、両手のひらを交互に見ながら自身の行動を振り返る。


 (最高のシチュエーションと料理の美味しさで意識がもう少しで持っていかれるところだった。くっ、恐るべし一ノ瀬さん……。もう破壊兵器とかでいいんじゃないかなぁ、この組み合わせは……)

 

 そんな事を考えることで、この状況の全てにけりをつけた咲斗は、いつの間にか溢れていた汗を拭いなから、深呼吸をする。

 そんな咲斗に対して、眞白は少々慌て気味に語りかける。

 

「いきなり三単語だけ復唱し始めたから心配になりましたよ!」

「ご、ごめん。でも破壊兵器が……」

「破壊兵器?」

「いや、こっちの話。多分、久しぶりにまともな朝ごはんを食べたから脳の処理が追いつかなかったんだ」


 これもまた事実。

 何年も朝ごはんに買い置きのパンを食べるかそもそも朝食を抜いてきた咲斗にとって、手料理の朝食は慣れない経験だった。

 だからこそ、破壊兵器以前に脳にかなりの負担があったに違いない。


「ということは、普段お義父様おとうさまとお義母様おかあさまは朝にはいらっしゃらないのですか?」

「うん、二人ともいないけど……ん?なんか僕の両親についての漢字表現に違和感がある気がするんだけど?」

「漢字?呼び方には特に変なところなんて見当たらないですけれど?」

「ならもう一回言って」

「お義父様とお義母様」

「むむむ」


 何ですか?と言いだけな顔で見つめてくる眞白。


 ふむ。


 何か呼び方の漢字に違和感があった気がしたのだが……。


 彼女が違うというのならば、変なところなんてないのだろう。


 だって彼女は学年一位の頭脳を持っているのだから、漢字の使い方ぐらいマスターしているはずなのだ。


 そう納得した咲斗は、自身の誤りを認めて謝罪をする。

 

「ごめん、僕の勘違いだったようだ」

「ふふ、別に構いませんよ。で、お話を整理すると、天城くんのお義父様とお義母様は相当忙しいようですね」

「そうだね。基本的に父さんは家にいないし、母さんも昼頃までは帰ってこないよ」

「そ、そうなんですね」

「うん」


 流石にこれ以上踏み込むことは難しいと判断した眞白は、一度ここで会話を終わらせる方向へと持っていく。


 (お義父様は基本的に家にいない……。単身赴任でしょうか。お義母様も夜間のお仕事のようですし……)


 まだまだ心配ごとが多いと判断する眞白だが、冬休みの間は宿題と追加課題を教えるという名目で天城家に侵入が可能なので、深く考えることは後回しにすることに決める。


 というか、今日は課題を届けるのを囮にして、本来の目的を果たすためにやってきたのだ。


 こんな家庭環境を模索している場合ではない……のだが、課題を届けて朝ごはんも作った彼女にとって、この家に留まる理由が他に見当たらない。


 彼が冬休み一日目から勉強するとは思えないし……。

 万策が尽きて落ち込む眞白だが、咲斗は彼女を返す気はさらさらなかった。


 顔をがっくしと落としている眞白に、微笑みながら話しかける。


「今からどうする?一ノ瀬さん。折角来たんだし、ゲームとかやる?」

「ほへぇ?」

「なにその反応。何か用事でもあった?あ、ゲーム嫌いとか?」

「いえ、用事とかは無いですし、ゲームも嫌いじゃありません。あまりやったことはないですが……」

「なら良かった。色々あるけど、二人でできるものは『猿・ゴリラ・チンパンジー・オールスターレーシング』とかかなぁ」

「なんですか、それ」


 思っていたよりも意外で意味不明なゲームの名前が彼の口から飛び出してきたことに、脳内の処理が追いつかない眞白。


 とはいえ、咲斗からオススメされたゲームだ。


 眞白にこのゲームから下りるという選択肢はない。


 ある程度のルール説明をされると、キャラクターの選択に移る。


 と、ここで眞白がある事に気がつく。


「天城くん、ちょっといいですか?」

「なんだい、一ノ瀬さん」

「タイトルにない『オランウータン』とか『ビッグコング』とかいるんですけど……」

「あぁ、隠しキャラだね。僕は相当やり込んでいるから、その手のキャラは全員解放済みなんだ。重さとかがレースの鍵を握るから、初めは好きなの選びなよ」

「へぇ、そうなんですか。あ、車とかも選べるんですね」

「うん。車とかも、下の段にあるのは『隠し車』なんだ」

「ほぇー、すごいですね。結構考えられます」


 案外楽しそうにしている眞白を横目に、隣で座る咲斗の心は悪魔の微笑みで溢れていた。


 (くっ……くくっ…まんまと引っかかりそうだね、一ノ瀬さん。僕があえて『オランウータン』とかの隠しキャラと隠し車を言わなかったのは、初期キャラの『ニホンザル』と初期車の『チンパンジー三号さんごう』が組み合わせ性能として最も優れていることに気が付かせないためだ。隠しキャラと車があれば、何故かそのキャラとか車とかの方が強そうに見えるしね。いつもはテストの点数で負けたりとか不必要に椅子代わりにされたりとか色々と揶揄われているが、今回は僕の勝ちだ!学年一位の頭脳を持つ彼女が、不真面目な僕に負ける。一度は味わってみたいシチュエーションじゃないか!あぁ、レースの開始が待ち遠しい!!)


 そんな心がどす黒く染まっている咲斗の隣で、少し考えるようにキャラと車を選択する眞白。

 やはり、その表情には笑みが溢れている。


 そして、悪魔の天パ頭と、純粋な少女のぶつかり合いが始まった。


 数分後、負けて悔しがる眞白を見るはずだった咲斗が、まるで死人のように床にひれ伏している姿が確認できた。


 そして、テレビの画面には咲斗が選択したキャラが二位だったことが示されているリザルト画面が映し出されていた。


「違うんだ。一周目は確かに僕が勝っていたはずなんだ。なのに、二週目から急に短縮ルートを使い始めたと思うと、最後には僕を完全に凌駕していった……。恐ろしい……これが、学年一位の頭脳を持つ者の実力なのか……!?」

「ふふんっ!!どうですか!!」


 真っ白な灰になりかけている天パ頭の少年をよそに、眞白は自慢げに胸を張る。


 やはり、悪魔に魂を売った輩は、純粋な心に敗れる運命なのか。


 そして、落ち込んでいる咲斗が心配になったのか、眞白は心配そうに彼の擁護に回る。


「でも、やっぱり天城くんもお強いですね!」

「僕負けたもん」

「あ……」

「でも………ま、いっか。楽しかったし。枢木じゃ相手にならないから刺激が欲しかったところだったんだ」

「立ち直るの早いですね」

「気にしたって過去は変わらないからね。僕は未来に生きることができる人材だから、これからのことを考えようと思う。ということで、他のゲームしない?」

「まぁ、いいですけど……その前に…」

「ん?」


 他のゲームを探そうと立ち上がった咲斗の袖を掴む眞白。

 突然服を掴まれるという予想外の行動に、驚きの声が漏れる咲斗。


 が、ここから事態は停滞を始め、しばしの沈黙が流れる。


 袖を掴みながら俯く彼女の耳は、段々と赤みを増す。


 その様子を見た咲斗は、しゃがみ込むと彼女の顔を覗き込むように問いかける。


「どうしたの?言いにくいこと?言ってごらん、ほら。ね?ちゃんと聞くからさ」

「はい……」

「なんか飲んで落ち着く?」

「あ、いえ。大丈夫です。え……と、昨日、天城くんを助ける代わりに、私の言うことを何でも聞いてくれるって言いましたよね…」

「まぁ、うん。そうだね」


 あの四つん這い作戦で助かったことになったのだろうかと少々疑問に思う咲斗だが、一時的に山田先生を凌げたのには変わらない事実から、彼女の話を黙って聞く事にする。


「だから…その……お願い…なんですけど……」


 片言で、言葉が上手く出てこない眞白。


 今日はもとより、この「お願い」のために咲斗の家を訪れるつもりだった眞白。


 それが、幸運にも今朝の山田先生のお願いによってすんなりと彼の家を訪問することができた。


 なのに、その「お願い」をいうタイミングを完全に失っていた。


 だが、天パ頭の少年は優しく彼女をここに引き留めてくれた。


 だからこれはチャンス。


 一ノ瀬眞白は、「お願い」を伝えるべきなのだ。


 覚悟を決めて、彼女は「お願い」の続きを言い始める。


「明日……その…クリスマス…イブ…ですよね。えっと、その…よ、良かったら…一緒に…」

「一ノ瀬さん……」

「は…はぃ!!」

「僕、明日は大家さんと二人きりでクリスマスパーティーする予定なんだ…」

「なんですって?(真顔)」


 クリスマスイブという特別な日を、彼と過ごしたいと考えていた眞白だが、予想だにしていなかった返答に真顔になってしまう。


 さて、明日はどうなってしまうのやら。



 

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